見出し画像

ポケットいっぱいの愛

高校生の頃、昼休みや放課後には必ず高校の図書室に通った。そこにいた司書さんがとても素敵だったから。県内の司書業界でも有名な方で、図書教育に力を入れてくれた。

生徒のリクエストに応えてくれて、ライトノベルや漫画の描き方など、公共図書館と同じようにそろえてくれた。
そして、たくさんの本を紹介してくれた。
話題の本、視野を広げる本、泣ける本、進路に関わる本。本が人をつなげ、未来をつなげてくれたように思う。

本を読んで感想が話せる関係が懐かしい。高校卒業以来、そんな機会がほとんどなくなってしまった。
また会いたいな、司書さん。

社会人になって、本から少し遠ざかった時期がある。けれど、心が言葉を欲するのだろう。
心を動かす言葉に出会いたくて手に取ったものが、働き出して心が疲れたときに購入した『ポケット詩集』。

これまでの授業で登場した、たくさんの詩人の作品が載せられている。
宮沢賢治や茨木のり子、まど・みちお、与謝野晶子など
懐かしいなぁと思いながらページをめくっていた。


その中でも、気に入って何回も読んだ詩がある。
いつの間にか、運転中にも思い出して空読みできるほどに読み込んだ。

 『求婚の広告』
一日もはやく私は結婚したいのです
結婚さへすれば
私は人一倍生きてゐたくなるでせう
かやうに私は面白い男であると私もおもふのです
面白い男と面白く暮したくなつて
私ををつとにしたくなつて
せんちめんたるになつてゐる女はそこらにゐませんか
さつさと來て呉れませんか女よ
見えもしない風を見てゐるかのやうに
どの女があなたであるかは知らないが
あなたを
私は待ち佗びてゐるのです

山之口貘(やまのぐち ばく)詩集

まさに、センチメンタルだったのでしょう。
仕事の大変さを学び、困難に立ち向かい乗り越える心細さを感じていたころだったから、心のより所を求めていたんだと思う。
(今考えると、人寂しかったことも理由に大きかったと思う。)
「あなたを求めている」といわれているようで、嬉しかった。

貘さんが書いた以上に想像は膨らんだ。
未だ見ぬ王子がワタクシをいつか救いに来てくれるような思いにかられた。
読むたびに、ラブレターをもらっているような幸せな気持ちだった。
物語文を読むことが多かったので、2分もたたず読み終わる詩がこんなにも心を動かすとは思わなかった。
人が紡ぐ言葉の力に改めて感動した。
心の元気は、体と気力の元気にも通じるものがあるのだろう。
ワタクシを待っている(であろう)王子と出会うために、生きた。
この『ポケット詩集』と貘さんの広告を心の支えに。
四度の引っ越しの間もワタクシの本棚と脳内に残り続けた『ポケット詩集』と貘さん。
大変、お世話になりました。
あれから、なんやかんやあって、連れ合いに出会い今に至る。

::::::☆::::::

貘さんの詩を読むことがなく10年以上の歳月がすぎた。

少し前に、書店で『戦前のこわい話〈増補版〉怪奇実話集』(河出文庫)を購入した。決め手になったのが、山之口貘の名作『無銭宿』が載っていたから。懐かしいなぁ、昔この人の詩が好きだった と思い出したのだ。
記憶の中でワタクシへのラブレターだと記憶を捏造し、幸福感が増していった。

その日の夜、改めて『ポケット詩集』で貘さんの『求婚の広告』を読んでみた。
小学生のおませな娘ちゃんを持つ、アラフォーのワタクシ。
何もときめかない。
ときめかないどころか、そんなんでいいのか!と叫んでいた。
題からして、不特定多数にお知らせしている。
貘さん、それはどうなんでしょうか?と問いたい。誰でもいいんかい!?と。

今読むと、なんと受け身の王子様だったことか。貘さんの詩に文句をつけたいのではない。
ワタクシが、センチメンタルではいられなくなったということなのだ。

けれど、こういう心の動かし方も面白くていい。そう、ワタクシは面白い女なのである。

:::::☆:::::

年齢や置かれた立場、環境でこんなにも感じ方がかわるのか。
この本を残しておいたら、いつか娘ちゃんもセンチメンタルになってこの詩を諳んじるようになるだろうか。
素通りしていくだろうか。

いつかのワタクシは、またこの詩で心を震わすのだろうか。

あぁ、楽しみだ。

そして、そんな日を待ち侘びている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?