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櫻編 16話

「声をかけなくていいのか?」

藤崎春樹は傍らの女性にそう尋ねた。

「うん。……今日は見に来ただけだから」

そう答えた夏鈴の目線の先では、櫻坂46の三期生たちが元気に踊っている。
野外にてライブ演習を行っていたのだ。

この日は夏鈴と共に訪れた春樹。
連日、守屋麗奈と田村保乃に付き合わされ――次は私の番だね。と夏鈴に無表情で詰められた時には断る元気も無くなっていた。

「……」

「……」

二人きりになると無言の時間が多くなる。
お互い口数も少なく物静かな性格だからだろう。
だけど、その時間が苦ではなかった。
久々に穏やかな時間を過ごせることに幸せを感じるほどに。

「……私ね」

「ん?」

「三期ちゃんたちが頑張ってるのを見るのが好きなの」

「よく見てるもんな」

「うん……」

「……」

「なんていうんだろう? 元気? っていうのも違うんだけど、なんかパワーをもらってる。この子たちがこんなに頑張ってるんだから、先輩である私たちもしっかりしなきゃ。って考えももちろんあるし」

真剣に話す夏鈴を思わず見つめる春樹。

「単純にその輝く姿がとても眩しくて、好きだな~大切にしたいな~って思ってる。変だよね……気持ち悪いよね」

「確かに」

「ちょ……」

「でも、気持ちはわかるな」

「え?」

夏鈴の言葉に浮かされたか、めずらしく熱のこもったことを言う。

「俺も、ここのところずっと練習みてたからな。あいつらが我武者羅になって打ち込む姿にさ、熱くならないほど腐ってはなかったみたいだ。……学生時代とかは怠惰に過ごしてたから、余計にな」

「怠惰に過ごしてるのは今もだよね」

「……うっせ」

痛いところをつかれて悪態をつく。

「ふふ、いいよね三期ちゃんたち」

「……ああ、悪くない」

「お気に入りの谷口ちゃんと向井ちゃんもいるしね」

いたずらっぽく笑いながら揶揄う夏鈴。

「そうだな。……夏鈴もお気に入りだけどな」

「え!?」

予想外のカウンターに耳まで赤くなっている。
しかし、春樹の追撃は止まらず。

「へぇ? 照れてるんだ? 可愛いところあるじゃん」

「ちょ!? 何言ってるの」

「前から思ってたけど、夏鈴の照れた顔タイプかもしれない」

「やめて、変な事言わないで。……ちょ、見ないで~許してぇ」

「……っぷ、ぷっはっはははは、悪りぃ悪りぃ」

――もう、と拗ねる夏鈴を見つめながら

(本当に、このまま何もなく静かに過ごしていけるといいんだがな……)

静かにそう願う春樹であった。


「藤吉。ちょっといいか?」
「はい」

スタッフに呼ばれた夏鈴。
一人残された春樹は近くにあったパイプ椅子に腰を降ろした。

ちょうど三期生も休憩時間に入り各々水分補給を行いだしていた。

「見てみ愛季。春樹さんおるけん」

「ぁ、本当だ。なにしてるんだろう?」

「さっきまで藤吉さんとおったから、たぶん付き添いじゃないかな? 暇そうだし、遊んでもらおうよ(笑)」

 なにやら楽しげに話す声が聞こえたが、春樹の意識は睡魔との戦いに入っていた。

「春樹さーん、いきますよー」

「……」

「おーぃ、いっきますよー?」

目線だけ彼女らの方に向けていた春樹。

まさか見てないとは思っていなかったのだろう、力いっぱいにゴムボールを投げつける愛季。
えいっ、という可愛らしい声と共に投げ出されたボールは綺麗に春樹の顔面に吸い込まれていく。

――バチィン、と軽音がなり響いた。

「ぃってぇ!?」

「うぇえ? ごめんなさいー。見えてないと思ってなくて」

申し訳なさそうに両手を合わせながら駆け寄ってくる愛季。
それに対して、

「あっははははっは(笑)あっはっは(笑)バチィンだって(笑)めっちゃいい音した(笑)」

お腹を抑えて笑う純葉。

「いひひ、だめ! お腹痛い(笑)笑い死ぬ(笑)」

ツボにはまったのか涙目になりながら笑い転げていた。

(……あいつは後でしばく)

赤くなった鼻を摩りながら純葉を睨む春樹。

その視線はふいに上空へと――

「あ?」

春樹の目線、すなわち、こちらに向かってくる愛季の真上になる。

撮影用なのだろうか、数メートルほどの高さにある鉄製の足場が――ぐらり、と不自然な揺れを見せた。

愛季は気づいていない。
遠巻きに見ていたスタッフと正面にいる春樹だけがそれに気づいたのだ。

「愛季! 危ない!!」

誰かが叫ぶ。その声と同時、全力で駆け出す春樹。
 
本来ならしっかりと固定されていただろうその足場はいともたやすく崩れ落ち、スローモションのようにゆっくりと愛季の頭上へと降り注いだ。

間に合わない

と思ったのだろう。
思わず目を瞑るスタッフ。
 

――されど、いくつもの危機を救った男、藤崎春樹。

驚異的なスプリントで駆け寄ると、愛季を抱き寄せその勢いのまま飛び抜けた。

鉄骨が崩れ落ち轟音が耳をつんざく。
その音と土煙にどよめくスタッフたち。

彼らの視線の先、落下現場――その数メートル先にて、飛び抜けた勢いのまま転がり続ける二人。

何度目かの回転の後、ドスン、と音を立てて壁に衝突した。


「――はぁ……――はぁ……、……大丈夫か?」

 壁を背もたれにし、肩で息をする春樹。大事そうに抱えていた愛季を見やる。

「ぁ、はい。私は大丈夫です……。――そ、それより春樹さんは!?」

「ん~。……問題ないな」

腕を回し、自分の体を見ながら問題ないと答える春樹。

「す、すいません、私のせいで春樹さんに――」

「無事で良かった」

言葉を遮ってぽんぽん、と愛季の頭をたたく。

「愛季に怪我がなくて良かった」

涙目に見上げる彼女にやさしく微笑んだ。

念のため医務室に連れていかれた。
愛季に怪我はなく、実際に頑丈さが取柄であった春樹もかすり傷のみですんだ。

再三、スタッフに頭を下げられ感謝と謝罪の言葉を聞かされ続け、夏鈴が戻った時にはあらゆる意味でげっそりしていた春樹であった。



(さすがに疲れたな。明日は何があっても出かけねえぞ……)

帰路の途中、翌日の惰眠を誓う春樹。

ふかふかのソファにダイブしたらすぐにでも眠れそうだ。
そのまま明日の夕方くらいまで寝ていたい。

そう考えていた。
 
タクシーの車窓から黒い煙が見えた。

逸る気持ちを抑え、足早に降車する。

(嘘だろ?)

その方角、間違いなく藤崎家しかありえなかった。

予感は正しく、轟轟と燃えている自宅を前に立ちすくむ春樹。

(……、静江さんはどこだ?)

辺りを見回すも、野次馬しか見当たらず。

「静江さーん!! おーい、どこだ!? どこにいる?」
 
大声で叫んだ。
 
「あんたここの人か? 外には誰もおらんぞ。消防の人がもうすぐくるだろうから待っていな」

「……まじかよ」

火の勢いは止まる所を知らない。

(この時間、静江さんは夕飯の支度をしていたはずだ)

最悪な想像をかき消すように頭を振るう春樹。

バッと顔上げると、意を決して門に手をかける。

「え? お、おい、よせ。死んじまうぞ」

静止も聞かず、火の中へと飛び込んでいった――

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