クレイ・フォーサイトは悪人なりや?

※この記事はネタバレに配慮した記事ではありません 

 クレイ・フォーサイトの所業についてあなたはどう考えるでしょう。

 彼の行動についてはエス=ん=エスなんかで日夜活発に議論が交わされていますね。何を隠そう私も映画をみた後にウニャウニャと考えたり譫言を言ったりしました。昨今は便利ですね、インターネットで譫言が呻ける。誰かにみられている中で譫言を吐くというのは、とても心地のよいものです。

 さてクレイ・フォーサイト。作中、徹底して強い(こわい、と読んでください)人として描かれている彼は、悪人でしょうか。
 クレイの所業はこうです。現在、地球のマグマが活性化していて、半年後に地球が爆発してしまう。何光年か先に地球とよく似た環境の惑星、オメガケンタウリが発見されている。そこまでの移動手段を手配することができるので、移住をしたい。その計画をしている。つまり、人類を救おうとしている。
 彼は人類の存続のために尽力しています。彼の行動原理は徹底してこの「人類存続」。人間を皆殺しにしようだとか、世界を支配して自分だけが甘い蜜を吸ってやろうとか、そういうことは考えていません。
 そして、彼は自分の技術力に誇りを持っています。みなさんパンフレットならびに月刊NewType7月号に掲載されている堺雅人さんのインタビューは読まれましたでしょうか。まだの方はぜひ買ってお読みくださいね(大丈夫、リンクを踏んでも私には1円もはいりませんよ)。パンフレットよりもNewTypeの方が比較的重要な情報が掲載されていますので、パンフレットが売り切れていて買えなかったよという方はNewTypeだけでもぜひご覧ください。情報にお金を出すというのは当たり前のことです。
 すこしおしゃべりが過ぎました。話を元に戻しましょう。読んだ前提でお話しをします。彼は科学者です。火消しでもバーニッシュでもなく科学者。きっと彼が自称している「救世主」の前に、科学者なのでしょう。自分とデウス・プロメスで共同開発した科学の結晶たちを愛していた。その誇りで以って、人類を救おうとした。彼の自信の裏付けは、彼と博士の科学への絶対的な信頼によるものだったのでしょう。
 ここまで見れば自ずと理解できるでしょう。彼は悪人ではない。少なくとも、悪役の典型例ではない。彼は自分の科学を「人類を救う」という目的のために惜しみなく使おうとした。彼は悪人ではないでしょう。

 では、そんなクレイの行いを止めようとしたガロ・ティモスは、悪人でしょうか。
 「勝てば官軍」という言葉があります。ガロ・ティモスは映画『プロメア』における疑いようのない勝利者です。つまり、この物語においては彼が官軍です。ですが、彼は悪人ではない人間の行いを止めた。人類存続の手段をあろうことか破壊し、クレイが着々と準備してきた救済を台無しにしました。ああ、こうして書くと、なんだかガロが悪人のように思えます。
 しかしこう思う人もいるでしょう。「ガロが悪人とは思えない」。何故でしょうか。彼もまた、「目の前の人間を救った」人間だからです。そう、クレイの手段にはいくつかの欠陥が存在しました。ひとつ、一万人しか救えないこと。ひとつ、人間を人為的に殺すつもりで働かせないと遂行できないこと。それをみてガロはクレイを止めたのです。これも、道理ですね。まだ半年の猶予があるにも関わらず「約38億人を殺して1万人を助ける」という選択肢を取ろうとした、また目の前のバーニッシュに危害を加えているクレイに待ったをかけることは、道理にかなっています。これも、悪人の選択ではありません。悪意も存在しなければ、倫理的に問題のある行為でもありませんから。ただし、猶予期間になんとかできなければ、約38億と1万人、全てを殺すことになってしまいます。
 それでもあの時のガロの選択は理にかなったものでした。何故なら彼は非選別市民だと推測されるからです。あんなにガロの死を望んでいたクレイが、ガロを選別市民にすると考えるのはやや合理性に欠けます(少なくとも、フィルムの中で明言されていないうちは)。そうです、いまクレイを助けなければ、自分が死んでしまう。自分だけでない、選別されていない市民の親しい人間も死んでしまう。これは、たとえ半年後に死が決定されていたとしても充分取り得る行動でしょう。だって彼はまだ地球のマグマの火消しを自分で試してはいませんから。

 さて、困りました。どうやらどちらも正しい選択を取っているようです。これではどちらが善人でどちらが悪人か、どちらの選択肢が正解でどちらの選択肢が不正解かわかりません。……言いたいことがわかったようですね。そうです、彼らはどちらも間違っていないし、どちらも悪人ではありません。ただし、どちらも善人ではないし、蓋を開けてみるまで、どちらも正解とは言えません。
 肩入れをしたくなる気持ちは、よくわかります。この作品に出てくる登場人物たちは皆、一様に信念があり、努力をしていますから。その情念や尽力のうち、シンパシーを感じたキャラクタのことを正しいと思いたいという気持ちはよくよく理解できます。実際に、間違ってはいないのですしね。ですが、だからといって、対立している登場人物を貶めるのはよくありません。その人も、間違ってはいないのですから。
 さいわい、この『プロメア』という物語は一旦の決着がついています。ガロの取った選択肢、すなわち移住を止め別の方法を探すという行為が、最終的に世界の平穏を齎しました。しかし、だからといって、あの地下での言い争いに遡って「ガロが正しい」というのは明確な誤りです。それは結果論に過ぎません。

 クレイ・フォーサイトの所業についてあなたはどう考えるでしょう。

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