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孤独

猫を見ていた。精々あと15年か20年ほどの生命を。きっと自分を置いて先立つ小さな猫を。
母を見ていた。自分より何十年も早くに生まれ、自分より何十年かは早く先立つであろう母を。
物質は流転し、その外形を変えて世を渡る。形のない生命は二度となく失われ、不可逆的な闇の中へと永久に吸い込まれてしまう。
或いは何処か行き着く先が在ったとしても、現世を生きる我々の視点では同じことである。

生命の終わりを見たことはあるか。今迄そこに在った意思が停止する瞬間を。脳裏に焼き付いて離れないその光景を。
小さな生命が目の前に横たわっていた。狭苦しい寝室に、家族が一堂に会していた。ティシュペーパーを幾枚か重ねて頭の下に敷いた。それは肉体の異常を表すには十分であった。母は目に涙を浮かべ、精一杯の微笑みを向けながら小さな頭を撫でていた。不甲斐ない自分は、ただ妹と共にその様子を眺め、そこに充満する張り詰めた空気を吸い込むことしか出来なかった。今にも失われる、もう二度と互いを認識すること能わぬ眼前の生命に、自分は如何するべきか図りかねていた。答えは出なかった。
灯火が消えた。魂が暴走したかのような苦悶の後、口から、鼻から、血を流して眠ってしまった。今まで体感したことのない死のテクスチャを前に、自分は涙を流すこともなくただ呆然としていた。あまりに壮大なものであった。星の最期に起こる超新星爆発のように、爆発的な脈動を呼び起こすものであった。そこに取り残された我々は、ただ虚無の中に打ち付けられていた。

置いて行かれたくない。

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