見出し画像

【小説】嬲(なぶ)る30 悪評をまとう金持ちに、近づく?

二 守銭奴
 さっそく電話が来たのは、あの爪マニキュア男だ。
「見舞に行ったが、面会謝絶で会えなかった。一命は取りとめたようですから、私もちょいちょい顔を出してみます」
 事態が事態だけに当分、誰にも会わせない。親父のもとには、すでに連絡があった。親父は、衿子の娘を付き添いに付けていた。

 家族の威力を知らないんだな、爪マニキュア男は。状況はおかまいなしに、自分の功績をアピールしようとする。だから、舐められる。
 100万円の金も満足に動かせない爪マニキュア男と比べるのは失礼が、立浪には袖子も往生したと思うぜ。舐めるスキがないんだもんな。

 高級外車を持ちながら、現れるときはいつも小型乗用車だ。大柄な立浪は、社内にぎゅうぎゅう詰めになりながら登場する。衣服だって、ごくありふれた作業着だ。
 自分の功績をアピールすることもない。商人特有の決まり切った愛想を振りまくこともない。

 立浪にとって、藤枝クリーニングなど取るに足りない存在だったってこともあるだろうな。
 かといって、軽んじる態度も見えない。些細な用件で電話しても、切るか切らないうちにやってくる。まるで直通の地下通路でもあるかのような素早さだ。

 しかし評判は、すこぶるわるい。冴子は、3倍の給与を蹴った。ほかにも多くの業者が、立浪をこき下ろした。
 その急先鋒ともいうべきは、貸し渋り、貸しはがしにあい、銀行の門前で焼身自殺を計画した夫婦だ。
 
        ***
「立浪と取引を続けるなら、うちは退かせてもらう」
 立浪の、たの字でも口にしようものなら、眉をしかめる。
「何をするかわからん男だ」 
 立浪と取引している相手までも口ぎたなくののしってはばからない。

 この夫婦と立浪は、同業者だ。いわば、ライバル同士。ライバルをわるく言うのはよくあることだ。袖子は、聞き流していた。
 
 袖子は、この時点ではまだ立浪と会ったことはない。わるいウワサだけは記憶しきれないほど耳に入っていただけだ。
 一種の判官びいきだろう。袖子は、立浪の悪口を耳にするたび、立浪をかばいたい気持ちが湧いていた。

 その逆の気持ちも芽生えてくる。
 姉の衿子は、立浪を褒めた。
「どうして皆、立浪さんのことをわるく言うのかわからない。小さいときから苦労してきたから厳しいところもあるけど、けっこういい人よ」
 衿子が褒めるたび、袖子は立浪への警戒心が湧いてくる。
 立浪とは、関わらないでおこう。
     ***

 袖子の判断は正しいと思うぜ。立浪が心底腐り切った男かどうかはさておき、守銭奴であることは間違いない。すべての判断基準は金だし、金のためなら人を裏切ることなど気にかけてもいない。これは、事実だ。
余裕あるように見えるのも、潤沢な金銭に裏打ちされたものだと思うぜ。立浪のような男は、金がなかったら案外、卑屈だったりするものだ。

 もっとも立浪を信じること自体が問題ではあるんだがな。
 勘違いDNAの衿子が信じることはありえるが、立浪を信じて近づく女はけっこういるんだ。これが、どうしても理解できない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?