見出し画像

キングス・オブ・コンビニエンス「Peace or Love」

ついに発売された4枚目のアルバム

ついにリリースされた、ノルウェーの音楽デュオ、キングス・オブ・コンビニエンス12年ぶりの新譜「Peace or Love」。聴き終えてみて、深い満足と共にこの文章を書いている。彼らがどれだけオリジナルな存在かを再確認できる、本当に美しいアルバムだ。期待通りの作品であると同時に、「なぜこのようにきれいなメロディが書けるのだろうか」と不思議な気持ちにさせられる楽曲の連続でもある。低い音量で流しながら聴いてもいいし、ヘッドフォンでじっくり聴き込むのもいい。メロディとコーラスの心地よさ、リズムの軽快さ、ふたりの弾くギターの絡み合い。これぞキングス・オブ・コンビニエンスという会心の作品だ。過去のディスコグラフィについては文章をまとめてあるので、そちらも参照してほしい。

では「Peace or Love」の楽曲について見ていこう。 “Angel” や “Catholic Country” といったトラックのはねるようなリズムは、彼ららしさがもっともよく出たサウンドだ。ギター2本だけの演奏でも、鳴っていないリズムがひとりでに聴こえてくるような楽曲は、弾き語りでありながらダンスミュージックの心地よさを感じさせる特異なものだ。彼らのライブでは、ギター2本の音の小さな演奏にもかかわらず観客が実に楽しそうに反応し、やけに元気に歌ったり踊ったりするのだが、そうしたリアクションもまた、彼らの音楽の豊かなリズムを反映しているとおもう。 “Comb My Hair” や “Ask For Help” などメロディ中心の楽曲も美しく、歌声のうしろで鳴らされるギターのアルペジオにも聴き入ってしまう。少ない楽器や編成で11曲のアルバムを作り、これだけの多彩さを感じさせるのも難しいはずで、彼らのソングライティングの巧みさに驚いてしまった。

賛否はわかれている

かくして、上機嫌でアルバム「Peace or Love」を日々聴いていた私であったが、音楽ジャーナリズムからの評判は賛否がわかれている。Pitchfork の点取りは 6.7 で、同時期リリースの新譜でいうと、たとえば Tyler, the Creator のCall Me If You Get Lost の8.5に遠くおよばない(以下リンク参照)。曲調が過去のものと類似しているため「12年で何か変わったのか」と辛口な評価だ。さらには ”panna-cotta smooth and occasionally cloying.”(パンナコッタみたいにスムーズで、たまに甘ったるい)とちょっと厳しめの言い方もされている。たしかに音楽性の大きな変化は見られないし、彼らのソフトなメロディに対して「甘ったるい」と感じる人がいてもおかしくはない。ここで指摘されているポイントは同時に、キングス・オブ・コンビニエンスというグループをもっとも特徴づける部分でもあるため、説明させてほしい。

まず音楽性の変化についていえば、何より彼らはこのスタイルを作ったことが大きな発明なのであって、手法をより深めていくのは妥当だと思う。いまの音楽ファンのなかで、アコースティックなサウンドは好きだけれど、ヒップホップやダンスミュージックを通過した後では、アコースティックな楽曲が物足りなく感じてしまう聴き手は多いと思う。キングス・オブ・コンビニエンスが多くのファンを獲得したのは、ギター2本で奏でる曲でありつつ、現代的なポップミュージックのグルーヴ感を内包したサウンドを作り上げるという、非常にハードルの高い条件をクリアしているからこそである。同じようなことを他のミュージシャンがやろうとしても、そうかんたんにはできないからこそ、彼らの作品は待たれているのだ。

画像1

彼らの音楽性がなにか当然の前提のようになってしまっているけれど、他の誰もが生み出せなかったスタイルを考え出し、ファーストアルバムからいきなり完成した状態で出現したことが彼らの衝撃なのだ。だからこそ聴き手は驚いたのだし、ギター2本のみで展開される楽曲でこれまでにない表現をする、個性を出すことは本当に困難である。たいていの手法はすでに試されているし、やり尽くされているのだ。新しいテクノロジーを導入するわけでもなく、ギター2本というありふれた編成で全く新しい世界を創造したことは、キングス・オブ・コンビニエンス最大の功績だ。出てきた瞬間が途方もなく新しかったのである。

彼らはなぜソフトなのか

また、彼らのソフトなメロディは「声が小さくてもいい」「マッチョでなくてもいい」というフェミニンな価値観そのものである。こうした姿勢もまた、現代の価値観と非常にマッチしたもので、デビューした20年前の時点で、すでにマチズモから自由だったというのは注目すべきである。20年前、社会はいまよりずっと乱暴だったし、「男らしさ」は幅を利かせていた。しかし、男性はもっとソフトになっていいはずだし、大声でがなり立てなくてもいい。困ったことがあったら “Ask For Help”(助けを求める)してもいいし、愛についてあれこれ考えてもいい。私自身、ハードで男らしくあることには疲れてしまったし、もっとソフトになりたいとつねづね思っていて、だからこそ彼らのソフトさ、声の小ささが私を大いに勇気づけたのである。キングス・オブ・コンビニエンスがソフトなのは、彼らがもともとそういう性格だからであり、また柔和であることが世の中全体をよくすると信じているからでもある。

いずれにせよ、キングス・オブ・コンビニエンスの新譜は無事に発売され、それはうっとり陶酔してしまうほどに美しく、聴き手の心を満たしてくれるものであった。サブスクリプションなどでぜひ聴いてみてほしい。彼らのオリジナルアルバムは4枚になり、これから私は4枚のアルバムを日々ローテーションさせながら、5枚目のアルバムが出るまでをすごそうと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?