524。
俺の周りは今日も騒々しい。
「ホントに可愛いよねっ。莉奈ちゃん」
「もう……兄さんどうにかして下さい。ここに来るたび引っ付いてくるんです。この人」
呆れ顔をして助けを求めてくる妹の莉奈。そんな莉奈をまるで我が子の様に溺愛する俺のクラスメイト。
「その辺にしといてやってくれ……後で八つ当たりされるの俺なんだよ……」
「何ですか、それ。私がいつ八つ当たりをしたって言うんですか。適当な嘘を吐かないで下さい」
「へ~。○○君に八つ当たりしてるんだぁ。そんな莉奈ちゃんも可愛い〜。いいな~莉奈ちゃんみたいな可愛い妹がほしい」
「宮地先輩! 信じないで下さい。兄さんは口から出まかせばかり言うんですからっ」
「嘘じゃないんだよな~。ついこの間のことなんだけどさ。家ですれ違った時に『兄さんの周りは可愛い人が多いですよね』って脛を蹴られ――」
「ちょ――っ! 何を言うんですか!! 止めてください! 嘘です! 嘘ですからっ」
「……○○君。違うよ〜。それは八つ当たりじゃなくて嫉妬って言うんだよ」
「シット?」
「うん。大好きなお兄ちゃんがとられちゃうんじゃないかって嫉妬してるんだよ。ね? 莉奈ちゃん」
嫉妬?
この生意気な妹が?
信じられない。
そう思いながら莉奈の顔を覗いてみる。
「――――」
莉奈は顔を真っ赤にして俯いていた。
おいおい……まじか。
今までに見たことない表情をして、ちらちらと俺を見てくる。
こんな可愛らしい一面があったなんて、
「兄ちゃん初めて知ったぞ……。愛い奴め」
そう言って妹の頭を撫でた。
「にゃっ!!」
猫のような声を発して、まるで茹蛸みたいに頭から湯気を出して慌てふためく莉奈。
「キャー! 可愛いっ」
再び抱き着くすみれに今度は抵抗もせず成すがままにされている。
そういえば幼いころの莉奈は『私はお姉ちゃんが欲しかった』と喧嘩するたびに言っていた。
今こうして見ると、すみれに可愛がられているのも本当は嫌ではないのだろう。
妹はツンデレのようだ。
その様子を微笑ましく見守っていたら、
「……ぼちぼちええ? 静かにしてもうても」
と冷徹な声が突き刺さった。
「あっ! ごめんね小西。五月蠅かったよね」
「す、すいません! 私戻りますねっ」
「おう。弁当ありがとうな!」
慌てて自らの教室に戻る妹に礼を言って、声の主に頭を下げた。
「すまん。はしゃぎ過ぎたわ」
「本当にごめん~。今度から気を付けるね」
一緒になって謝るすみれ。
「……別に怒ってへんから。……授業始まるから静かにしてほしかっただけ」
ツンと言い放つのは隣に座る女子。小西夏菜実。綺麗な顔立ちとスタイルの良さにどこか不愛想な対応。
クールな一軍女子といった感じか。それが小西への第一印象だった。
「……」
さて。そんな小西に言わなければならない事がある。
というか、お願い事だ。
「あの……」
「何……」
「悪いんだけどさ……俺教科書忘れちゃって……」
「……」
ガタッ、と机がくっつけられた。
「ん……」
「悪いな。さんきゅっ」
「別に」
やはりクール。
同じクラスになって三か月弱。彼女の印象は出会った時とそう変わっていなかった。
「……ねぇ」
と小西に大きな瞳で見つめられた。心なしか表情が柔らかい。
「妹さんと仲ええんやなぁ」
微笑みを向けられ思わずドキッとしてしまう。
その顔があまりにも綺麗すぎて見惚れていた。
「ま、まぁ……仲悪くはないかな」
と少しどもる。
「ふ~ん」
そんな俺の様子に、
「羨ましいなぁ」
小西はぼそりと呟いた。
羨ましい?
莉奈みたいな妹が欲しいってこと?
それとも――
「お兄ちゃんになってやろうか?」
思ったことが口から出ていた。
「……何言うとんねん。アホちゃうか……」
ごもっとも。
辛辣な返しに撃沈。
「すまん。黙ります」
意気も消沈した俺は言葉通り授業に集中することにした。
「……」
気のせいだと思いたい。未だに横から視線を感じている。
まさか怒っているのだろうか。
『お兄ちゃんになってやろうか?』
なんてフザケタ言葉に。
出来る事なら取り消したかった。
「……」
気のせいじゃない。やはり見られている。
針のむしろだ。これ以上は俺の心が持ちそうにない。
「……あ、あの小西さん」
我慢ならずに話しかけた。
「……何か用でも?」
「……」
小西は頬杖をついて俺を見つめていた。
「……」
「……」
……無視。
いくら小さな声だったとはいえ、この距離だ。聞こえてない訳がない。
「まぁ、いいけどさ……」
問い質すことは諦めることにした。
小西夏菜美。
やはりクールだ。
それでいて、どこかミステリアス。
今日はそれが分かった一日だった。
私は見た目からか、クールな人間だと思われているらしい。
本当の私はそんなにクールってほどではないし、別に気取っている訳でもない。
ただ、目つきが悪いことも相まってか、積極的に話しかけてくれる人はほとんどいなかった。
さらに私は面倒くさがりな性格だった。
『クールで怖い人』そのイメージを否定することすら面倒で放置していた。
そうして時間だけが過ぎ、気が付いた時には誰一人として仲良くならぬまま、新しい学年を迎えていた。
あれは新学年のクラスが張り出された日のこと。昼食の時間だった。
和気藹々とした雰囲気の中。なんとなく教室に居づらかくなった私は、春の陽気に誘われるようにして中庭へと足を運んだ。
「あ……誰かおる」
探し物でもしているのか、植木の中に上半身を突っ込んでいる人がいた。
ズボンを着用していることから男子生徒だと判別できた。同学年か後輩かは分からない。
別に……どっちでもええか。
たいして気にもせずベンチに腰かけた。虫がいなそうな端っこに。
「――うわっ、暴れるな」
先ほどの男子がなにやら騒いでいる。
ふと気になって彼の方へと顔を向けた。
「へへ。ほら綺麗にしてやるから」
「―――」
さわやかそうなその笑顔に、
――へぇ。好きかも……。
なんて思ってしまう自分に驚いた。
……あほなん? 名前も知らへんのに……。
私はその後も子猫とじゃれ合う彼のことを、バレない様に横目で見ていた。
購買で手に入れたパンを食べることも忘れて、チャイムの音が鳴って彼がいなくなるまでその姿を目で追っていた。
そのまま授業をサボって後で呼び出されたのは言うまでもない。
最後の授業の時。
隣の席に座る男子の顔を初めて見た。その顔に驚いたのも言うまでもないことだった。
授業が終わった。
「教科書ありがとな! 助かったわ」
「……ん」
俺の顔を見ようともせず、くっついていた机を戻す小西。
ひょっとして……嫌われてる?
その可能性に少しばかり落胆していたら、
「私はお兄ちゃんじゃ嫌やから……」
なんてよく分からない言葉が返ってきた。
……どういう意味だ?
お姉ちゃんがよかったのだろうか。
なら莉奈と同じだ。
こればっかりはどうしようもない。
心の中で呟いた。
……母さん。今日だけは女に生まれてきたかったよ。
出来るなら彼女らの想いに応えてあげたかった。
そんなどこかおかしい思考回路に、
――って何を考えてるんだか……。
自分で自分に呆れる思いだ。
暖かな日差しにやられたか。
離れた所から俺を見つめる視線に気づくこともなく。
どこか浮ついていた俺だった。
続く
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