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中村佳穂「うたのげんざいち 2021」と、魂の完全放出

確実に「国民的な歌い手」になる

中村佳穂のワンマンライブ「うたのげんざいち 2021」が、6月2日に開催された。昨年以降、ライブなども思うようにできなかった中村だが、6/2の会場には、ついに彼女がネクストステージに到達したと感じずにはいられない演奏とサプライズが詰まっていた。初めて『AINOU』(2018)を聴いたときから予想はしていたが、中村は確実に「国民的な歌い手」になるし、今後、途方もないキャリアとディスコグラフィを積み重ねていくのだと思う。そのことをあらためて確信したライブだった。

当初私はチケットが入手できずにいて、開演日の数日前にたまたま席が確保できたのは本当に嬉しかったのだが、仕事を終えてから移動すると、どうしても夜の19:00までに渋谷へ到着できない。渋谷駅から LINE CUBE SHIBUYA までの道のりを、『ラン・ローラ・ラン』(1998)に出てくる赤髪の女の子くらい勢いよく走ったが、恒例のアドリブから「GUM」の流れを見逃してしまった。これは本当に残念で、中村のシンセベースがグリグリと唸りをあげる「GUM」のイントロはいつ聴いたって最高なのである。3曲目の途中でようやく会場に到着した私は、ずいぶん様変わりした「アイアム主人公」のアレンジに驚いた。見ればバンドメンバーも、これまでの面子からかなり変わっている。いままでいなかったベーシストがおり、チェロを弾く男性もいたりと、編成は大きく変わった。

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魂の放出タイム

バンド編成の演奏が終わると、メンバーがはけて中村ひとりとなり、弾き語りの時間。彼女ひとりで全観客と対峙するこの弾き語りのパートは、魂の放出タイムとでも呼ぶべき緊張の時間である。決まった曲をリハーサルどおりに歌って終わるのではなく、構成も自由に、その都度魂を解放して、観客へ向けて放出する。この迫真の演奏に圧倒されるのだ。何度ライブを見ても、どうしてこれができるのだろうと不思議に思う。演奏前に「(弾き語りは)15分くらいで終わるように、うまく着地できるようにします」と話していたが、何を歌うかは決まっていても、どうやって魂を放出して、きっちりと燃焼しつくしてから演奏を終えるかは決まっていないのだろう。LINE CUBE SHIBUYA のような大きなキャパシティの会場で、出たとこ勝負で即興性の高い弾き語りを平然とやってのけてしまう勇気に、いまさらながら感心してしまう。

弾き語りのパートが終わり、バンドメンバーがふたたび登場して演奏開始。コーラスの女性4人組 Colloid も登場しての「LINDY」は実にすばらしい。ドラムンベース村祭り、とでも呼ぶべきモダンと土着性の合体。はつらつとした Colloid のコーラスも会場によく響き、観客が拍手で応える。しかしこの日いちばんのサプライズは、中村が細田守監督の映画『竜とそばかすの姫』(2021)で主人公役の声優をつとめた、という発表だろう。テーマ曲の提供ではなく、主人公役の声優を映画全体フルでおこなったと説明され、どよめく観客。私も驚きつつ、同時に彼女なら選ばれて当然だという納得もある。この作品クオリティを保ったまま、国民的歌手の座にのぼっていくのが嬉しくて仕方がない。やったぜ、という気持ち。

終演後、音楽のエネルギーに圧倒されつつ、ふらふらと会場を出ると、入口で『竜とそばかすの姫』のチラシを渡された。手に取って眺め、しみじみ「本当なんだなあ」と思う。誇張ではなく、初めて中村の音楽を聴いた日からこうなるような気がしていたけれど、現実になってみると少し信じられない部分もある。いずれにせよ彼女はそれだけの表現者なのだし、今後も驚くべきクオリティの作品を次々にリリースしていくのだろうと思う。

【セットリスト】
01. adlib
02. GUM
03. アイアム主人公
04. きっとね!
05. SHE'S GONE
06. 永い言い訳
07. 忘れっぽい天使
08. 口うつしロマンス
09. 新曲
10. 胡蝶の夢(Colloid)
11. LINDY
12. アイミル
<アンコール>
13. 新曲
14. そのいのち

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