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櫻編 8話

藤崎春樹はいつにもまして深い溜息を吐く。
 
「はぁー……」

「そんなため息ばかりついてると幸せが逃げちゃいますよー。春樹さん」

ドンッ、と背中にのしかかる重み。

「重いぞ、愛季」

「重くないでーす。軽い自信がありまーす!」

どこからくる自信なのだろうか、春樹の後ろから抱き着くように背中におぶさる小柄な少女。
谷口愛季、櫻坂46のメンバーの一人である。

「あっははは(笑)なにその自信? どういうこと(笑)」

元気よく笑うのは同じく櫻坂の向井純葉。グループの最年少の一人。

「おまえら、いい加減にしろよ。俺は遊び相手じゃないぞ」

「おまえらって、いとはは関係ないよね(笑)」

あらぬ容疑をかけられるも快活に笑う純葉。

「いいじゃないですかー。遊んでくださいよー」

春樹の頬をつんつんとつつく愛季。
嫌な顔をしつつも、力づくで振りほどこうとしない春樹だ。
本気で嫌がっているわけでない。

何回かつついていると、名案が思いついたように、

「そうだ!」

と声を上げた。

「春樹さん! そのままお馬さんになってください」

「え? なにそれ(笑)おもしろそー(笑)」

「はぁ……ったく――本気でやるぞ? 振り落とされるなよ」

春樹渾身の四足歩行。
彼の高い身体能力をふんだんに使われたその馬は名馬のごとく、広いダンスルームを駆け回る。

きゃっきゃ、とはしゃぐ愛季。

「あっははは(笑)次はいとはもおねがいしまーす(笑)」

笑いながらも次の予約をする純葉。

楽しそうな二人はまるで仲のいい兄とじゃれあうかのようであった。







そんな一同を少し離れた場所で見つめる三つの影。

「いいなぁ~。わたしも後でお願いしようかな」

「……本気でいってるの? 守屋ちゃん」

まさかの麗奈の発言に、歳を考えなよとツッこむ夏鈴。

「それにしてもだいぶ丸くなったよね。春樹君」

春樹と出会って約一か月。
当初の彼と比べると親しみやすくなった。と保乃は言うのだ。

「……確かに」

「そうだね~。めんどくさそうにしながらも、なんだかんだ助けてくれるよね。それに……」

「それに?」

「最初に会った時から優しかったと思うなぁ」

少しだけ頬を染めながら恥ずかしそうに答える麗奈だ。

「おやおや? れなぁー、なんなんその反応は(笑)」

「あ~! からかわないでよ~! もぅ~」

保乃の肩をポカポカ、と可愛らしく叩く。
そんなやりとりを横目に馬(春樹)の疾走を眺める夏鈴。

(……確かに。春樹はなんだかんだいって優しい。今回の事だって――)

今回の事。その発端は二週間ほど前。

話はさらに遡り一か月前。
彼女らが初めて能力に覚醒し、春樹宅に押しかけた日。
あれから何回か集まり能力の勉強会を行っていた。

主に春樹の家にて強引に集まって行われたそれは、静江の協力――詳しく能力の事は話していないが快く場所を提供してくれた――もあり、広い邸宅に彼女ら専用の部屋ができるまでに至っていた。

そんな勉強会をめんどくさがっていた春樹。
彼も最初は抵抗していたのだが――
日々蝕まれる己が領域に、ついには観念するのであった。

そして二週間後、事の発端の話になる。
藤吉夏鈴、他何名かがストーカー被害にあっていると櫻坂運営へと相談を持ちかけていた。

彼女らの話によると、レッスン中、また帰宅途中、視線を感じるとのことだ。実際に後を付けられているだとか、不審なものが届いたとかそういうものではないらしい。

それでも、何かに……誰かに見られているのだと強く訴えていた。

さらに同じような被害を訴えるメンバーが増えて運営スタッフも対策に講じる。
そのひとつとして、メンバーへの護衛・付き添いとして何人かのスタッフやメンバーの知人が彼女らに付き添うようになった。

藤崎春樹にも白羽の矢が立ったのである。
二回もメンバーを助けた経緯、対暴漢としての実力。また、少なからず親交があったのが理由らしい。

その話を春樹に持ちかけたのは夏鈴だった。
彼の性格上、めんどぐさがって断るだろうと思ってはいた――のだが、二つ返事で了承したことには多少なりとも驚いたほどだ。

彼曰く、

『暇だし、別に構わない』

額面通り受け取っていた夏鈴であったが、後々考えてみるとそれが彼なりの優しさなのだろうと気づいた。

(ふふ、確かに……なんだかんだいうけど春樹はやさしい)

純葉によってもみくちゃに遊ばれている春樹をやさしい目で見つめる夏鈴であった。


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