見出し画像

旭日酒造を訪ねて(島根県・出雲市)

島根県出雲市。神々が集う山陰地方のこの地にて、明治2年に創業した旭日酒造。商店街の一角にお店を構え、その奥へと続く酒蔵では、創業当時は『白雪』を醸し、現在は『十旭日』と『八千矛』を醸しています。

蔵元の寺田栄里子さんは、そんな旭日酒造の長女。商店街という土地柄、様々な人が自宅を出入りすることが当たり前の環境で育ちました。冬になると日本海は波が高くなり、出雲には冷たく強い風が吹きすさびます。そんな時期になると、季節雇用でやってくる蔵人たちとの寝食を共にした生活が始まり、お酒造りがより生活に密接していたそうです。

幼少期は悪いことをしたい気持ちがあってもいい子でいることを選んでいたという長女気質の栄里子さんでしたが、高校生の頃にはとにかく窮屈な出雲を脱出したい気持ちが高まり、京都の大学に進学します。その後、大学でできたコミュニティを失いたくなかったこともあり、京都の寺町二条にあるお茶屋さんに就職。しかし3年働いた頃、出雲の実家の父から「帰ってこい」と言われます。弟がいる姉弟構成の中で自分が蔵に関わるなんて思ってもいなかったこと、また京都でできたコミュニティから離れることへの抵抗もあり、出雲に戻ってきた当時は「あの窮屈な空間に戻ってきてしまった」と絶望したといいます。

他の蔵で修業をする期間もなく、お酒造りは当時東京の北区滝野川にあった醸造試験所での研修のみでしたが、お酒造りを実践する中でもっと良くしたい、このままではいけないと思う気持ちが募り、徐々に旭日酒造でのお酒づくりの中枢を担うようになります。

『十旭日』は明治40(1907)年に後の大正天皇が山陰地方を巡幸の際、献上したお酒を召し上がったお付きの方が「天下一の美酒である」と賞賛されたことから「旭日」の揮毫(きごう)を受けました。また当時の7代目蔵元が大阪府能勢にある妙見山を信仰していたことから、北極星信仰の聖地のシンボルを入れた『十旭日』が誕生することになります。後に、栄里子さんが商品への使用許可を取りに伺った際には、商品名が使えなくなるかもしれない不安で胸が張り裂けそうになる中、快諾していただいたことに涙が堪えきれなかったと振り返ります。

旭日酒造では、主力商品である『十旭日』のラインナップに、純米酒のカップ酒「にゃんにゃんカップ」と「わんわんカップ」があります。実はそれまで猫が苦手だった栄里子さん。蔵の中で出逢った野良猫を飼い始めたことから猫好きになり、動物たちを守る活動へと興味関心が広がっていきます。現在はカップ酒を購入すると1本当たり150円が出雲市の動物愛護団体「アニマルレスキュー・ドリームロード」に寄付される仕組みとなっています。

こうした他業界の事業者と社会的に意義のある取り組みを、お互いの得意分野で実行することで支援の輪が広がる相互作用をもっと深めていきたいと栄里子さんはいいます。

十旭日といえば、じっくりしっかりお米を発酵させて、お燗でいただくことが多いお酒です。寒い時期になると出雲のあの寒さを思い出しながら、毎日醪(もろみ)の発酵を見守る栄里子さんの様子が目に浮かびます。お酒造りの時期だけ見れるインスタライブ『夜の十時の十旭日』ではそんな栄里子さんがぷくぷくと発酵するタンクを眺めながらお話をしてくれます。出雲にいると窮屈だと感じた時期を経て、今では何か見えないものに守られている感覚もあるというその土地で、微生物たちによるありのままの発酵を見守り感謝する日々。残り少ない今季のお酒造り、十旭日をお燗でつけながら栄里子さんの声に耳を傾けてみると心も体も温まりそうですね。

旭日酒造有限会社
島根県出雲市今市町662
Web: http://jujiasahi.co.jp/
Instagram: https://www.instagram.com/asahishuzo/

株式会社Clandが日本酒を愛する人へお届けするメールマガジン
「Flux MAGAZINE」(隔週金曜日発行)では酒蔵探訪記を続々公開中!
▼ ご登録はこちらから
登録フォーム:Flux MAGAZINE

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?