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【小説】嬲(なぶ)る31 うぬぼれとかさけ

三 私だけは、特別
 立浪の会社自体はさほど大きくはない。社員総数は、30~40名ほどだ。すでに登記上の社長は息子に譲っているが、完全に退いてはいない。
 会長として、昔からの取引先は相変わらず立浪を通して商売している。立浪の資産への信用なくしては経営に支障が出ることもあるのだろう。

 息子は、立浪とはいささか様子が異なる。生真面目な優等生タイプのようで、ルールに即した商売をする。自身で開拓した顧客もおり、わるい評判は立っていない。
 地味ではあるが、堅い商売を展開する。無一文で追い出された恰好になった母親が、離婚後も従前の生活を維持しているのも、息子の支援があるからだ。

 もっとも立浪自身も、商売は熱心だ。どんな小さな取引先であっても、呼べばすぐさま駆けつける。支払いさえ滞らなければ、規模に応じて差別することはない。
 そのへんは、息子も立浪譲りだ。立浪の商売を見て育っているせいだろうが、いくら優位な立場にあっても見下すような態度は見せない。逆に、媚びるようなところがないのに、立浪譲りだろう。

 異なるのは、従業員。立浪時代には従業員が居つかないことで有名だったが、息子が社長になってからは目に見えて減った。
 問題は、女子社員なんだよな。
     
      ***
「立浪の女子社員、すごいね」
「あの3人でしょ。立浪さんもこぼしてた。もう少しまともな女子社員が欲しいから、冴子さんを口説いていたんだけどね」

 化粧っけのない顔に、制服のスーツ。通勤着は、ユニクロだった。それでいて、美大出身者らしく、どこか清楚なオシャレ感が漂っていた。
 立浪の女子社員は、対照的だ。これでもかというくらい塗りたくったファンデーション。宝塚の舞台化粧も負けるほど長いつけまつ毛。目だらけの顔に、真っ赤なルージュを引いている。

 髪の毛は、当時流行った名古屋ロール。アクセサリーの指輪もイヤリングも本物の宝石だ。後ろ姿は、お尻が大きく左右に揺れている。
 
「立浪さんって、よく辞めさせないね」
「社員をクビにしたことは1度もないのに、なぜか皆辞めて行くんだって言ってたよ」
「安月給でこきつかうからよ」
「立浪って、給料いいのよ。都会の上場企業並みの待遇らしいもん。それなのに辞めていくわけよ」

「あの3人は辞めないわけでしょ」
「3人とも、自分だけは立浪さんに愛されていると思っているのよ。だから若い女子社員が入ってくると、嫌がらせをするんだって」
 衿子は、立浪の事情に詳しかった。そこが袖子の立浪への警戒心を強めてしまうところでもあった。
       ***
 ケチで有名な立浪が、従業員には高給を出していた。何とか居つかせるための苦肉の策ではあろうが、守銭奴らしい発想だぜ。
 人は金で動くが、同時にどんなに大金をつまれても嫌なものはある。
 立浪には、そのへんが理解できなんだろうな。

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