櫻編 18話
「おい! 何してるんだ!?」
縫い付けられるように地べたに這いつくばる春樹。
その春樹に右手を翳していた金髪の男は声のする方へと顔を向ける。
「……おいおい~? こんな所まで巡回してんじゃねぇよ」
巡回、夜のパトロール中の警察官がこの場に遭遇した。
「お前たち! 動くなよ! ジッとしてろ!!」
警察官は腰に添えられた警棒へと手を伸ばす。
もう片方の手で無線機を掴み、
「――あーあー、四番地の街はずれの廃車置き場にて不審な――、」
そこまで言いかけ、不意に訪れた浮遊感に言葉を失った。
「――……ッ!? へ――、?」
何が起こったのか理解していない警察官は重力に逆らい浮き続けた。
それを冷めた目で見つめる男の左手が何かを掴むような仕草をしている。
「邪魔すんじゃねぇよ」
そう言い放ち、まるで掴んでいた物を放すかのように指を開いた。
「――よ、……ッせ!」
春樹の静止も空しく……
突如として落下を開始した警察官。
彼の顔が恐怖で歪んでいくのをただ見ているしかできなかった。
数秒後、異様な音がなり地面が微かに揺れた。
ベチャリ、何かが潰れたような音だった。
それに満足そうに男は笑う。
「あ~、たまんねぇなぁ? ――あ?」
視線を春樹に戻し、迫りくる拳を背けるようにして避ける。
「っは! 警官に気を取られちまってたか~? この俺の一瞬の隙をついたこと~、褒めてやるぜぇ?」
一瞬だけ、体に感じていた圧力が緩んでいた。
そのほんの一瞬のうちに拘束から抜け出した春樹は殴りかかった――のだが、隙をついたにも関わらず春樹の攻撃は空をきる。
久しく自分の攻撃を避けた相手などいなかった。
そのことに多少なりとも驚いた春樹だったが、気を取り直し再び攻撃の動作に入る。
僅かに開いた距離を詰めるべく右足に力をいれ――、そこで気づく。
自分に翳された男の右手。手の平を見せつけるように突き出したそれに本能が避けろと告げた。
その導線から外れるように横向きに飛び退いた春樹。
直後、彼のいた場所が歪む。
――ベゴッ、と音と共に地面が抉れた。
その光景に驚愕するも、再び感じた悪寒に再度飛び退いた。
またしても抉れる地面から逃れるように全力で走る春樹。
車の裏側へ回り込み、
「――ッハァー、――ッフ、フゥー、……くそ」
荒げた息を落ち着かせるように車を背にして座り込んだ。
――ベギョォッ!!
と、その車が異様な音を立て潰れだす。
屋根からぐしゃりと壊れ始め、ギシシ、と車体が歪む。
「っち! クソッ!!」
慌てて身を屈める春樹。頭上スレスレの位置にて衝撃が収まった。
(……耐えたか?)
安緒したのも束の間――
半壊した車がふわりと、まるで羽のように軽々と浮き上がった。
「よぉ~? そんな所に隠れてんじゃねぇよ」
なぁ? と、狂喜的な笑顔で語りかける金髪の男。
(まるで念力だ)
彼は一歩も動いていない。
ただ突っ立って、手を翳しているだけ。
彼我の圧倒的な能力差に笑うしかない。
(この野郎、とんでもねえ……。でたらめじゃねえか! ――ッ!)
春樹目掛けて落下する車から前転するように回避する。
「お~お~! 逃げるのはウメェ~ようだなぁ?」
「くそっ!」
舌打ちをするも、ただただ逃げることしかできなかった春樹であった。
「逃げてばっかじゃぁ~よぉ~? 勝てねぇぞ~?」
声を荒げて挑発する金髪の男――九条だったが、言葉とは裏腹に少しばかり困惑し始めていた。
「クソ、思ったよりも上手く避けるじゃねえか。当たらねぇ……、身体能力強化とかかぁ?」
春樹の能力に当たりをつける。
「近藤のいう巨大な力の持ち主……。こいつじゃぁなかったってかぁ? 仮によぉ、身体能力強化だとしたら気に掛けるほどの力じゃねぇしなぁ?」
近年増加し始めた能力者の出現数。
イルミナティはとある予言の力にてそれを察知していた。
その中から有力な同胞を探すこと。
それが組織の一員の仕事でもある。
(こいつはハズレか? ならよぉ――、潰してぇいいよなぁ?)
誰に問うべくもなく、そう決める九条。
行使していた右手と同じように左手も突き出した。
答えるように数体の廃車が夜空を舞う。
「おらおら~!! どうした~? オラァッ!!」
「っち、好き勝手言いやがって」
悪態をつく春樹。
隠れる場所が徐々になくなっていき追いやられるように奥深くへと入り込む。
(なんとか反対側まで回り込めば……)
破壊つくされた一面の向こう側、未だ数多く車が並ぶその場所にさえたどり着くことができれば……
(まだ勝機はある――)
乱れた呼吸を抑え込むように息を吐き、物陰に潜みしゃがみ込んだ。
車体から顔だけ覗き、敵の位置を確認する。
不意に近づいてくる気配を感じ、勢いよく振り返った。
「お前たち……、……ッ」
気取られないようにと注意はしていた。
後を付けられている気配も感じなかったのに……
現れた三人の人物に、春樹は言葉を失うのであった。
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