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ファンタジースプリングスというファンタジー



狭いところに3つのお話をギュッと詰め込んで
それなりに世界観を確立し、お互いに干渉し合わないように作り込む緻密な仕事をしている

そしてノースマウンテンの高い峰を見上げて、人の仕事であることへの敬意を持つほどに、TDRを愛してきた日本人の感性は磨かれている

今はまだ人も多いしセカセカと見て回るしかないけど、ゆっくり回れるようになったらきっと深掘りもできて楽しいはず

ただ昨日も一休みしていた女子5人ぐらいのグループが一斉に「ソアリン!」と叫んで立ち上がったのを見ていて、そう、ここにいるとソアリンに乗りたくなるよねと共感した

その後私たちもいつになく短い60分の待ち時間だったソアリンに並んだのは言うまでもない

そして3Dメガネもなしで脚をぶらぶらさせながら世界中を飛び回るソアリンのとてつもない気持ちよさに身を任せた

最後の映像に拍手が湧くのはいつも変わらない
ファンタジースプリングスが成立するのはシーの中にあるからだと、その時思った

あの場所を楽しめるのは外にあの素晴らしい世界があるから

二重に閉じ込められたファンタジーの中のラプンツェルやエルサやピーターパンを解き放つもう一つのファンタジーが外に広がっているから

私たちはシーを後にする時、必ずまた戻ってくることを心に誓う

なぜならそこは現実からも我々を解き放ってくれる最高の場所だからだ

私たちにとって日本にある世界で唯一のマスターピースとしての最高のディズニーパーク、東京ディズニーシーが新しいファンタジーを内包したということがどんな意味を持つのかまだ私には明確にはできない

けれどひとつだけ感じたことはファンタジースプリングスがそれだけでは成立しないこと

あれがポツンと現実世界のどこかにあってもその魅力はわずかなものだ

あれがディズニーシーの中にあるからこそ意味を持つ
そして存在意義をディズニーシーが守ってくれる

大きなブランドに守られた小さくて緻密な作品「ファンタジースプリングス」

今私に言える感想はそこまでだ

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