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正義感

正義とは何か…そんな答えのないことを考えたことがある。

僕は、そこそこの優等生だったので、高校は進学校に入り、一般的な倫理観を身につけた人達と一緒に過ごしていた。殴り合いの喧嘩なんて起きないし、生徒同士のトラブルで警察沙汰になることも当然なかった。悪意を持って他人に迷惑をかける人が滅多にいない環境なので、非常に過ごしやすく楽しい学生生活を送っていた。

そんな順調な高校生活を送っていた高3の4月、僕は友達と本屋に立ち寄っていた。
参考書コーナーで勉強をした気になった後、進撃の巨人の最新刊を買って店を出ようとした。

その時、


聞き覚えのないブザー音が鳴り響いた。
僕はギョッとして周りを見渡した。
その1秒後に、ブザー音の原因が分かった。



ブザー音の正体は、万引き防止ゲートだった。


そして、その横を女性が早歩きで通り過ぎていた。

僕はどうしていいのか分からず、友達の方を見た。
友達も同じような顔をしていた。
体は一切動かなかったが、脳みそが研ぎ澄まされて5秒間で様々な思考が頭を駆け巡った。


多分20代後半くらいの女性だ…キレイな鞄を身につけて髪も染めている。人並みのオシャレしているから、生活できないほど困窮しているわけではなさそう。

ブザー音に一切振り向くことなく、早歩きで去っている。常習犯だ。

追いかけるか?………多分間に合うぞ

捕まえて警察呼んで、その後はどうなる?

多分この人は社会的地位がなくなってしまうだろう。
俺は恨まれてしまうんじゃないのか…

結局、僕は万引き犯を見逃してしまった。友達もおそらく同じようなことを考えていたのだろう、お互い黙ったまま固まっていた。

その30秒後くらいに店員が走って駆けつけてきた。
「君たち?」
防犯ブザーの前で固まっていた僕達に疑いの目が向けられた。慌てて容疑を否認し、女性が早歩きで逃げていったことを伝えた。
この流れはまずいと察知していたので、僕達は必死に説明した。その甲斐あって、なんとか疑いを晴らすことができた。
その後は、夜も遅かったので僕達は本屋の前ですぐに別れた。

帰りの電車で1人悶々とする…

僕にとって犯罪は、芸能人や宇宙人のようなものと大差がなかった。名前だけは知ってても、自分の身に触れることがなく、本当にこの世に存在しているのかどうかすらも疑ってしまうほどの存在だった。

犯罪はこの世に存在する。

知識としてではなく、経験として存在を認知してしまった。
「罪」を犯しているのは知らない誰かで、それを裁いているのも知らない誰かだった。それらはテレビやネットのニュースを飛び出すことはなく、質の低いエンタメくらいにしか思ってなかった。
犯罪は良くない。これ以上の感想が持てない。
他人の「罪」と向き合うだけの知識、経験、度胸がない。
自分が腑抜けだったことが露わになってしまい、それなりに凹んだ。

自分のことを考えるのが嫌になったので、万引きをしていたであろう女性のことを考えた。

彼女の様子から察するに、原因は金銭的な問題ではない(部分的な原因であったとしても、根本的なところではない)。
そもそも、本屋に生活必需品が置かれてないことからも、それは明らかだ。
僕の想像力の範囲で辿り着いた結論は、精神的な不安定さ、が原因だということだった。

彼氏に振られたのかもしれない、仕事がなくなったのかも…深刻な病気になった…?可能性を上げればキリがない。
いずれにせよ、彼女は万引きをすることでしか得られない何かで心の安定を保っていて、必死に生きていたのだと思う。そう思わざるを得ないくらい、彼女の横顔は悲しそうだった。息を吹きかけたら崩れ落ちてしまいそうな脆さと、これまでの人生で積み重ねてきたであろう生きづらさのようなものを感じた。

数秒見かけただけの万引き犯に同情してしまうことが、間違っているという自覚はある。

それでも…捕まえて店員や警察に差し出すことが自分のとるべき選択だったと思いたくなかった。
これは僕の歪んだ正義感がもたらすものなのだろう。
自分の中にも正義感があったことに少し驚いた。

みんなが幸せになってほしい

これが、僕の掲げる稚拙な正義だ。

警察に差し出せば、彼女は痛い目を見ることになるだろう。当然だ。
お店側にしてみれば、彼女の事情なんて知ったことではない。腹が立つし裁きを受けてほしいに決まっている。
そんなことは分かっている。

ただ…僕は彼女に事務的な裁きが下ることが嫌なのだ。
これはワガママでしかない。
彼女に対して思いやりのある人が、しっかりと事情を聞き、改心させることはできないのだろうか。警察や店員に差し出すのはその後にできないのかと、そんなぬるいことばかり考えしまうのだ。

このように、目の前の人を切り捨てれない僕は、お店側の人の話を聞いてしまうと、すぐに考えが変わってしまうのだろう。ブレブレの正義だ。

あの時僕が見逃した彼女は、今も万引きをしているかもしれないし、もう警察に捕まっているのかもしれない。
僕が見逃したことで、迷惑を被った人がたくさんいるかもしれない。

けれども、せっかく気づけた自分自身の貧弱な正義を大切にしてあげたいと思った。

更生して犯罪とは無縁の生活を送っててほしいな

自分にも他人にも激甘な僕は、そんな夢みたいなことを今でも願っている。

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