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乃木編 7話

 一階の有様は酷いものだ。
 そこかしかに死体が転がっている。

 ジョーンは心の中で溜息を吐いた。
 『逃げれば殺す』そう伝えたのに、頭の悪い連中だ。
 中には抵抗する者らもいた。教師らしき人物だったが、なかなかどうして腕がたち、こちらにも負傷者が出るほどだった。
 それでも数の差というのは簡単にはくつがえせない。四方から蜂の巣にされてしまえば如何いかな強者も、屈強な警備員も地に伏せるのだ。

 そうやって、いくつかの死体を見ていた時。一人の女子生徒の後頭部に視線が固定された。
 
「……まさかな」

 ジョーンは頭の片隅によぎった一抹いちまつの不安にかぶりを振るう。
 そうしてそれを解消しようと、うつ伏せになっていた死体をひっくり返した。

(――うむ。そりゃそうだ……)

 『日本人の顔はどれも同じに見える』と仲間の誰かが話していたが、さすがに間違えて殺してしまった――なんて間抜けなミスをしでかすわけもなく。
 考えすぎたと自嘲気味じちょうぎみに笑う。

「ジョーン副隊長っ。目標は三階ラシイ!」

「そうか」
 
 通信機を握る。

『あー、俺だ。全員、三階へ向かえ!』

 仲間に指示を飛ばす。己も上階へ向かおうと階段に足を掛けた。

(……)

「副隊長?」

 かたわらの隊員が不思議そうにジョーンを見る。

「……お前、一緒に来い」

了解イエッサ!」

 上へと昇ることなく、そのまま一階の廊下を突き進んだ。
 あまり使われていないであろう教室――物置と化しているそれら――に目を配らせながら端へと辿り着いた。

「やはり……扉か」

 気付かなかった。というよりは近づくまで見えていなかった。壁と同色に近い材質をして、遠目とおめからは扉と認識しにくかったのだ。
 窪みに手を掛ける。鍵は掛かっていないようだ。

 ギィ――、と音を立て開いた扉。
 その先に、

「!?」

 階段があった。さらには――
 





 美波たちが非常用に増設された階段を下った時だった――

「!? 副隊長、コイツラ――」

 その続きを発することなく男は倒れ伏した。急接近してきた美波の一撃によるものだ。

『ジョーンだ。目標はい――』

 美波の上段蹴りがジョーンの持つ通信機を蹴り飛ばす。

「ッチ――」

 苛立いらだち混じりに銃を構えるジョーン。

 咄嗟に行った蹴りの勢い余り背中を向けていた美波の耳に届く、撃鉄げきてつが落ちる音。
 その音にわずかに身をかがめた。
 続けて聞こえてきた発砲音と頭上を通り抜けた銃弾。
 そしてかわりに用意していた後ろ廻し蹴りが、ジョーンの右手を再度蹴り飛ばした。
 天井にぶつかって地面へと落下していく拳銃を尻目に、体ごと寄せる美波。
 
 うなる右フック。

「お?」

 美波は僅かに瞠目どうもくする。これで決めるつもりだったから。
 渾身のフックが男の片手に防御されていた。
 そうしてニヤリと笑うジョーン。同じく笑い返す美波。

「っは! 他の奴らとは違うようだ――なッ!!」

「ヌグッ!?」

 ジョーンの顔が苦痛に歪む。防御したはずの一撃が威力を増したのだ。
 そのまま男の腕ごと顔にり込んでいく。

「ぐっ」

 たまらず後ずさるジョーン。
 対して美波。大きく左足を踏み込んで、離された距離を一瞬で詰めた。

「オラッ――まだまだぁッ!!」

 間髪かんぱついれず繰り出す左ストレート。

 両腕を交差させてそれをガードするジョーン。どしん、と地鳴りのような一撃に、またしても苦悶くもんうめきを上げた。
 しかしこれで終わりではない。

「ぬ!? ぐっ、ご、っ!、お、てめ、――ごぁ」

 絶え間ない連撃の果て――遂に緩んだ防御の隙間。

「――吹っ飛べッ!!」

 美波のアッパーがその隙間を縫って入り込んだ。
 ジョーンのあごを捉え、持ち上がる体。

「っち」

 手ごたえはいまひとつ。僅かに体を逸らされ真芯を外されたようだ。
 それでもジョーンは隙だらけだった。崩れた体勢ではまともな防御も出来ないだろう。

(どっちにしろ……これで終わりだ)

 止めを刺そうと踏み出した。
 その右足を――凶弾が襲った。

「――あ?」

 一発、太腿ふとももからぴゅーと飛び出る液体に間抜けな声。

 二発、バランスが崩れてわずかに揺らいだ左肩。そこを――穿うがった衝撃に押されて傾く半身。

 三度みたび、聞こえてきた銃声。わき腹に感じる熱。それらを浴びて崩れる様に膝をついた。

「がぁッ!? くそ……マジか……」

「梅ちゃん!」
「梅!!」

 背後から心配する声。

 美波の眼前には同じように膝をつき荒い呼吸を繰り返すジョーン。
 そして、ジョーンのさらに後方から男が一人。鼻歌を口ずさみながら銃を片手に近づいてきた。

「派手にやられたな」

「すいません大佐。……この女、思ったよりも強くて」

 大佐と呼ばれた男が「ほぉ?」と興味深そうに美波を見下ろした。

「ふ~む。なるほど……」

 と一瞥いちべつし、美波の背後へと視線を送る男。

「……お前がそうだな? 王女さん」

「っ」

 薄ら笑いを向けられて息を飲む史緒里。
 その視界を遮るように、

「山下! 二人を連れて逃げろっ!」

 美波は声を荒げて立ち上がった。

 男の狙いがなんであれ、この学校で好き勝手やらせるわけにいはいかない。梅澤美波は乃木坂高校の番長だから。美波にはこの学校を守る責任があるのだ。
 他人からすれば、番長がそこまでする必要がない。と思うだろう。
 だが、そういう問題ではない――美波のプライドの問題なのだ。
 美波には美波なりの美学があり、それが皆を守る番長という存在なのである。かつての憧れがそうだったように……

 だから、それで命を落としても構わなかった。


 傷を負いながらもりんとした姿勢で仁王立におうだちする美波。

「う、梅ちゃ――」

 そのひたいに、

 ――ピタッと銃口が突きつけられた。

 対峙たいじする美波と大佐――生死を握られた女と握る男。
 今際いまわといか。

「……神を信じるか?」

 それともただの呟きか。

「神だ? っは、くだらねぇ……そんなもん――」

 「いねぇよっ」と、啖呵たんかを切り握った拳を突き出す美波。

 反射的に、引き金にかけられていた男の指が動いた――
 


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