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#シロクマ文芸部かき氷[お江戸人情夫婦氷]

「かき氷が一度でいいから食べてみたいねぇ」かかぁが消え入りそうな声で呟いた。
文吉がのけぞって「そんな将軍様しか口にしねぇーもん 無理ってムリ、ムリってんの」
見ればかかぁ 赤い顔してハァハァいってやがる
「どぉしたんでぇ 明石のタコみたいな顔して?」
かかぁはあえぎながら言った「お前さん私はもう ながくないかも知れないよ
心の臓がバクバクしてこう 苦しくってさぁーうっ!」
そういって床の上で丸まって苦しがっている。
文吉は 「ケッ また腐ったもんでも喰っちまったんじやねぇのか ばかやろうがぁー」と言ったものの かかぁが余りにも痛がるもんだから流石に文吉も不安になり「となり町の藪医者呼んでやろうか」と文吉、しかし
かかぁは首を振り
「そんな金、家にはどこを探したってないじゃないか」文吉はあきらめ顔で
「それもそうだな 水でも飲んどけ」
そう言って かかぁを置いてどぶ板長屋を出てきてしまった。


文吉とおみよは所帯を持って三年、まだ子供には恵まれないが 真面目に働いていた。文吉は腕のいい植木職人で 大名屋敷の庭の剪定を請け負ったりしていたが この頃流行の富くじに熱を上げて、貰った給金をすべて富くじに変えてしまっていた。
おみよはいつも嘆いて
「どうすんだよ!今月の払い大家には嫌味言われるし だいいち米びつの中カラだよ!今日炊く米もありゃしない」
文吉はあぐらをかき 
「だからよぉ この富くじが当たりゃよう すべてまるくおさまんだょ」
おみよは
「そんなもん ただの紙切れですよ!」おみよは、泣いてみせた
「 ちぇ折角よぉ かかぁに良い思いさせてやりたくて 富くじかってんのによぉ まったく分かちゃいねぇ」

文吉は 長屋を後におみよの泣き顔を思い浮かべながら 湯島天神の方へとぼとぼ歩いていたら ふっとあることが思い浮かんだ
「そういえば 加賀の大名屋敷にゃぁこの時期 お里の氷室から将軍様献上の氷が届くって 御家老様いってたよな
松の剪定がてらお尋ねしてみるか」
道を大名屋敷の方へと向きを変えた

大名屋敷の裏木戸をくぐり 庭の手入れをしていると御家老様が通りがかった

「どうした 文吉 今日は冴えない顔をしておるぞ」
家老は 人の顔色を見るのに長けていた。
「ヘェ 実はかかぁが病気でもう長くは生きれねぇ せめて最期にかき氷ってのが食べてぇて 言うもんでついこちらに 足が向きやした」
家老は眉を寄せ
「それは気の毒な 確かにここには献上の氷は有るがこれをやるわけにはいかぬ わしの首が飛ぶでな、しかしお前の望みも叶えてやりたい」
家老は膝をぽんと叩き
「おぉ そうじゃ 氷を届けた馬が加賀へ向かっておるぞ まだ旅籠に留まっておるやもしれぬ 私が一筆書くゆえ 加賀までついて行け ただし帰って来るには六日はかかるが よいな」
文吉は目を潤ませ
「氷室の氷を直接くださるってんですか ありがてい 今すぐ向かいやす」
思ったら後先考えないのが江戸っ子
文吉は 旅籠に向かって走っていた。

御家老様の一筆で難なく加賀に向かう一行について行くことが出来 植木剪定代の前金まで頂戴して 氷室に着いた文吉は 貰った氷を木箱にもみ殻を入れて大事に背中に縛り付けた
「待ってろよ~   かかぁこの氷見たらびっくりするだろうなぁ」
「まぁ~ あんた見なおしたよぉ~
惚れ直しちゃたよ」
なんて言ったりして 文吉はニヤニヤしながらひとりごとを呟きながら帰りの道を急いだ。
三日三晩歩き続け 下諏訪で中山道と甲州街道の分木点までたどり着くと
文吉も後少しだと気持ちの余裕が出来て 御家老様から頂いた前金で旅籠に泊まることにした。
「ありがてい これも真面目に御奉公したかいがあったってもんよ、帰ったら 真っ先に行って これからも益々精進いたしやす」って御礼言わなきゃな
文吉は 御家老様に向けて手を合わせた。

二日後やっと 日本橋の欄干が見えたときは おもわず泣き出す程であった。
夕方 どぶ板長屋にたどり着き
勢いよく戸を開けた
「かかぁ 今帰ってきたぞぉー」
しかし部屋の中にはおみよは居なかった 深としたおっかねぇ気配がする
「おぉい かかぁ 俺のいねぇ間に死んじまったんかよー おぉーい」
文吉はへなへなと戸口に座り込みうなだれていると 
目の前に 二本の足……
「ひぇーっ、おぉ化けーー」
「馬鹿!何がお化けだよ!あんたがいきなりいなくなるから 私の嘘芝居……
いえいえ すっかり落ち込んでんじやないかと 土左衛門が揚がる度、見に行ったりしたもんだよ」 
文吉すかさず
「バカ野郎 どっちがでぃ 心配掛けやがって」
おみよは持ってた包みを軽くあげて
「それよりさぁ 鰻食べるかい?
鰻っていっても頭のところで身は少しなんだけどね 三日前からとなりの八っさんからの口利きで しよぼくれてても仕方ないからって 鰻屋の下働きにいってんだよ おまけにタレのたっぶり掛かったおまんまもあるよ 酒でも付けようかい?」
文吉 くしゃくしゃの顔で
「おいらも かかぁに土産があんだ
おい この木箱開けてみろ」
おみよは いぶかしがっておそるおそる蓋を開けてみると もみ殻の中から氷の塊が出てきた
「なんだいこの冷たいの」
文吉得意そうに
「これはだな 加賀藩の氷室から直接頂いた氷って訳よ」
「あらリゃ 氷が半分になってやがる」
おみよ 呆れて
「これを私のために 6日間も家開けてわざわざ持って帰ってきたのかい
馬鹿だとは思ってたけど これほど馬鹿とはねぇ」
おみよは少し涙ぐんでいた
「さぁとけねぇ内に鉋(かんな)でかいて頂いこうじやないか おみよ 砂糖煮て蜜作ってくんねぇ」
「はいはい 帰って来るなりせっかちなんだねぇ」
二人は台所に立ち いそいそと夕餉の準備を始めた
文吉は、「おみよ おいらこの旅で人の情けってあったけえなぁとつくづく思ったよ」としゃべり始めたら

おみよがいきなり

「冷たいぃー」と手をほっぺたに当てた
「なんでぃ 冷てーて、
俺はあったけえーっていってんのに 振り向くと おみよは、かき氷を口に入れていた

おみよは、氷を頰張りながら
「つべこべ考証はよして あんたも早く食べなよ 私たちは将軍様の食べる代物頂いてんだから」
「おぉそうだな うっ、冷てーな」
おみよも嬉しそうに
「冷たいねぇ しかも美味しいねぇ~」
文吉は「よぉーし 来年の夏も加賀まで行ってかき氷喰わしてやろうか」
おみよは、顔を赤らめて
「来年はもう一人増えそうだよ
だから そばに居ておくれよ」
文吉、「かかぁ できたのか!」
おみよは、こくりと頷き氷を口に運んだ

どぶ板長屋に久々 笑いが戻った夜のようです
 この夫婦暫くは安泰ですな
めでたし めでたしってことで

これにて、お終い
お後が宜しいようで








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