櫻第三機甲隊 1. 機甲
『帝国による三ヵ国同時侵攻』
北東のソマリワ公国と、それに属するいくつかの小国を打倒したガーナード帝国が打ち出した次の一手。
帝国の東、北西、西にそれぞれ位置する国家へと宣戦布告したのがちょうど一ヶ月前である。
ここ――帝国から見て西の大国、櫻共和国。その東にある菖蒲領では激しい戦闘が繰り広げられていた。
「……こちら『灰狼』、シオン・グラスフォード。これより任務を遂行する」
『……作戦本部了解。貴殿の健闘を祈る――」
交信を切り、帝国兵士シオン・グラスフォードは木々の合間からその姿を現した。
豪快になぎ倒される巨木の音に何事かと振り返る菖蒲領主。
「何の音だ!? ん? ……何もない?」
領主の言葉通り、機甲頭部のメインカメラが捉えた映像には、倒れた木々が映し出されているだけであろう。
「――あ!? って、敵機確認!! 迷彩機です!!」
菖蒲兵が気づいたと同時、シオンは自機のステルス機能を解いた。
ジジジッ――と空間が僅かに揺らぎその機体が姿を現した。
それは全長19mにも及ぶ。鋼鉄製の二足歩行を可能とする銀色の人型機体。
――機甲と呼ばれる戦闘兵器である。
「敵襲ー!! ッ総員戦――」
警鐘を鳴らしていた機甲へと高速接近するシオン機。
脚部に備えられたスラスターが火を噴き、滑るように敵機へと肉薄した。
「闘配――」
「そこまでだ」
超振動ブレードを抜き放ち、その敵機を一刀両断に切り捨てた。
焼き切られたような断面を残し、斜めに上半身が滑り落ちた機甲から距離を取る。
人型機体の胸部にあるコックピッドからは血が滴り落ちるのが見えた。
数秒ただず豪快に爆発した機甲を尻目に、続け様敵機へと攻撃を仕掛けた。
「っく! 領主様を下がらせろ!!」
「了解!! こちらへ」
「う、うむ」
「――逃がしはしない」
「な!? いつのまに!?」
敵兵が驚く。
シオン機が部隊の中を突っ切り、領主機の前方へと回り込んだからである。
シオンの操作技術と彼の専用機が持つ特異性が、その超高速移動を可能としていた。
「菖蒲領主、齋藤康栄。悪いがその命、貰い受ける!」
「粋がるな! たった一機に何ができる!」
前方にいた側近機が銃型の兵器を構えた。
機甲用に作られた巨大なマシンガンだ。
そこから撃ち出される90mmの弾丸をまともに喰らえば、いくら鉄鋼製の機体とはいえひとたまりもない。
だが、
「くそ! 何故だ? 当たらないッ」
それは当たればという話。
シオン機は斜め前方へと滑るように移動する。
全ての弾丸を躱しながら――
ブレードの攻撃範囲に辿り着いた。
頑なに撃ち続けるマシンガンを左下から切り上げて切断し、流れるように刃先で円を描く。丸い軌跡の終点でカチリと右腹部に刃を当てた。
そのまま水平にブレードを食い込ませる。ギギギッと金属が擦れ、綺麗に胴体が上下真っ二つへと別れた。
「ああああ!?」
続いて――
断末魔と爆発音を置き去りにして――跳躍する。
「飛んだ!?」
「馬鹿な、機甲が飛ぶはずが――」
機甲というのは構造、重量から飛行能力は持っていないとされている。
余分な物を削ぎ落し、軽量化・機動性に特化させたシオン機だからこそできる芸当であった。
背部から白い煙を吐き出して機甲が上昇する。
その光景に魅入られ固まっていた敵機の真ん中へと着地した。
同士討ちを恐れて、攻撃を躊躇している敵機を容赦なく斬りつけた。
ほとんどの機甲を一振りで葬るシオン。
十機はいた敵が瞬く間にその数を減らしていく。
そうして、
「……なんてことだ……っ、おの――」
最後に残った領主機に、両手で握ったブレードを垂直に差し込んだ――
「……謝罪はしない。これは戦争だからな」
もはや動くこともなくなった領主を一瞥し、そう呟いた。
同情もしない。
将を潰せば指揮系統が乱れ、後は烏合の衆と化すだろう。
そうなれば菖蒲領での戦闘もじきに終わる。
すなわちそれだけ早く戦争が終結するということになる。
……
「こちらシオン・グラスフォード。任務完了。敵領主の撃破、ならび敵本部を壊滅」
「了解した。任務達成ご苦労。……貴殿はそのまま後方支援基地まで移動せよ」
「……了解」
承諾して本部との交信を終える。
(……『後方支援基地』か)
シオンが後方支援基地へと赴くのは初めてとなる。
主な仕事が奇襲作戦、戦火の激しい箇所への増援だったため、補給などは全て前線基地で行っていたからだ。
もちろん自分が関わることもないだろうと思っていたから、それがどのような物なのかも分かってはいなかった。
(確か既に四つ目の建設が予定されているらしいな。これも三カ国同時戦争の影響だな……)
想定より侵攻速度が遅い為、建設される基地が大幅に追加されることとなった。
いくら最大勢力を謳う帝国といえど、三つの国への同時布告による弊害が出てきた訳だ。
圧倒的戦力による侵攻が出来ないのが理由か、もしくは櫻共和国が戦争達者だったのか。
どちらにせよ、ただの機甲乗りのシオンにはあずかり知るところではない。
「この戦争……長引きそうだな……」
そうぼやきつつも、送られてきた基地への座標へと目を通すのであった。
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