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櫻第三機甲隊 7. アイリ

 ――そこは篠生という山岳地帯。
 赤い巨大な岩がいくつもあり、とてもではないが生物が生きていくには適さない場所であった。人間も動物も寄り付かない。
 その為か、この場所で寿命を静かに迎えたと思わしき魔獣の亡骸が発見されることもあるらしい。
 別名『獣の墓場』と呼ばれているのだとか。

 そんな獣の墓場にて、シオンは落胆するかのように呟いた。
 
「相打ちか」

 ”相打ち”と言った言葉の通り。
 コックピットを刺し合う二対の機甲がシオンの目の前にあった。
 周囲にはバラバラになった帝国機の残骸も見える。

(結局間に合わなかったな……)

 レーダーで捉えた一団を追っては来たものの、勝負は既に決していた模様。
 元味方から元敵国兵士を救おうとはしてたが、蝙蝠野郎を演じずに済んだと考えれば落胆はそこまで大きくはなかった。
 
「それにしても……」

 状況から察するに一対多の戦闘の末、相打ちまで持っていったというところだろうか。
 胸部を小型ナイフ――機甲用だからそれでも2mはある――に貫かれた共和国の機甲を見やる。
 
 頭部と左肩部に銃弾とおもわしき損傷、左腕部はもろごと欠損し、さらには背部が焼け崩れ、脚部にも少なくない傷痕が見られた。
 そして唯一残ったであろう右腕部も、手首から先が失くなっていた。

「これだけやられて良く最後まで戦い抜いたもんだ……」

 感心した。
 両腕を失ってなお、諦めなかったその姿勢に。
 
 最後の最後は頭部の先端を強引に帝国機のコックピットへと差し込んだようだ。人でいう『頭突き』の体勢で。

 この時、ふと思った。

 勇敢に戦い、その最後を遂げた兵士はどんな顔をしているのだろうか。

 助けることは間に合わなかったが、せめて名前だけでも知っておこう。
 帝国の機甲乗りは皆、遺体となったときに判別できるよう首からネームプレートをぶら下げている。
 共和国の人間だって似たようなものを所持しているだろう。なんらかの形で遺族に渡れば、彼への弔いとしてもちょうどいい。

(……それくらいはさせて貰おうか)

 そうして胸部に差し込まれていたナイフを抜いて、力任せにコックピットのドアをこじ開けた。
 
 
 
 操縦席には小柄な少女がいた。巨大な刃の直撃を免れたようで、遺体にしてはとても綺麗だった。
 額から流れ落ちた血が足元に血溜まりを作っている。ちょこんと首を傾げ、目を瞑る少女。まるて眠っているかのようなその顔に――

「―――――、―――――ッ」

 驚愕した――なんてものではない。思わずこみ上げてきた胃液を吐き出していた。

「――オェッ、――グェッ、ゴォホッ――」

 わなわなと震える手で己の顔を掴む。

(嘘だ……ありえない……)

「――はっ……ぁ……」

 焦点の合っていない瞳で。
 指の隙間からもう一度、睨むように少女の顔を見据えた――

「ア……アイ――」

 そこまで言いかけて、再び胃液を吐き出した。

(……くそがっ、ありえねえ……)

 そうだ、そんなはずがない。
 ただの他人の空似に過ぎない。

 彼女はもういない、遥か昔に亡くなっている。シオンの目の前で死んだのだから。
 

(ああ、分かっているだろシオン……よく見てみろ。こいつは別人だ……こんなに若いはずがない)

 昔の面影こそ幼いが、今もまだ生きていたとしたら……ここまで幼くはない。
 共和国の人間故か、肌の色も若干違う。記憶の彼女はもっと日に焼けていた。この人物は白すぎる。まるで室内で大事に育てられてきた花のように繊細で美しく――

(俺たちは……こんなに上品に育ってきてはいない……何もかもが違い過ぎる)

 それでも見間違えた。シオンが嘔吐するくらい気持ち悪いほど瓜二つだった。

「ふぅ、落ち着け……”たまたま似ていた”それだけのことだろ……」

 気持ちを落ち着かせる。

(そろそろ夜になる。こんな場所でうかうかしている場合じゃない……)

 目的の物を回収しようとして、彼女の機甲へと飛び移った。

 遺体の首元を探す。

「……あった。やっぱりネームプレートをつ――」

 プレートに書かれた名を目にして――再び訪れる『驚愕』の二文字。
 もはや吐き出す胃液すら残っていない。

 呼吸の仕方を忘れてしまったのか。
 「――コヒュッ」と何度も気味の悪い音が口から漏れる。
 
 そうして……
 どうにかその名を口にする。
 

 「―――――アイリ」

 と。

 同じ顔をして、同じ名前を持つ少女。
 彼女との出会いが何を意味するのか。

 シオンはまだ気付いていなかった。

 自分が吐き出す呼吸の音に紛れて、微かに届く少女の息遣いに――
 
 

 



 
 
 真っ暗な空に、月の明かりが爛々としていた。

 そんな夜空を舞う一羽の鳥がいた。
 
 鳥というと語弊がある。
 この生物は巨大な両翼を操り、自由自在に空を駆ける。

 それでいて非常に頭が良いのだ。『人間』という種の発する『言葉』を理解するほどに。

 その『言葉』を借りると彼には『魔獣』あるいは『怪鳥』という呼称が付けられていた。
 
 この『怪鳥』という名をえらく気に入っていた。
 いつだったか人間の集落を襲った時のことだ。
 慌てふためく人間をパクリと咥えて、丸のみにしてみせた。

 それを見て、

「か、怪鳥だ……ああ、いやだ、いや――」

 と叫び絶望する者。

 ただただ泣く者。

 恐怖に震えて動けなくなる者。

 この世界を我が物顔で支配しているつもりの下等生物どもが『怪鳥』相手に成すすべなく、虫けらのように命を散らす。

 滑稽で痛快。

 それに愉悦を覚えてから『怪鳥』の名をもっと広く知らしめたい。人間に畏れられたいという願望が芽生えた。

 今宵もその願望を満たすべく、怪鳥は空を駆ける。
 獲物を探して喜興に浸るつもり――

 ――であった。

 
 現在、怪鳥は全速力で空を飛んでいる。必死になって逃げている最中である。
 怪鳥を追って飛行する得体の知れない『何か』から――

 急に月の明かりが消え視界が闇に染まる。
 雲ではない。すぐ真上に『何か』がいる。それが月光を遮り怪鳥に影を落としていた。

 本能が拒んだ――上を見てはいけないと……見たら最後だと警告をしていた。
 それでも好奇心というのは抑えられるものではない。

『一体、上には何がいるのだろう。己は何に追われていたのだろうか』

 と。
 頭が良すぎた故の知的好奇心が本能を僅かに上回る。
 そうしてゆっくりと首を捻り上を向いた。

 驚きと落胆の感情が怪鳥に押し寄せる。
 今日まで思ってもこなかった。
 自分は狩る側のはずなのに、まさか狩られる側だったなんて。

 この時、怪鳥の眼に映ったのは……とてつもなく巨大な生物が、これもまた大きなあぎとを開けて、怪鳥へと降下してくる姿であった。


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