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櫻編 4話

守屋麗奈は焦っていた。

(……どうしよう、もう時間がないよ~)

時刻は昼の十二時に差し掛かる。イベントの合間、お客さんには見えない会場の隅。
そこからひょっこりと顔を覗かせる。

彼女の不安は募るばかり。

ここ連日、ずっと同じ夢を見ている。ただの夢ではない、予知夢だ。
それも、仲間が刺される夢。
その夢が予知夢だと気づいたのは今朝、目が覚めた時。

『未来予知。それがわたしの”ちから”、わたしの能力』

己の中の何かがそう告げてきたのだった。

《未来予知》
予知夢 または、意識が覚醒状態時、数秒あるいは数分先の未来を視る能力。

《能力》
この世界における人間はごく稀に不思議な力に目覚めることがある。
その力は千差万別であり、同じ力を持った者が現れたことはいまだない。

能力の覚醒は、知られてはいないが感情の起伏による影響が大きい。
覚醒時にはある程度の身体的負担が起こる。めまいや嘔吐あるいは気絶。

そして能力が行使される度に、徐々に己の力への理解が深まっていくのだ。

決して表ざたには知られていない能力者。
世界に数えるほどしかいないその存在は、政府すら把握していない特殊な存在であった。

守屋麗奈も力に目覚めた能力者だ。
数回の予知夢を見たことにより、自分が特殊な力を持っていることを知ったのだ。




突然の能力の覚醒に当初は困惑していたのだが――

(どうにかしないと……)

不思議な力のことは置いておいて、夢が現実になるのを止めようと考え始めた。

(言っても信じてくれないだろうなぁ……)

殺されるかもしれない。そう伝えたとて――だ。

『なにいってんのー守屋ちゃん、それは笑えないよー』

そういわれるのがオチだろう。
そもそも当の本人が体調不良で午後まで現れない。

しかし、その時は刻一刻と迫っている。

(どうしよう……どうしよう……どうにかしなきゃ……)

彼女の不安は募るばかり。

(……あれ?)

会場の様子を見ていた麗奈はその中に知った顔を見つけた。

(あの人って……)

目を細めてその人物を見つめる。

(ぅん、……間違いない)

うんうん、と頷くと、

「すいませ~ん、ちょっとお願いがあるんですが……」

麗奈は近くにいたマネージャーにそう話しかけた。




「すいません、少しお時間いいですか?」

「……なんですか?」

唐突に話しかけられ訝しむ春樹。

「こういうものですが」

渡された名刺に目を通す。

『櫻坂46マネージャー 太田』

櫻坂のスタッフのようだ。

「申し訳ないのですが、ちょっとこちらの方に来ていただけますか?」

(本物か?)

疑わしく思った春樹であったが、これも転機とついていくことにした。

通された場所は会場の片隅。
パネルで敷居を作られたその空間は休憩スペースなのだろうか、一部屋ほどの大きさがある。
中央に設置されたテーブルと椅子。
座っていた一人の女性は春樹の姿を確認したと同時立ち上がる。

「あ~~! やっぱり!! あなただったんですね! ……この間は本当にありがとうございました!」

満面の笑みで感謝の言葉をのべ深々とお辞儀をする女性。
その顔に春樹も見覚えがあった。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。この度はうちの守屋麗奈を助けていただいたそうで、ありがとうございます」

春樹を連れてきたマネージャーも一緒になり頭を下げる。

「いや、本当にただ通りすがっただけなんで、気にしないでいいすよ。むしろ一緒になって気を失っていたみたいで情けないやらなんやら」

実際、スマートに助けれたわけじゃないのだ。
何があったかよく覚えていなかったが、春樹だって気を失っていた訳なのだから。

そんなやり取りに、不思議そうに麗奈は首を傾げた。

「ぇ、あなたも気を失っていたんだ……」

「ぇえ? 麗奈には伝えたじゃない……まったく」

「ぇ、ぇへへ」

もう、と呆れているマネージャー。

「でもお互い何もなかったようで、本当によかったです。すいません、私はこの後の準備がありますので失礼させていただきます。……それと麗奈、あまり時間はないからね」

麗奈にそう告げたマネージャーは、もう一度春樹にお辞儀をしその場を後にした。
それを見送る様にマネージャーの戻る先を見つめる春樹であった。






「それで、俺はもう行っていいのか?」

消えたスタッフのほうをじっと見つめていた春樹は目線は変えずにそう促した。

「ぁ、いや、その……あなたは、どうしてここに??」

「ぁ! ここにっていうのはこのイベントにっていう意味で! 変な意味ではなくて」

(わたしに会いに来たのかな)

と少しだけ己惚れていた麗奈。
自意識過剰な自分に恥ずかしくなりわたわたと言い直す。

そんな麗奈に苦笑しながら春樹は答えた。

「藤吉夏鈴に会いにきた」

と。

その言葉に麗奈は思わず息を飲む。

(夏鈴ちゃんに? なんで?)

これから夏鈴の身に起こるで有ろう惨事。
そして何故か気になるこの人物。

――そもそもだ。
 夢を見るようになったのもこの男性と出会ってからだった。

(関係がある?)

悪い人ではない――はず。

(このあいだも助けてくれたし。でも……)

問答の最中も何気なくスタッフ搬入口を見ている春樹。

(疑いたくはないんだけど、どうして裏側ばかり見てるんだろう……)

怪しいと思えば思うほど怪しく感じてしまう。
夏鈴の身を心配した麗奈は春樹の顔を一心に見る。

そして小さく息を吸い、

「あのぉ~、夏鈴ちゃんに会いに来た理由を聞いてもいいですか?」

そう問い質した。







その質問に少しだけ驚いた春樹。

(会いに来た理由だと? わざわざ聞くほどか?)

アイドルのイベントにくるような輩だ。
当然理由など聞く必要もない、会いたくてきただけだろう。

普通ならばそう考える。

(なら、なぜ聞いた?)

彼女の真意を探ろうと春樹は麗奈の顔をまじまじと見つめた。
 
綺麗な目だ。
その眼差しはとても真剣で、何かを探るような、あるいは訴えかけてくるような、そんな気がした。

そして、

(……なんだ?)

瞳の奥、さらに奥底に宿る何か。

その何かが不意に輪郭を形作り、春樹の目へと飛び込んできた。

――ガツン、と脳裏に衝撃が走る。

明滅するかのように意識の中にあの時見た夢が再び映し出された。

藤吉夏鈴が刺される夢

それを見ている自分ではない自分

――あぁ、

その自分は女性の体をしていた

それがずっと引っ掛かっていた

――そういうことか 事件が起こるこの会場、居合わせたこの女

彼女から感じた不思議な何か

――こいつだったか

この不思議な夢その正体……

数秒あるいは一瞬の事だったろうか、ぼやけていた意識が次第にはっきりとしてきた。

現実に戻ってきた春樹はかぶりを振って再度麗奈を見る。

ふぅ、と一息つくと正直に思ったままを口することにした。

「藤吉夏鈴が刺される夢を見たから……助けに来た」

そう言い放った。

「ぇ!? うそ、あなたも……?」

その反応に――やはりか、と確信を得る。

(あなたも……ってことはやっぱり、こいつで間違いない)

この女、守屋麗奈が見た不思議な夢をなぜだか分からないが春樹も見ることになった。
そして、悪夢と呼ぶべき夢が現実になった。

その現実で春樹は死んだ。

そう一度死んだのだ。

だが、再び目覚めた。

それも一日を繰り返して……

(そういえば、予知夢がこの女のせいだったとしたなら……、時間が戻ったのはなんだったんだ? まさか? 俺にも不思議な何か、ちからのようなものがあって、それが時間を――)

『違う』

(……ぁ?)

『俺の力は別だ』

ふいに、頭の中に声が響いた。

(なんだ? 俺の力? ……俺にも何か力があるってか?)

『その通り。予知夢でも時間の巻き戻りでもない。俺の力は――』

 





時間にして、一分ほどの沈黙。 

夏鈴に会いにきた理由を聞いた途端、突然虚ろな目をして黙り込んだ春樹。
かと思ったら、”刺される夢を見た”と宣言した。”助けに来た”とも言っていた彼だ。
話の続きを待っていたのだが、その後、また黙り込んでしまった。

休憩時間はあまり残されていない。
どうしようかと考えていた麗奈だった。

「ぁ、あの~」「なぁ?」

「は、はい!」

同じタイミングで切り出した。
なんですか? と春樹に譲る。

「……、あんたも夢を見たんだろう?」

「ぁ、はい……」

「俺はあんたの夢を見たんだと思う」

「――ぇ? それって、どういう……」

よく分かっていない麗奈。
春樹自身、どう説明していいのか分かっていないようだ。

「……あんたが持ってる力。それと似たようなのを俺がもってると言ったら?……その力であんたの夢を俺も見ることになった」

「ぇぇ? ほ、本当ですか?」

「……たぶんな。その夢がどうしても気になったから今日ここに来た」

「それって、助けるためにですか?」

「……他にあるか?」

そう言いニカッ、と笑う春樹。

そこに――キーーーーン、とアナウンスが入った。

『只今から、午後の部を開始します。……また藤吉夏鈴についてですが、予定通り午後の部から開始いたします』

「ぇえっ!?」

背後から声が聞こえた。

「ほ、保乃ちゃん??」

『保乃』こと、田村保乃。櫻坂のメンバーの一人。

「ご、ごめんなぁ。邪魔するつもりじゃなかったんやけど……えっとぉ、その~……ぁ! そうそう! 時間やで麗奈! そろそろ支度しぃや?」

「ぅ、うん。すぐいく!」

ほな、とそそくさとその場を後にする保乃。

「今の……話を聞かれたか?」

人に聞かれていい話ではなかった。
だからか渋い顔をする春樹。

なのだが、麗奈はというと、

「どうしようどうしよう……」

保乃に聞かれたことなど、どうとでも思っていなかった。
彼女の頭の中は夏鈴の事でいっぱいなのだ。

もう休憩時間も終わる。
自由に動けることもできないだろう。
 
そもそも、麗奈になにができる?

あれこれ考えていても答えは出ない。
この数日間ずっと答えは出なかったのだから……

春樹の目で見ても分かるくらいに麗奈は狼狽えていただろう。

(わたしが、わたしがまもら――)

「あんたは無理しなくていい」

そんな麗奈の思考を遮るように春樹が告げる。

「助けに来たといっただろ? 大丈夫だ。……俺が何とかする」

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