弾を込める時・・・
「立射一斉、弾込め!」
この合図で私は銃に火薬を詰め火縄を装着し馬防柵に張り付く。
決戦場祭りでの演武。気の引き締まる瞬間だ。
火蓋を切り息を止め「放て!」で引き金を引く。
右頬から伝わる衝撃と目の前に上がる白煙で発砲を確認。
体制を整え次の合図を待つ。
この僅か数十秒の間・・・色々なことを考える。
調子の良い時、即ち銃、火薬、火縄、足場、天気、体調全てが順調の時は演武を意識し所作に気を配る。足の開き方、目線はこれでいいか?姿勢、腕の高さは?自分の姿を頭の中でイメージしつつ、一つ一つ丁寧に弾込めをする。
だが、風の日、雨の日、体調が優れない日、トイレに行きそびれた時、右目にゴミが入ったとき、草鞋がきつく痛い時、こんな時は全く別の事を考える。
火薬がうまく入らない、火縄の火が消えるかも・・困った。
目をこするタイミングは?
足が吊ったらどうする?
不発するかな?などと考えだし、終いには早く終わって帰りたいなぁと思ってしまう事すらある。
あの日はどうだったのだろう・・・・?
天正3年7月、早苗の広がる田の向こうに近づく騎馬隊を目の前に、今と同じ位置に立ち戦っていた数多の兵士たちは何を考えていたのだろう?
勝つ為、生き残る為、無心で銃を構えていたのだろうか?それとも・・・
私が所持している銃は江戸時代に造られた物だと聞いている。
戦の無かった時代とはいえ、かつてこれを手にした人もまた、様々なことを考え弾を込めたに違いない。そして今、400年以上を経て決戦場祭りを見に来た人たちも又、私たちの演武を見ながら感じる思いも色々なのだろう。
鉄砲隊に所属し馬防柵で火縄銃を打つ。実際に敵がいるわけでもなく実弾を込めることもないが、貴重な体験をしているんだなぁと常に思う。
ともあれ、「一砲一念情の音放つ」の精神で、この地に散った戦国兵士たちの鎮魂を祈りつつ真摯に演舞したいと思う。
「長篠・設楽原の戦い」鉄砲玉の謎を解く
小和田哲夫氏、宇田川武久氏監修
小林芳春氏編著
この書籍のコラム「古戦場の風景弾を込める時」の原本です