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夏の終わりと恋のはじまり

※ネタバレあり。敬称略。

「夏が、終わろうとしていた」
これは、敬愛する作家森瑤子のデビュー作『情事』の、あまりにも有名な冒頭の一文である。この作品が世に産み落とされたのは1982年、今からちょうど40年前のことである。当時私はけっこうなマセガキで、恋人どころか恋のかけらもまだ味わったことはなかったけれど、通っていた英会話学校の先生(ロバート・レッドフォード似の金髪青い目で、いかにもといった甘い顔立ちのアメリカ人男性)に夢中だったため、“外国人”との恋愛を扱った小説を読みまくっており、それでこの作品にたどり着いたわけである。
日本でこんなオシャレな文章を書く人がいるんだ!(生意気な感想💦)とショーゲキを受け、それこそページに穴があくまで何度も何度も夢中で読んだ。      物語のヒロインヨーコと彼女の情事の相手レインはもちろんのこと、作品に出てくるレストラン、避暑地の別荘、ヨーコがレインのために作る料理までもがとにかく魅力的であった。そして私もいつかヨーコのように金髪で青い目のボーイフレンドをゲットするぞ!と意気込んで、本当にアメリカへ留学してしまったのである。(もっともレインは、“すみれ色がかった蒼い瞳”で、“黒い絹のような髪”だったけれど……)   

あの頃の私は、要するに当事者でいられたのだ。小説や漫画を読むときも、映画やドラマを観るときも、その話の中の世界にどっぷりと感情移入し、いつか私もこんなふうになりたいとか、こんな恋をしてみたいなどと、自由に思いを馳せることができた。そして実際に、物語の主人公とまではいかなかったが、いくつかの出会いがあり、いくつかの恋愛をする中で、あ、このお店、あの作品に登場するお店と雰囲気がなんか似ているとか、あ、この人の車の運転の仕方、あのお話にでてきた彼と同じだ、などと共通点を見つけては、自分も似たような気分に浸ることができたのだ。(時に都合の良い解釈も多分にあったのだが……)
しかし、時の移り変わりとは残酷なもので、私はやがて、物語に出てくるような運命の出会いやロマンティックな恋や、はたまた波乱万丈の逃避行などそれほど味わうことなく(泣)、ごくフツーの日本人と、ごくフツーの結婚をした。それからは家事や育児、あるいは仕事などに追われて、しばらくは“物語”の世界から遠ざかることになる。

下の子が中学校に上がると、途端に手がかからなくなり、自分だけの時間を持てるようになってきた。さらにここ数年は、皮肉にもコロナのお陰で、休みの度に無理して子どもたちをどこかへ遊びに連れ出す必要もなくなり、その分家で過ごす時間も増えたので、サブスクを利用して話題の映画やドラマを視聴したり、小説や漫画を読んだりするようになった。なかでも『漫画』を手にするようになったきっかけは、娘に付き合ってあちこちの書店(某古本屋も含む)に行くようになったからである。娘が好きなのは主に少年漫画や青年漫画であるのだが、それらのジャンルは作品数が豊富でそれぞれの巻数も多いので、どれを買おうかと選ぶのにとにかく時間がかかる。私は最初のうちは暇を持て余して雑誌のコーナーなどをうろついていたのだが、ある時、若い頃大好きだった少女漫画を本棚の片隅に見つけた。その作品はとうの昔に完結したと思い込んでいたのだが、〇〇編と題して続編が出ていたのである!知らなかった~と感動するやいなや、私は何巻か出ているその続編を全てかごに入れ、文字通り“大人買い”したのであった。                 

以来、イイ歳をした大人=多少自由になるお金があるのをいいことに、私は様々な漫画を“大人買い”していった。Twitterを始めたのもこのころで、そこで出会った同じく漫画好きのフォロワーの方たちから旬の作品を数多く紹介してもらい、やがて気に入った作品は次の単行本がでるまで待ちきれなくなり、月刊誌を購入して追い始めるようになった。もうアッという間に本棚がいっぱいになり、最大幅のエレクター棚を買い足したのだが、やがてそれもいっぱいに。これではキリがないと、いよいよ電子で購入するようになった。タガが外れたとはこのことで、毎月毎週、いや毎日新刊本をチェックしては電子漫画を次々と購入する日々。もう何を何巻まで買ったかわからなくなり、単行本で買った作品が「あれ?電子でもうすでに持っていた?」、あるいはその逆、電子で買ってみた作品が実はもうすでに家の本棚にあったなんてことも起こる始末。(アホですね💦)

ところがここ最近の私は、月刊誌で読むともう気が済んでしまい、単行本としてそろえることをしなくなっている。はらはらドキドキ、時には胸キュンで悶絶しながら、発売日の0時になった瞬間に電子でお気に入りの月刊誌をポチり、連載中は夢中で追いかけるのだが、連載が終わればそれで終了。そして次の連載が始まれば、また夢中になって追いかけはするが、基本的には読み捨て。それは、多数の月刊誌に手を伸ばしすぎていて、もうわけがわからなくなっているということもあるのだが、数年前に単行本で偶然出会い、次巻の発売が待てずに月刊誌を買い始め、発売直後にはTwitterで壮大なネタバレをツイートしていた(スミマセン💦)ある作品が完結してしまい、以来、私自身がのめり込める作品に出会っていないというのもあるかもしれない。
それでは私にとって、「月刊誌で追いかけて単行本が出たら即購入し、本棚に並べて夜な夜な愛でる」ほどのめり込んでしまう作品とはどのようなものを指すのか。

それはズバリ、当事者になれる作品である。

私のようなイイ歳をしたおばさんが何を図々しいことを言っているのか。
おまえの様な者が胸キュン少女漫画の当事者になれるわけないではないか。わかっている。わかってはいるのだが、ここで苦しい言い訳をさせてもらうとすれば、私の言う当事者というのは、カッコいいヒーローに好かれるヒロインそのものを指すのではない。(いくらなんでもそこまで身の程知らずではない!)読み進めていくうちに、たとえば、ヒロインがヒーローとすれ違う廊下の片隅で、あるいは彼らのバイト先の客として、いつの間にかその世界に入り込んでいて、登場人物たちの恋や友情やそこで起こる様々な出来事を臨場感たっぷりの距離で見守っている、そう、まさに、自分がその場にいるような、物語の一部になるような感覚を味わうことができるというのが、どうやら私にとって魅力的な作品と成り得るらしいのだ。そのような作品を読んでいる間は、一種のトランス状態に陥っているのかもしれない。

ひさしぶりにそのような感覚になり、完結した際には、例えようのないほどの喪失感、いわゆる“ロス”を味わった(今でもまだ味わっている!)漫画が、『恋のはじまり』(作・蒼井まもる)である。なんていうことのない、ある女子高校生が同じ高校に通う男子高校生を好きになり、紆余曲折を経てハッピーエンドになるという少女漫画にはありがちなお話である。なのになぜそれほどまでに引き込まれ、のめり込んだのか?その理由は、主人公ハッチが、
ぜんぜん可愛くなかった!……これに尽きる気がする。(ハッチごめん💦)  
いや、可愛い、可愛いのだけれど、しゃべり方とか動作とか、髪の毛ボサボサ、学食でカレー(大盛り)、付き合う前の彼の目の前で転んで「あっぶねえ、毛糸のパンツ穿いててヨカッタ」、初めての映画デートでよだれ垂らして爆睡、するめ(業務用)を愛用している等々、ぜんぜんみっともないのである。けれどそれは言い換えれば、『主人公補正』の全くかかっていない、どこにでもいる等身大の女子高生だということだ。だから魅力的なのである。
一方の相手役のヒーロー、水野はもうカンペキなのですね。そう、スーパーパーフェクトボーイ✨✨✨
カッコいい、サッカー部、お金持ち、頭いい、性格いい、カッコいいことを全く鼻にかけていない、落ち着いている、思いやりがある、押しつけがましくない、でも適度に嫉妬心もあり、もうサイコー!最高 of 最高!!!
しかし、こんなカンペキヒーローですら、ちょっとしたしぐさや心理描写を作者が細かく丁寧に描いていくことで、親近感が持てるどこにでもいる男子高校生に仕上がっており、読者に「漫画だからね~こんなカレシ、リアルではありえないよね~」などと、1ミリも思わせることなく、物語に自然と馴染んでいくのだ。ザ・蒼井マジック!
そしてさらにハッチと水野をとりまく友人たち。これがみんな面白くていいヤツなんだよね~。しかも、蒼井先生、私の通っていた高校にいらっしゃいましたか?というぐらい、リアル。(ちょっと図々しいか、スミマセン💦)
栞みたいなお姉さんキャラの子、いたいた!
ナオミちゃん、なぜ廊下でやきいも?教室でアイスクリーム?しかもシングルじゃなくてダブルで?どこでそれ手に入れたの?(と言いつつ我々も上履きのまま買い出しに行き、中庭でたこ焼きとか食べていた💦)
服部~賭けはよくないよ、賭けはさ~。しかも1度ならず2度までも!

どの会話をとっても、どのシーンを切り取っても、そこには眩しいほど生き生きとした本物の高校生活が描かれているのだ。おそらく作者の蒼井自身も、友人や先生に囲まれて充実した高校生活を送ったのではないだろうか。(インスタにアップするようなキラキラとした高校生活という意味ではなく)
そしてこの作品の素晴らしいところは、途中で終わっているところである。
高校生活を描いた作品なので、ラストは卒業式で、卒業後の2人を予測させるような終わり方かな?と思いきや、卒業式どころか進路もまだ決まっていない高校3年生の夏に、この物語は突然終わってしまう。えー?これで終わりー???二人の進路は?水野は大学受かるの?高校卒業後も付き合うの?等々、完結したときはちょっと、いやかなーり物足りなさも感じたが、ラストのほうで、彼らの物語はこれからもずーっと続いていくんだな……と思わせてくれる素敵な言葉をハッチがつぶやいてくれて(なにをつぶやいたかは実際に読んでほしいので伏せますが)、それによりこのタイトルの意味を知ることができたので、読後感はこれまでになくハッピーだった。(そして最終巻7巻に収録の3篇のアフターストーリーでしっかりとあれやこれやは回収されており、さらに甘いエピソードも付け足されていて、もう満足感MAXです!ありがとうございます、蒼井先生!!!)

漫画の好みや読み方は人それぞれだけれど、それを読むことで、読者があたかもその世界で過ごしているような錯覚に陥り、登場人物と一緒になって、泣いたり笑ったり切なくなったりすることができる作品というのは、やはり素晴らしいと思うし、手元に置いて何度も読み返して大切にしていきたい。
学生時代なんてもう遠~い昔のことで、当時の面影なんてこれっぽっちも残っていないし、二度と戻れることなどもちろん無いのだけれど、これからも『漫画』を通して、その世界を、その時間を、共有していきたいと思う。
昔を振り返るのでなく、懐かしむのでもない。
当事者としてその瞬間を味わうのだ!


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