見出し画像

浦里酒造店を訪ねて(茨城県・つくば市)

今や研究学園都市として名高い茨城県つくば市。40年ほど前の市町村合併によってできたこの街は、国や企業の最先端の研究施設が集まり、また20年ほど前に開業したつくばエクスプレスによって首都近郊の人も行き交う街です。そんなつくば市が急成長を遂げるずっと前、1877年に誕生したのが浦里酒造店です。

蔵のあるつくば市吉沼(旧大穂町)は、全国でも有名な芝生の産地。蔵の周りにも芝生畑が広がっています。筑波山を望むその土地は、澄んだ空気ときれいな水に恵まれた自然豊かでのどかなエリアです。もともとは近江商人だったという蔵が146年前にお酒造りを始めてから現在の浦里知可良さんで6代目。創業以来の銘柄である『福笑』を始め、5代目の立ち上げた『霧筑波』は主に茨城県内に、そして6代目の立ち上げた『浦里』は主に県外にリーチを広めようとしています。

浦里さんは、東京農業大学の醸造科学科を卒業後、山形県天童市の出羽桜酒造で2年間の研修を受けます。その後、栃木県大田原市で『旭興』を造る渡邉酒造にて1年間の修業をし、広島県の酒類総合研究所にて研究生として酵母菌について学んだ後、蔵に戻りました。令和元年からは自身が杜氏として酒造りを行っています。研究所での学びが出羽桜、旭興とお酒造りの現場で得た経験を体系化し、今では理論派の若手醸造家として様々な蔵からアドバイスを求められることも多い稀な逸材です。

浦里酒造店は創業以来の銘柄である『福笑』、5代目のお父さんが立ち上げた『霧筑波』、そして6代目の知可良さんが立ち上げた『浦里』の3銘柄があります。その中でも浦里ブランドは、水、米、麹菌、酵母菌のすべてを茨城県産にしたオール茨城のブランドとして、特に県外での販売に力を入れています。

知可良さんが特にこだわりを持っているのが、使用する清酒酵母。浦里酒造店では、小川酵母という酵母のみを使ってお酒づくりをしています。小川酵母とは、仙台国税局鑑定室長を務めた小川知可良博士が明利酒類(茨城県水戸市)に在籍している際に培養に成功した酵母で、現在はきょうかい10号酵母とも呼ばれます。メロンやバナナ系の穏やかな香りを出す、酸味の少ないまろやかで優しい味わいが特徴で、裏を返せば印象の薄い地味な味になる可能性がある酵母です。

またこの酵母は、アルコール耐性が弱く、発酵の経過で度数が上がっていくと酵母が死んでいくため、アルコール度数を上げすぎないお酒づくりが求められます。お米の糖化とアルコール発酵が同時並行でタンクの中で進行する「並行複発酵」をする日本酒造りにおいて、糖化が先行してしまうと重たい味わいになり、発酵が先行してしまうと薄く辛いお酒になってしまいます。アルコール耐性の弱い酵母をうまくコントロールしながら、芳醇ながらキレの良いお酒へと近づけるために試行錯誤を重ねています。

そんな知可良さんが現在注目しているのが生酛造りです。生酛造りとは、江戸時代に確立した醸造技術の一つ。「酛摺り」と呼ばれる、蒸した米、米麹と水を混ぜて櫂棒ですり潰し、乳酸菌や硝酸還元菌などの微生物を活性化させながら、アルコール発酵をする酵母菌の働きやすい環境を作ります。もともと『浦里』はオール茨城でのお酒づくりを掲げていますから、蔵に棲み着いた微生物で発酵をさせる点にこだわるのも理解できます。ただ知可良さんはそれ以外にも「小川酵母での酒造りにおいて、目指す酒質には生酛造りが適している」と考えて生酛造りに取り組んでいる背景があります。

生酛造りと言うと、どうしても酸が立ってゴツいお酒、という印象がありますが、旭興での修行時代にその固定観念は覆されたという知可良さん。むしろ現代の衛生環境では造り方次第で速醸酛よりもきれいなお酒が造れるというのです。生酛造りは、速醸酛に比べてペプチド(アミノ酸が2個以上繋がったもの)の生成量が多く、そのペプチドによって味わいに奥行きが出ます。速醸酛には出せない味わいの奥行きから芳醇さを生み出したい、というのが生酛を選ぶ一つの理由とのこと。また、生酛造りで増殖した小川酵母はアルコール耐性が強くなることもわかっています。生酛で酒母を造ることで醪の発酵をより管理しやすくなるというのは、速醸酛のときにはなかった変化でもあります。

「芳醇だがキレのあるお酒」を醸すに当たって、知可良さん自身が自らに課している「オール茨城県産」「小川酵母」でのお酒造り。確立された歴史ある技術を用いながら、現代の消費者に合う味わいを造るには、どのようなバランスでお酒の発酵を着地させればよいのか。理論派の試行錯誤が続きます。

合資会社 浦里酒造店
茨城県つくば市吉沼982
Web: https://www.kiritsukuba.co.jp/
Instagram: https://www.instagram.com/chikara_urazato/
Twitter: https://twitter.com/kiritsukuba1877

株式会社Clandが日本酒を愛する人へお届けするメールマガジン
「Flux MAGAZINE」(隔週金曜日発行)では酒蔵探訪記を続々公開中!
▼ ご登録はこちらから
登録フォーム:Flux MAGAZINE


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?