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夜の帳は下りて小鳥は揺蕩う 前編


「僕だ……ああ、今はまだ大丈夫……だが奴らはすぐそこまで来ている……ウッ! ほら、右腕が疼きだした」

「ママー! あのお兄ちゃん何してるのー?」

「っし。見ちゃいけません!!」

「分かっているよ……大丈夫。ちゃんと抑えているから、心配しなくていい……」

「ワンワン!! ワンッ」

「犬も邪悪な気配を感じ取ったようだね……ってうわ! なにす――」

「……はは、犬がおしっこで陰の気を浄化してくれたよ。野良犬にしては勘が鋭いね。って話が逸れたね、うん。また連絡するよ、じゃあね……フ・リーゲン・ダーフォー・ゲル」

 などと、独り言を呟く小僧。

(巷の言葉で言うと所謂いわゆる『厨二病』というやつじゃ)

 親子には痛い目で見られ、犬畜生には小便を掛けられる始末。
 傍から見ていて恥ずかしい事この上ない。
 そろそろ成人を迎える年である。いい加減言動というものには気を遣ってほしいのだが。

「お、○○氏じゃないか」


「ん、テレサ氏か。おはよう」

 小僧の元に現れたのは池田瑛紗てれさという少女。
 常に変な恰好をしている、ちょっと頭の可笑しい女。

(こやつも『厨二病』なるものじゃ。間違いない)

 右手に包帯を巻く小僧もそうだが、これをカッコいいと思うのがこのぐらいの年齢なのだろうか。

「おはよう。丁度よかった、○○氏に話が合ったんだ! 今日の放課後に時間を空けておいてくれないかい?」

「別に構わないけど……もしかして活動の日?」

「いかにも! ボクたちも遂に動き出す時が来たのだよ」

「何だって!? そうか、遂にその時が……」

 はて? その時とは?

「フフフ。怖気づいたかい?」

「そういうわけじゃない。僕たちが動きだすとしたら、そろそろ奴らが……」

「うむ。問題はそこだね……しかし、時間は有限だ」

「確かに、僕らにはあまりにも有限すぎる……」

「うん、だからこそ! この世にはボクらの力を必要としているものがごまんといる。止まっているわけにはいかないのだよ!!」
 

「いかないのだよ!! っじゃないわよ。あなたたちねぇ! 声が大きすぎるわよっ、みんなから変な目で見られてるからね!」



(おお、ようやく指摘役が現れたぞ。)

 井上和。小僧と小娘てれさの暴走を止めてくれる数少ない友人の一人。
 一目見たら、その見た目麗しゅう姿に釘付けになること間違いない。
 世が世なら絶世の美女として歴史に名を残していたであろう。
 
(おしい女子おなごじゃ。本当におしい)

「おはよう井上さん」

「おはよう。しかしだ、和よ。ボクたちは好奇な目で見られることには慣れているのだ。なんら問題はない」

「問題ありありよ!! 一緒にいる私が恥ずかしいじゃない」

「ん? 恥ずかしいなら僕らを待ってないで先にいけばいいのでは?」

「そうだぞ! いくら〇〇氏が好きだからといって朝からこんな所で待ち伏せして、本当にしょうがない奴だ」

「え? 好き? 僕を?」

「ちちちち、違うから!! 全然そんなことないから!! 好きじゃないからっ」

 そう、おしい女子なのだ。
 容姿端麗で頭脳明晰。
 誰とでも分け隔てなく接し、みなからも好かれている。
 一団のまとめ役も受け持つ非常に優秀な人物なのだが。
 小僧なんかにはもったいない。
 どこに惚れる要素があったのか。
 不思議でしょうがない。

「好きじゃない、むしろ嫌いらしい。悲しいね〇〇氏」

「そうか、僕は嫌われているのか……残念だ……」

「ちょ、ちょっと嫌いだなんて言ってないでしょ!! ま、〇〇君、嫌いじゃないからねっ」

「むしろ――」
「そう、むしろね」

「す――」
「す――って、瑛紗あなたねぇっ」

「まぁまあ、落ち着きなよ井上さん。声が大きいから」

「誰のせいだと思ってるのよ!!」

「くっくっく。まぁ、和を揶揄うのはこの辺にして、○○氏」

「揶揄うってあなたねぇ――」

 まだ食って掛かるなぎを手で押し退けて、真面目な顔で小僧に向き直った。

「放課後、よろしく頼むよ」

「ああ、分かった。集合は部室でいいかな?」

「放課後? 集合って?」

「和には関係のない話だよ」

「部室っていってるんだから同好会の活動でしょ!! 私だっていちよ部員なんだから、仲間外れにしないでよっ」

「やれやれ……興味もないくせに」

「確かに。僕もそこは疑問に思っていたんだよね。どうして井上さんはオカルト同好会に? 興味なんて微塵もなさそうだけど」

「いやいや〇〇氏、さっきも言ったじゃないか。和は〇〇氏のことが――」

「ああーー!! わたしはっ!! 私は、ほらあれじゃん」

「あれ?」

「委員長! そう、委員長だからっ。あなたたちがクラスで浮いちゃってるから、そこをね……。クラスの輪に馴染めるようにって」

「わざわざその為に活動まで参加するのかい? とんだ暇さんなんだね、和は」

「ちょっと! そんな言い方ないでしょっ。そもそも、私が入らなかったら同好会としての活動も認められてなかったんだから、少しは感謝してくれたっていいじゃない!」

「その事については感謝しているのだよ。和様、ありがとうございます」

「ありがとう井上さん」

「……はぁ、もう……いいわよ。……とりあえず私も放課後いくから」

 疲れ果てたようで最後はぼそりとそう呟いた。

 やはりというか、なんというか。
 馬鹿二人の相手は苦労するようだ。
 その心中お察しする。

(すまんのう)

 小僧の代わりに頭を下げる思いだ。



 




同好会部室にて。

「さて、今回〇〇君に来てもらったのはだね」

「〇〇君って、私もいるんだけど?」

「これを見てもらいたかったのだよ!! どどんっ」

「また無視された……それに『どどんっ』って自分の口で言う人初めて見た……」

「……テレサ氏……これはまさか……」

「フフフ。さすが〇〇氏だ! そのまさかだよっ」

「まさかって?」

「そう、これは――」


「宝の地図だね!」
「妖怪の封印場所だよ!」

「……」

「違うじゃん。なんだかんだ言ってるけど、やっぱり適当に会話してるよね? あなたたち……」

「な、なにをっ」

「いや、そうじゃないよ井上さん。僕の言い方が悪かったんだ。宝と言ったけど妖怪の封印場所で合っているよ。僕にとっては妖怪イコール宝だから」

「そういう事だよ!! ボクらにとってはどっちも同じ――」

「はいはい、分かった分かった。それでいいよ、もう」

「なにを分かったような!」

 まだ悶着続ける一同。

 若干、なぎが疲れてきている。

(さて妖怪の封印場所か……どれどれ、――ふむ、なるほどのぅ)
 

「それでテレサ氏。この封印場所を僕に見せるってことは?」

「お! そうなんだよ、〇〇氏に見せるってことはだ!!」

「うん」

「私……なんだか嫌な予感がするんだけど……」

「大丈夫だ……その予感は的中するのだっ」

「的中しちゃったら大丈夫じゃないじゃない!!」

「テレサ氏、つまり……」

「うん。つまりだね、ボクらでこの封印場所に行ってみようってことなのだよ!!」

「やっぱり……」

「なるほど……」

「悩んでいる暇はないぞ! ○○氏! 支度をせよ!! ゆくぞっ」

「え? これから行くの? もう暗くなるわよ」

「嫌だったら来なくていいぞ。別に和は誘ってないから」

「ちょ、ちょっと! 行かないとは言ってないでしょ。あなたたち二人じゃ心配だから、私も行くわよ」
 

「……僕だ。これから妖怪が封印されている場所を見に行く。……うん、うん……無茶はしないよ……」

 

「またブツブツ言いだした……」

「っし。邪魔してはいけないよ。〇〇氏の交信が終わるまで、ボクらは静かに待つのみだ」

「そ、そう……」


「じゃ、二人を待たせてるから……ん? ああ、分かってる。何かあったら二人だけは絶対に……うん。それじゃ、またね……フ・リーゲン・ダーフォー・ゲル」

 

「終わった?」

「ああ、すまない。待たせたね」

「よ~し、では行こうぞ! オカルト同好会、活動開始だ!!」

「お~~!!」

「お、おー……」



 



 
 とある階段の前に立ち竦む三人。

「え!? まさかとは思うけど、この階段を上るの?」

「うむ……そのようだね」

「これはまたすごいね……」

 ざっと見て三百段。
 その小山の頂に祠らしきものが窺えた。

(軟弱な現代人にとってはつらい道のりになりそうじゃのう)

「さて、暗くなる前に行こうか」

「いいね! その意気だよ!!」

「うぅ~……もう!! 仕方ないんだからっって私を置いて行かないでよ!」

 それにしても……
 小僧もそうだが、この小娘てれさ
 貧弱そうに見えて意外と鍛えておるようで、すいすいと階段を上りよる。
 まさかなぎが一番最初に草臥くたびれるとは思ってもみなかった。

「はぁはぁ……ちょっと……あなたたち凄いわね……」

「大丈夫?」

「和よ……ここまで情けないとは……」

「っむ! 別に休憩したいとは言ってないわよ!! 少し疲れたって言っただけなんだから」

「まぁまぁ二人とも。それにテレサ氏、あまり井上さんを虐めるのも可哀想だよ」

「ふむ、〇〇氏に言われてしまったら控えるとしよう」

「〇〇君……ありがとう……」

「礼には及ばないよ。……はい、井上さん」

「え?」

「一緒に上ろう? 僕が引っ張ってあげるから」

「え……うん……」

 差し出された小僧の手に戸惑うなぎ
 数秒固まったのち、顔を真っ赤にしてその手を握った。

(なるほどのぅ。心がほっこりする絵じゃ……これが青春という奴か)

 そんなこんなでようやく山頂へと辿り着いた。

「えっと……うん! ここだ! あった! ほら、あの祠がそうだよ」

「この町にこんな所があったんだ……」

「立ち入り禁止……それに魔除けの札が大量に……」

「だ、大丈夫なの?」

「大丈夫だよ、和。ボクには分かる……ここには何かが眠っている……びしびしと感じるんだ……」

「それ大丈夫じゃないじゃん!」

「いやいや、つまり当たりを引いたってことだよ」

「それは私にとってはハズレなのよ!」

「…………テレサ氏……ここ……」

「〇〇氏も感じるんだね」

「ああ……」

「ええ? ど、どうする? じゃあ止めとく?」

「……行ってみよう」

「ボクらがここに来たってことは何かの運命なんだ……いかない手はないさ」

「ああ、ここが本当に妖怪の封印場所だとしたら……奴らよりも先に辿り着いたことが運命そのものだ」

「フフフ。そういうことだね」

「ごめん、私には全然分からないんだけど」

「大丈夫、不安がらないで。もし何かあったら、井上さんたちは僕が守るから」

「ありがとう……やっぱり〇〇君は優しいね……」

「全然そんなことないよ。男として当然の事さ」

「さぁさぁお二人さん! そろそろいいかい?」

「うん、僕はいつでも」

「わ、私も……」

「では! いざ!」

 
(……ふむ。はてさて、鬼が出るか蛇が出るか。少しばかり楽しみになってきたのぅ)






 ――ぴちょん。

「っひ!?」

「意外と深いんだね。ボクらが歩き始めてもう五分になる」

「うん……でもそろそろだと思うよ」

「え? どうして?」

「漂ってきたからね……」

「漂う?」

「っし。和……分からないのかい?」

「え? な、何が?」

「この濃密な妖気……力の灯が……」

「へ!?」

「テレサ氏も感じ取ったんだね、この妖気」

「フフフ。〇〇氏にはちと遅れをとったけどね」

「……ね、ねえ。ところで封印されている妖怪って……何の妖怪なの?」

「……」

「……さぁ?」

「ちょ、知らないのに来たの?」

「まぁまぁ井上さん。やってみないと分からないことがある。それが真実ってものだよ」

「そういうことだ! この世に眠っている幾多の謎を解き明かすのが、ボクたちオカルト同好会の役目なのだよ!!」

「瑛紗……あなた自身満々に言ってるけど本当に妖怪なんて……」

「おや? まだ信じてなかったのか。和はまだまだだな~」

「な!? そもそも妖怪なんて居るわけないし! あなたたちのお遊びに付き合ってあげてるんだから――」

「井上さん!!」

「え? な、何? 〇〇君」

「妖怪はいるよ……ほら……そこに」

「え?」

 小僧らの見つめる祠の終着点。
 それは有った――いや、居ったというのが正しい。

(ほう……これは中々……)
 
 星型に配置された石の中央に、まるで眠っているかのように横たわる人型の妖怪。
 見た目はうら若い人の子だ。

「本当にいたんだ……」

「よいしょっと!」

「な!? 瑛紗っそれ動かしちゃまずいんじゃ――」

 刹那、閃光と突風が小僧らを襲う。

「む!?」

「っきゃ!?」
 
「――ッ」

 
 

「……収まった?」

「うむ、そのようだね。……フフフ、見てごらん○○氏。目覚めるようだぞ」

「『目覚めるようだぞ』って、あなたが封印解いたせいでしょ!!」

「まぁまぁ、いずれにせよだ。僕も封印は解いてみようと思ってたんだ」

「解いてみようと思ってた!? なんであなたたちはそんな勝手――」

「っし。気を付けて! 起き上がるみたい、井上さんは下がってて……」

「……う、うん」
 

『ふぁ~あ……よく寝たなぁ~……ん? あれ? ここは……』

 あくびをしながらその妖怪が起き上がった。
 反動でたわわな果実がぷるんっと揺れた。

「大きい……――いてっ」

 感想を口にした小僧の頭に降りそそぐ二人の手。
 
 よくやった小娘たち。
 今のは褒めて遣わす。
 

『……思い出した……ユウキ、封印されてたんだ……ん? あなたたち……もしかしてユウキを封印した悪い奴ら?』


 途端、洞窟内の気温ががくんっと下がった。
 拳程度の封印石が四方へと弾け飛ぶ。
 漂っていた妖気が膨れ上がり、一瞬の内に妖怪へと収束していく。

『……覚悟しな……大妖怪ユウキの力を見せてやる』

 
 今、その封印は解かれた――


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