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櫻第三機甲隊 8. 愛季

この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。




『愛季、こんな所で寝とったら死んでまうで』

 瞳月に呼びかけられて愛季は目を覚ました。

『ゆったん寒い〜』

『ならさ、もっとこっちにおいで。一緒に暖まろう』

『私も!』

『りーも……』

 ひっつくように寄り添う優たちを横目に身を起こした。
 外は視界も確保出来ないほどに雪風が吹き荒れている。かまくらの中には暖を取り身を寄せ合う第三隊の仲間たちの姿があった。

 これは……あの夜の記憶だ。
 まだ訓練生だった頃の――

『絶対生き延びようね』

『うん』

 そうだ。生き延びようしていた。一人も見捨てずに帰還しようねって支え合っていた。

 ――ッ!?

 ズキリと頭に痛みを感じた。
 ぼんやりと視界が霞みだす。
 そうして……次第に意識が遠のいていった――
 
 
 
……

 

『……はぁ、はぁ――み、皆早く走って!! 追いつかれるよっ』

 次に見えた記憶も、同じ夜の事だった。
 ――『追いつかれる』……そうだ。
 何か得たいの知れない怪物に追われていたんだ。

『ほら理子! 肩貸すから、諦めないでっ』

『ありがと……』

『――ああ!? 純葉が――』

『え? なっ!? いとちゃんがこけてる!』

『――愛季が行く! 皆は止まらないで!』

『馬鹿! 一人じゃあかん! しーもいくで』

『私も!』

 転んだ純葉を抱き起こす。

『いてて、ごめんね。いと――ッ痛!?』

『え、純葉の足……折れてるっ……』

『うわっ? これじゃあ逃げれないよっ』

『愛季たち!! 急いで!! 後ろ来てる!!』

 凪紗の叫び声に振り返った。

『――ッやば』

 迫る異形の姿。

『ごめん、純葉のせいだよね。……皆は逃げちゃっていいから。純葉が囮になるからそのうちに――』

『そんなん出来るわけないやん!!』

『……そうだね。ここで純葉を置いてちゃったら、間違いなくやられちゃう』

『よし! 私がおんぶする! 乗っかって』

『で、でも』

『早く!!」

『う、うん。ありがとっ』

 優におぶさる純葉。
 先に居る凪紗たちが慌てて手招きしているのを見て、急いで彼女たちの元へと走った。

『えっほ、えっほ』

『ん――――え!?』

 ものすごい形相をして振り返る瞳月。

『愛季!? なにしてんねん!』

『……純葉に囮は無理だけど、愛季なら出来る。どこも怪我してないし、こう見えて体力まだいっぱいあるから』

『そ、そんなわけないやろ!』

『大丈夫。愛季を信じて――』

 そう言って愛季は追手へと威嚇するように石を投げた。
 白い体毛に全身を覆われたそいつは――飛んできた小石を無造作に打ち払うと、横道へと逸れた愛季に引寄せられるように後へと続いた。

『愛季ぃいい!!』

 皆の呼び声を背にして全力で走った。
 3m位はありそうな白い怪物と、吹雪の中追いかけっこに興じる。
 捕まれば死ぬ。生死を賭けた鬼ごっこだ。

 そこでまた視界が霞む。
 今度は橙色に滲みながら、徐々に映像がぼやけて――


……


 ――バチバチ、と何かが燃え落ちる音が聞こえてきた。

 愛季はゆっくりと瞼を開く。
 暖かみのある橙に思わず開きかけていた目を細めた。

「…………ん、目覚めたか?」

 ふと声がした。

(――瞳月?)

 まだ明るさに慣れていない目を擦って声の主を見やる。

(じゃない……)

「誰!? ――ッ!?」

 咄嗟に体を起こそうとした愛季。同時に訪れた鋭い頭痛に蟀谷こめかみを抑えた。

 それでもゆっくりと起き上がり、周囲へと首を巡らせてみる。
 時刻は分からないが黒い空に輝く星々が夜を告げていた。
 場所は森の中だと思われる。あまり見ない種の木々が生い茂り、巨木を背にして焚火をする男が一人。

「あまり動かないほうがいいぞ。あんたはだいぶ血を流しすぎてたからな」

「……血、――そうだ。愛……私、確か殺され……て――ない?」

「ああ……見つけた時は、てっきり死んでるもんだと思ったがな。頭と脇腹にちょっと裂傷を負ったくらいだ。ごらんの通り――生きてるぜ、あんた」

 言いながら男は愛季へと顎をしゃくる。
 その仕草に誘導されて自らの体へと視線を送った。

「本当だ……手当てまでしてくれて――」

 丁寧に包帯で巻かれていたお腹から、視線を胸に上げ――固まる愛季。

「――きゃあっ!?」

 悲鳴を上げて、両腕で己の体を抱くように縮こまった。
 
(な、何で……何で愛季)

「裸なのよ!!」

 ギリリと男を睨みつける。
 何故か一糸纏わぬ姿で横たわっていたのだ――申し訳なさ程度の大きな葉っぱが数枚かけられてはいたが――

「血を流しすぎたと言っただろ? 服も下着も血と油でボロボロだったからな」

「捨てた」っと。それが当たり前とでも言いたげニュアンスに腹が立つ。

「生憎、替えの服もタオルもない。まぁ、こうして火を焚いているわけだ。寒くはないだろ」

「だ、だからって乙女をこんなあられもない恰好のまま放置するなんて……」

 酷い。酷すぎる。

「っふ……乙女ねぇ」

「な、なによ」

「戦時中に女を出すか? 知らねえぞ、喰われちまっても」

「む……」

 言い返せなかった。

「それに安心しろ。手当てをしてやっただけだ……あんたが言う乙女ってのは何も傷ついちゃいねえ。俺は子供ガキには興味がないからな」

「――ガ、キ?」

「あ?」

「ふざけないで!! 愛季はもう十九なんだから! ちゃんと成人を迎えた立派な大人だしっ」
 
 男が驚きの表情を向けた。
 今まで無表情だったのが嘘かのように、目をまん丸くして、信じられないといった表情で愛季を凝視する。

「じゅう、きゅ――はは……嘘を吐くな」

「はぁ? 嘘じゃないし!」

「……頭を強く打ったようだ……まだ寝てたほうがいい」

(こ、こいつまだ信じてない!?)

 さすがにカチンときた。
 確かに子供に見られることもないとは言わない。
 それでも、だ。
 この『ナイスバディ』――自称――を目にして子供だと言われたのだ。愛季のプライドが許すなと告げている。

「むっか!? ――確かめて見なよ、胸だってちゃんとあるんだから!」

 男の前で仁王立ちになった。
 そう、素っ裸で――

「――お、おい……」

 尚も、視線を逸らす男の腕を持って自らの胸へと押し付けた。

「……どう?」

「……」

 フニフニと確かめるように蠢く男の手。

「確かに……あるっちゃあるな……」

「……んっ」

 少し強めに揉まれて思わず声が上擦った。

「……ふむ」

 フニフニ。

「……ぁ、ちょ」

 次第に怒りも収まって冷静に状況を鑑みてみると……

(愛季……何してるんだろ)

 急に恥ずかしくなってきた。

「も、もういいでしょ」

 男の手をどかそうと手に力を込める。

「――な!?」

 逆に男の力に抑え込まれ――

 ――ドサッ

「いっ――」

 組し抱かれるように押し倒されていた。

「ちょ、ちょっと」

「いや、なに――ガキだと思ったらちゃんと女だったんだなって思ってな……」

「え――」

「あんたも積極的だったしな。『据え膳喰わぬは男の恥』ってやつだ。共和国の言葉だろ?」

 そう言って男は愛季の乳房に顔を寄せる。

「やっ、――んん!」

 カリッと噛まれて――びくり、と体が反応する。

「や、やめて――」

「……」

「――っんぅ……ぁ……」

 そこで男の動きが止まった。
 ゆっくりと体をどかして、
 
「――悪かったな。ちょっと揶揄っただけだ」

 男は謝罪の言葉と共に立ち上がった。

 やさしく頭を地面に置かれて気付いたことがある。
 倒れた拍子に頭をぶつけない様にと、男の手が下敷きになって支えてくれていたのだった。

「……すまん。怯えさせるつもりはなかった」

 そう言って男が着ていた上着を、愛季の頭の上から被せてきた。

「……っ」

 初めて男性という存在に触れられて恐怖を感じていたのか。
 ようやく自分がガタガタと震えていたことに気が付いた。

(……ちくしょう)

 唇を噛み締めながら、男の服に隠れるように膝を抱え蹲る。
 怖い、悔しい―という感情が勝手に溢れ出し、声を押し殺すように泣いたのだった。


 
 静寂が訪れて少し。
 泣き止んだ愛季は、恐る恐るといった感じで亀のように顔を覗かせてみた。
 
「……」

 焚火の反対側に座り直した男はじっと火を見つめていた。
 愛季に視線を送ることもなく、ただ黙々と薪をくべている。

「……」

「……汗臭い」

「……っふ。悪かったな」

 愛季の精一杯の強がりだった。

「あ、あの……」

「ん」
 
「見苦しいところ……見せちゃった」

「いや、別に気にしてない。そもそも俺がやりすぎた」

 お互いに「ごめん」と頭を下げた。

「ふふ……でも、変だよね」

「変?」

「私たちさ。て、敵同士じゃない?」

 男の背後で片膝をついて佇む機甲を見据えて言った。

「私を追ってきた帝国機とは違うみたいだけど……あなたも帝国の人でしょ?」

「……ああ、そうだな」

「ならさ、――どうして助けてくれたの?」

 目覚めてからずっと疑問だったことをようやく口にする。

「私を帝国に連れていくつもり?」

 男の目をしっかりと見つめて問い質した。

「……」

 返答はない。
 その代りか。男は愛季に向かって、何かを放り投げた。

「わ、っと。んこれ――私の?」

「ああ、死んでると思ってたからな。預かってた」

 返されたネームプレートから再び男へと視線を戻す。

「あんたの名前。何て書くんだ?」

「え? ……アイリって」

「いや、そうじゃない。『漢字』というやつでだ」

「……分かるの?」

「仕事で必要になることもあるからな。相手の国のことはある程度は頭に詰め込むようにしている」

 勤勉なのか『漢字』を知っていることに多少の驚きがあった。
 
「私の名前はね、……人を愛するの”愛”に、季節の季って言う字。わかるかな?」

「ああ……意味も聞いてもいいか?」

「……季節問わず誰からも愛されるような人になるように――そう名付けられたって聞いてる」

「なるほど……いい名前だな」

「そ、そう? 名前を褒められたことはなかったから、ちょっと嬉しいかも……ありがとねっ」

「……そうか。別に感謝されるほどじゃない。ただそう思っただけだ」

 そう言って少しだけ微笑むと、男はまた黙り込んだ。 

「……あ、あなたは! あなたの名前は何て言うの?」

「俺か……俺は――シオン・グラスフォード。たがもうそれも捨てた名だ。今はただのシオンだ」

「そっか。シオン……うん! いい名前だね」

 褒められたからではない。愛季もまた――

「愛季もそう思っただけだから! 感謝はいらないからね」

 と微笑み返す。

「……いや、別に俺は感謝するつもりなどないぞ」

「はぁ? 何それ! 褒められたらありがとうでしょ!!」

「あ? 感謝はいらねえんじゃなかったのかよ」

「それとこれとは話は別ですっ」

「……やれやれ。あんたってめんどくさい奴だな」

「な!? めんどくさいってひどっ!?」

 拳を突き上げて意を唱える。

「それに!」

「……何だよ」

「その『あんた』ってのやめてっ! せっかく教えたんだんだからさ、私のことは愛季って呼ぶこと!」

 今度は満面の笑みをシオンに向けた。

 敵同士のはずだ。
 なのに。
 いのまにかこの男――シオンに、気を許し始めていた愛季であった。



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