櫻編 14話
(ふぁ~あ、眠みーな……)
藤崎春樹は欠伸を噛み殺す。
本来ならソファーに寝転がり、だらけている時間だ。
それなのに慌ただしい現場の中、櫻坂のマネージャーと端っこで待機していた。
(朝も早くからごくろーなこって)
朝はニュースを見て過ごす春樹にとって情報番組――というよりバラエティに近い――を見ることは少なかった。
ましてや、その裏側を見るなんて想像もしていないわけで……
生放送の中、忙しなく準備する番組スタッフに感心していたのだ。
そんな春樹の視線の先には、共演者と楽しそうに話す守屋麗奈の姿が。
マネージャーと二人、彼女の見守りである。
『ストーカーがいたら怖いなぁ~。ぁ、そうだ! 春樹くん、……お願い♡』
麗奈の一言により、春樹が付き添うことになった。
まだ夜も明けきらない早朝から起きる羽目になり、面倒くさいと思わなくもなかったが、ストーカー関連の監視の事もあり心配だった春樹。
それが承諾した理由の一つだった。
それと、
(生放送か……、何にもなければいいけどな)
”未来視”、麗奈の力。
付き添う理由のもう一つである。
滅多なことがなければ発動しない力なのだが、もしもなんらかの事故、あるいは危機が迫ると本人の意志とは関係なく発揮されてしまう。
使い勝手が良いとはいえない。
彼女の心にもだいぶストレスとなっているだろう。
それを表面的には見せずに、明るく振舞っている麗奈はだいぶ気を遣っているはずだ。
この生放送のさなか発動しないとは限らない。
そうなった時の心身的サポートも春樹の役目になる。
ふいに目が合い、にこっと笑う麗奈。
『お き て る ?』
口パクでそう伝えてきた。
『な ん と か』
(ふふ、眠そうだね? 春樹くん。むにゃむにゃしてて可愛いなぁ~)
――とか、思ってそうだな。
春樹の考えだが間違ってはいない。
近頃一緒に行動することが増えたせいか、麗奈の考えがだいぶ分かるようになってきていたのだった。
「はーい、1分前でーす」
どうやら本番が始まるようだ。
その場にいる全員が気持ちを切り替え、ピリッとした空気が流れる。
(これが生放送か……。……マジで、なーんも起こんなよ~?)
生放送の緊張感を感じる春樹。ただし、他の人とは少しだけ違う緊張感でもあった。
「お疲れ様で~す」
「お疲れさん」
「お疲れ様。れなぁーこの後はね――」
本番を終えた麗奈と合流した。
早速、この後の予定を話し出すマネージャー。
(まぁ、普通はなにも起きねーわな)
何事もなく無事に撮影が終わった。
日常生活において、突発的な異変などそうそう起きはしないのだが、ここ最近はその限りではなかった。
ようやく怠惰な日々が送れそうだ……と、一安心する春樹であった。
「藤崎さん」
マネージャーに呼ばれた。
なんだか嫌な予感がした春樹、眉をピクリとさせる。
「……はい。なんすか?」
「今日は冠番組の収録が夜からありまして一度解散という形なのですが……」
少しだけ申し訳なそうに、
「実は私、今から田村を迎えにいかなければならなくなってしまって……、麗奈を自宅まで送ってもらえないでしょうか?」
手を合わせて懇願してきた。
(うげぇ~、まじか。帰えって寝ようと思ってたのに……)
本当は嫌だったけど、なんとか顔には出さずにいられた春樹だ。
「ちょいちょい春樹くん。心の声漏れてるよ~」
顔には出なかったが声には出ていたようだ。
「うげぇ~、まじすか。帰って寝ようと思ってたんすけど」
「ぁ~! 言い直さなくったていいじゃない!」
プンスカ、と可愛らしく怒る麗奈。
「そこをなんとか! 藤崎さんしか頼れる方がいなくて」
「……、……まぁいいすよ。太田さんも大変でしょうし」
「ありがとうございます!! さすが藤崎さんです。スタッフ一同頼りにしてます。今度、改めてお礼させて頂きますね!」
太田というマネージャー、頼まれたら断り切れない春樹の性格をよく理解している。
「よ~し、じゃぁ帰りましょ~」
「タクシー拾って最速で帰るぞ」
「ぇ~? わたし、お腹空いちゃったなぁ」
「っち、しょうがねえな」
「ぁ~舌打ちしたぁ! ……れな悲しいなぁ」
「……っち」
「もぅ、今度はわざとでしょ。いいもんね、春樹くんのおごりで高いものた~べちゃお。……やっぱりお肉かなぁ? それともお寿司? ん~……、なににしよう?」
なぜか奢らないといけなくなった春樹。
「はぁ……なんでもいい。とりあえず、食ったら帰るからな」
「は~い♡ ……甘いのもいいなあ~。それかぁ――」
顎に手を当て可愛らしく悩む麗奈と、面倒くさそうにしながらも満更でもない春樹だった。
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