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幼少期に還る。

乙女座新月から秋分にかけての、わたしのミッションでした。

なぜ、自分よりも他人を優先するのか。
なぜ、他人の顔色を伺ってしまうのか。
なぜ、お母さんの言動に対して許せないと思うのか。


遡ること、数十年前。
私が幼稚園児だったあのころ。

園の行事で海岸に行きました。

今でも、このシーンは忘れられないんだけど。

海で溺れるの、わたし。
そしたら幼馴染のお母さんたちが溺れてるわたしを助けることなく笑いながら『このまま死んでしまえば良かったのに』と言われました。

そう言い放たれた原因は、
うちのお母さんと対立していたから。

うちのお母さんは他人の曲がったことが嫌い。
(自分はぐにゃぐにゃに曲がってるけど。笑)

小さな田舎町。
幼馴染同士、父親が同じ職場なこともある。

そこで父親同士が揉めたの。
(中身は割愛します)

そして、幼馴染のお母さんは我が家に逆恨みをもっていたようだった。

子供に関係ないところで起きたことなのに
わたしは放置されたんだ。

ものすごく怖かった。
今でも顔に水がつくのは苦手。
プールは泳がず歩く派です。
(そんなことはどうでもいい←)


幼稚園児だった私はきっと
人から嫌われるようなことをしたら助けてもらえないと思ったんだろうな。

そして、
お母さんが幼馴染のお母さんたちと対立なんかして仲良くしてないから私がこんな目に遭うんだとお母さんを恨んだんだと思う。
(恨みっていう言葉を当時は知らなかっただろうけど)


記憶を辿ってここまで掘り下げたのは初めてで。

お母さんのせいで死にかけた。
他人の顔色を伺いながら機嫌を損ねなければいい。

これを基盤に生きていた。
助けてもらえなかった自分が惨めで情けなくて可哀想だなんて1ミリも思いたくなかったんだろうなー。


溺れた日以来、
幼馴染のお母さんたちが怖い存在なってて。
今でも恐怖を感じてしまう。

裏切られないように。
助けてもらえるように。

ゴマを擦り相手の機嫌をとることを覚えました。

自分の本音は嫌われたら困るから言ってはならないと無意識のうちに考え方のクセになってたんだね。


こうやって、
あの頃の自分と答え合わせ。

恐怖で忘れられなかった記憶も解けてゆく。
あの頃感じた想いを一緒に感じ切ることが出来た気がする。


まだまだ浮かんでくる光景や感情があるから
急がずマイペースに向き合っていこうと思う。

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