無理を道理で押し通す
『無理を道理で押し通す』
この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
「ねえ! これ!! どうして誰も気づかなかったの!?」
生徒会室に愛季会長の声が響き渡った。
「あー、これはですね……」
言いづらそうにしていた書記の代わりに、僕が答える。
「彼らは部費と称して私物に費やしているんです。なので、その額に達しているのかと」
「かと、じゃないよ! どうしてそれを認めちゃってるの!!」
皆が唇を噛み締めて下を向く。
「前会長もそれには頭を悩ましておりました。まぁ、結局解決するには至っておりませんが」
会長の眼を見つめてその先を口にする。
「強いんですよ。暴力に限らず、あらゆる面で。大会で優勝する実績、彼らの両親からの圧力。学校側も黙認せざる得ない状況ですね。であるから彼らは好き勝手やっているんです。この学園で、彼らに逆らう者なんてほとんどいませんよ」
「それでも!」
バンッと会長は机を叩いて立ち上がった。
「それでも愛季は認められない!」
「か、会長どちらへ!?」
会計が慌てて問いかけた。
「行ってくる!」
「えぇ!?」
「無理が通れば道理引っ込む。そんなの愛季は認めないから!!」
会長は啖呵を切って生徒会室から出て行った。
「え? ど、どういうこと?」
「……道理に反するようなことが、平気で通用することになれば、この世に正義は行われなくなる。そういう例えです」
僕はそう補足すると、
「やれやれ……会長には困りましたね」
と溜息を吐いた。
「たのも~!!」
私は部室のドアを勢いよく開けた。
「ああん?」
「なんだ? このちっこいの」
「な!? ちっこいの!?」
かっちーんときた。
「あれ? こいつ生徒会長じゃん」
「あ~、あの有名な?」
「そうそう! めちゃくちゃ優秀らしくて、色々学園の問題を解決してるんだってよ」
「へ~、でも一番問題のある柔道部はどうなってんだよ? なぁ?」
「ははっ! お前、自分で言うなよ(笑)まじウケル(笑)」
「ウケルのは勝手にしてもらっていいかな?」
そう言って私は彼らに見えるように申請書を掲げた。
「この部費の申請だけど、こんなの認められませんっ」
「……は?」
「なんですか? この『近藤先生 0.01mm』っていう品は! 柔道に必要な物以外は、部費として認めませんから! 絶対に!!」
「アー……」
奥に座っていた男が立ち上がり、私の元へと近づいた。
「うっせぇな……」
用紙を持っていた私の手ごと持ち上げた。
「お、よく見りゃ可愛いじゃねえか」
「んなっ!?」
至近距離で顔を覗かれ、思わず眉を顰めた。
「おう、お前ら! 柔道場の用意しとけ」
「お? なになに、そいつヤッちゃうの?」
「え?」
”ヤっちゃう”!? そいつって愛季のこと?
「会長様にもこの学園のルールってのを教えてやろうぜ」
「うひゃー! いいねぇ~」
「あなたたち!! 正気ですか! こんなことして――むぐっ」
「はいはい、黙りましょうね~。大丈夫痛くしないから」
男はそう言って、私を抱きかかえると、部室のドアを開けて外に出た。
「――あ!?」
彼が驚きの声を挙げるのも無理もない。
そこには大勢の人たちが彼らを待ち受けていたのだった。
「え、〇〇君?」
その先頭には○○君も。
それに、
「水臭いな~愛季会長! 何かあったら頼って下さいって言ったじゃないですか」
運動場の整備の依頼をしてくれたラグビー部の高山君だ。
「俺も、いつでも駆けつけるって言ったじゃないっすか」
あれはバスケ部の衛藤君。
「困りごとですか? 分かってます。困りごとですよね」
空手部の部長さんに、
「ついに柔道部にメスをいれるんだな? 待ってたぜ! この時をよ!!」
彼は元ボクシング部の……
「さて、柔道部の諸君。君たちの処罰ですが――」
「は? 処罰だ? 何言ってんだ」
リーダー格の男がキッと〇〇君を睨んだ。
それでも彼は意に解せず、
「生憎のところ、君らに性被害にあったという女生徒がたくさん現れまして。会長の為ならと署名をしてくれたのですよ」
淡々と告げる。
「他にも十数件ほど君たちの所業をリストアップして、理事会の方に提出させて頂きました。ついては、叱るべき処分が下るかと思います」
〇〇君は真面目な顔をして男たちを見据えた。
「は?」
「てんめぇ!! ふざけんなよ!!」
激高した男が〇〇君へと殴りかかった。
「危ない!!」
私は咄嗟に叫んだ。
「――いえ。会長のご心配には及びません」
○○君は焦ることなく男の拳をするりと避けて、
「な!? ウゴッ!!」
カウンターで鳩尾に膝を入れ、続けて屈んだ首元へと手刀を落とした。
流れるような〇〇君の動作に皆が圧倒された。
男はそのまま倒れ伏し、気絶しているようだった。
「な、榊さんが!?」
「さーてどうする? 素直に身を引いたほうがいいんじゃねえの?」
言葉と共に放たれたジャブに威嚇され、男たちは後ずさった。
「せっかく来たんだ。俺らも会長の為に一肌脱ごうぜ」
「よーし、んじゃ。彼らのお仕置きタイムといこうかっ」
「ま、まじか! ふざんけんな――ブッ」
拳をもらい、鼻血を吹きながら倒れる男を皮切りに、そこかしこで乱闘が始まった。
「すみません、会長。道理のみで処理したかったのですが、結果としてこのような結末になってしまいました」
綺麗に頭を下げて謝る○○君。
「それでも……理事会を動かしたのは会長の今までの行いであり、慕われていた結果だと僕は申し上げます」
顔を上げ「つまり」と続ける。
「無理を道理で押し通した――余剰で無理が少し加わってしまったという形で。ひとつよしなに」
真面目な顔をしてそんな事を言うもんだから、
「……ふふっ、なにそれ……ふふ、あははは」
と思わず笑い転げそうになった。
そんな私を、
「おっと、気を張っていたのでしょう。ご無理はなさらずに」
そう言って支えてくれた。
「あ、ありがとっ」
「いえ、このくらいは当然です」
「ううん、今回の事だよ。全て手配してくれたんでしょ?」
「僕は副会長なので、会長を支えるのが仕事です」
「そうだとしても! 愛季はそれが嬉しかったから!! っだから」
「……ありがとね」と言って背を向けた。
なんだか少しだけ照れくさかったから。
「ふむ、そうですか。それではそういう事にして受け取っておきます」
「うん。そういう事にしておいて」
なんて、私は熱くなった顔を冷ますように手で仰ぐのであった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?