I am Piman
「月に代わってお仕置きよ!」
キメ台詞が決まった。
「懐かしいわね~」
「え? このアニメ、お母さん知ってるの?」
「ええ、知ってるわよ。美少女戦士……何て言ったかしら。あらやだわ。ちょっと思い出せないけど……。私の子供の頃に流行っていたアニメよ」
「へぇ~、そうなんだ」
画面の向こうでは美少女キャラクターが悪の怪人と戦って活躍するアニメが流れていた。
「たしかあなたのおもちゃ箱にも何かあったはず、ちょっと探して来るわね」
「あ、別にいい――のにって、行っちゃった……」
二階へと走っていくママの背中を見送って、再び画面へと視線を戻す。
それにしても、『美少女戦士』――か。
私はなんとも言えない気持ちで、そのアニメを眺めていた。
……
「美味しそうだね」
「え?」
「あっ、ごめんね。いい匂いがして、つい見ちゃった」
「ううん! いいの! 全然大丈夫だからっ、気にしないでっ」
申し訳なさそうに頭を下げる○○君に必死で取り繕う。
お弁当を勝手に見られていたのは私の方なのに、どうしてこんなに焦っているのだろう。
「……お、美味しそうに見える?」
「うんうん。特にピーマンの肉詰めが」
「え――」
「ん? 何かまずいこといっちゃったかな?」
「ああああ、違うの! そうじゃなくてね。その……私が作ったの。ピーマンの肉詰め……」
「そうなんだ! 料理上手なんだね」
「全然っ! 最近になって少しずつ始めただけから、まだまだ……」
「へ~。始めたばかりでこれだけ作れるって凄い事だよ。自信持っていいと思う!」
「そうかな、ありがとう」
褒められ慣れていない私は、何を思ったか、
「……良かったら、食べる?」
あ――
○○君に向けてピーマンの肉詰めを摘まんで見せていた。
「いいの?」
「う、うん」
そして、
もうどうにでもなれ!
と摘んだピーマンの肉詰めを、
「じゃあ……あ、あ〜ん」
まるでカップルかのように〇〇君の口へと――
「え、あ、うん。……あ~ん――っもぐ、もぐ……ん! 美味しい! 凄く美味しいよ! 井上さん!」
「ほ、本当!?」
「うんうん! こんなにおいしいの初めて食べた。やっぱり井上さんは才能があるね。絵も上手だし!」
私が書いた〇〇君の似顔絵に視線が向けられた。
「へへ……ありがとっ。でも、絵は〇〇君のほうが上手だよ……」
今度は〇〇君が書いた私の似顔絵へと視線を移す。
「いやいや僕なんて、ほとんど独学だし……たいして面白くない絵だし――ってモデルになってもらった井上さんに対したら失礼な言葉か。ごめん」
「ううん。大丈夫だよ。面白くない女ってのは事実だし」
あ――っ。
私って本当に馬鹿! 〇〇君が落ち込んじゃってるじゃん!
「……いや。井上さんはとっても魅力的な女の子だよ。少なくとも僕にとってはね……」
「え、それってどういう意味で」
「――はい! 私語はそこまで! 次のコンクールについての話をするから全員食べる手を止めて聞いて欲しい。まず……」
ちょうどいいところで顧問に遮られた。
〇〇君が言った言葉の意味が知りたかったけど、蒸し返すのもなんだかな――といった感じで。
私はもやもやとした気持ちのまま、部活終了までの時間を過ごすのであった。
……
時刻は夜の七時過ぎ。
思ったよりも部活が長引いてしまった。
ママに”遅くなるかも”と連絡を入れておいてよかった。ママは心配性だから。
部活の仲間に挨拶をして校門を出た。
今宵は満月。見上げた私の首筋を冷たい夜風が通り抜ける。
う~、寒い。
ここ最近はだいぶ肌寒くなってきていた。コートを持ってくるべきだったと少し後悔。
なんて事を考えながら、もう半分は別のこといっぱいだった。
『井上さんはとっても魅力的な女の子だよ。少なくとも僕にとってはね』
あれからずっとその言葉が頭から離れない。
「……魅力的……むふっ」
「気持ち悪い顔をしてるところ悪いんだけど」
カバンの中から声が聞こえて、
「ちょ!? アル! 制服の時は喋らないでって言ったでしょ!!」
私は慌てて周囲の様子を確認した。
良かった……誰もいない。
「……もう。ひやひやさせないでよっ。それに! 気持ち悪い顔ってあんまりじゃない!」
そう言ってカバンを開けた。と同時――
「仕方ないじゃない。隙間からチラっと見えただけでも、そうとう気持ち悪い顔してたわよ。それだと好きな男の子にも幻滅されちゃうことでしょうね」
なんて失礼なことを言いながら黒猫がカバンから飛び出した。
黒猫――の『アル』。私の使い魔であり、師匠でもある。
地面に降り立つと彼女は深刻そうな顔をして私を見上げてきた。
「そんなことより、和。感じない? この気配」
「え? 気配って、まさか……」
アルの言葉に私は目を瞑って神経を研ぎ澄ませた。
――――――――!!
感じる――この気配。間違いない。
「怪人……」
「ええ、そうよ。場所はそう遠くないわね。急ぎましょう」
「う、うん。分かった」
そう言って私は路地裏へと。
「ムーン・プリ――」
いけない、いけない。朝に見たアニメに引っ張られ過ぎた。
「変身ッ!!」
変身の宣言と共に、マジカルステッキを天へと掲げた。
その瞬間――
光のオーラが虹色の輝きを纏って私を包み込んだ。
一瞬の内に私は素っ裸になり――ほんの一瞬だけ――続いて虹色のオーラが私の四肢から全身へと駆け巡った。そうして瞬く間に私は変身を完了させたのだ。
そう……光の魔法少女『ナギ』へと。
「さぁ、急ぎましょう、和。こっちよ」
「ええ!」
アルの後を追って怪人の元に向かった。
……
「……見つけた。見える? 和。……あそこよ」
「ん……。うん! 見えた!」
視界の先。ビルの上から見下ろしたそこには、帰宅途中らしい男子学生を襲う怪人の姿があった。
「よし! じゃあ、さっそく!」
「あ、うん。よろしく和。……えっと、出来るだけ抑えて――っ」
まだ何か言いたげなアルだったが……
「――わぷ!? あ、相変わらず凄まじいわねっ」
と私が放つ魔力の余波を受けて、飛ばされないようにと必死に耐えている。
かくいう私はというと。
「――光よ、――風よ、――月よ。全てのものに感謝を、全ての力を私の元に! 魔力……充填ッ!!」
魔法の詠唱をしながら空に浮かび上がっていた。背中には大きな光の翼を携えて。
月に向かって手を伸ばし、迸る魔力をマジカルステッキに込める――
「標的……固定! 準備……完了! いくわよ!」
それを地上の怪人へと向けた。
「喰らいなさい! これがっ私の――全身全霊だッッ!」
必殺――
「チート・デイ・ブレイカーッ――!!」
私の叫びと共にマジカルステッキから閃光が放たれた――閃光というとちょっと語弊があるか……例えるなら、巨大な宇宙戦艦が放つ極太のビームのような――
それが地上へと凄まじい速度で到達すると、怪人が気づいて振り向く間も与えることなく、一瞬の内に飲み込んでいった……
「……」
そうして全てが過ぎ去った後、残されたのは男子学生が一人。
私の必殺技『チート・デイ・ブレイカー』は標的のみを対象にした魔法だ。他者はもちろんのこと、建造物や環境への被害などもまったくないのである。えっへん。
ただし……
「お見事だったわ、和。だけどね。毎回言ってるけど、少しは力を抑えてね……」
「う、うん。努力はしてるんだけどっ」
そう。アルの言う通り。私は魔法の制御が上手くできないのだ。
何をやるにしても、どんなに弱い怪人相手ですら、全力の魔法を撃ってしまう。半人前と言われるのも仕方がなかった。
その為……相手をした怪人がどのくらい強かったかとか、どんな目的だったのかとか、そういうのは全く分からない。
だけど、
仕方がないでしょ!
全ての怪人がワンパンなんだもん。
私のせいじゃない!
相手が弱すぎるだけ!
そう自分に言い聞かせるのだった。
アル曰く『あなたは最強の魔法使いになるわ。いえ、もうなってるかも』なんて言葉を言われても、聞こえないフリをして……
最強なんていらない。だって、そんなの――
「可愛くないから! って。あれ? アルは?」
考え事をしている間にアルがいなくなっていた。
気配を探ってみると……
「あ、いた」
男子学生の傍にアルが。
「ったく、勝手にいなくなるんだからっ」
私も彼女らの元に降りていく。
どうやら近づく私に気付いたようで、
「あ! 君は! さっきの魔法?の子だよね。助けてくれてありがとう」
と頭を下げる男子学生。
「――あ」
そして、それを見て固まる私。
足元のアルが困ったような顔をしていた。
……嘘でしょ。
ど、どうして……○○君がいるのよっ。
「……あれ? 聞こえなかったかな?」
そう言って○○君が首を傾げた。
返事もできずおろおろしていたら、
「……」
どうするの? といったような視線をアルに向けられる。
どうするの――って言われても……。
「ん? あれ? 君、どこかで会ったこと……」
!?
まずい。正体を知られるわけにはいかないのだ。
魔法少女の正体に気付いた人間は、アルによって全ての記憶を消されてしまうから。
「っ、ァ……I don’t know」
「へ? あ、外人さんだったんだ」
あ――
しまった。咄嗟だったから、つい英語で答えちゃった……
私ったら。テンパリすぎでしょ!
「日本語は分かるのかな?」
「ィ、Yes! Yes!」
「そっか。……改めてお礼を言わせて下さい。助けていただきありがとうございます」
「ノ、No problem!」
やばい、英語はそんなに得意じゃないのにっ。
ボロが出る前に退散しよう。
そう思い、背を向けた。
「せめて名前だけでも!」
〇〇君に呼び止められて、目線だけは彼の方へ。
その眼があまりにも真剣だったからか、無意識に答えていた。
思った言葉を、思ったままに――
「 I am Piman」
――と。
最悪!!
名乗るにしても、もっとマシな名前あったでしょ! 私のポンコツっ。
「ピーマン……そこだけ日本語なんだね」
あっ――
本当に最悪だ。もう、いっそのこと死にたい……
「……」
黒猫の呆れる眼差しを受けながら、
「グ、Good luck!」
そう言って逃げるように空へと飛び立った。
「……Good luckじゃなくてGood nightじゃない?」
なんて。後ろから追いかけてきたアルの言葉を聞いて、余計に惨めな思いをする私であった。
……
この日、街の美術館には様々なコンクール受賞作品が飾られていた。
「凄い……さすが〇〇君」
「なんて独創的な絵なのかしら!」
「よくやった、先生は誇りに思うぞ」
「ありがとうございます」
一同が大賞を受賞した○○君を褒め称えている。
もちろん私だって同じで、〇〇君の絵に見惚れていた。
……綺麗。色使いのセンス、繊細さ。圧倒的な存在感。やっぱり凄い……。
――けど、
……なのに、どうして。
と、複雑な思いで〇〇君の絵を見つめる私。
もっとマシなモデルがあったでしょ!!
そう憤るくらいには、なんとも言えない気持ちなのであった。
大賞受賞作品。
『 I am Piman』
それは――夜の街に浮かぶ、黄金色に輝く巨大なピーマンの絵だった。
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