17分(出口)
この話は前作『17分』の後編にあたります。
暗闇の中に一人。
俺は立ち尽くしていた。
どうやら『狭間の世界』とやらに閉じ込められたらしい。
『出口はこっちだよ』
どこからかそんな声が聞こえてきた。
「?」
見回してみたけど誰もいない。
視界にあるのは一本の桜の木だけだ。
「……」
なんとなく俺は導かれるようにその桜の木へと近づいていた。
「やっぱり、お前はあの木なんだな……」
俺の家と桜の家の境目にある分かれ道。
その川沿いに佇む一本の桜の木。
幼いころからずっと在った。俺たちと共に育ってきたといってもいい。
「はは、この痕まだ残ってたのか」
思い出の傷跡にそっと触れてみた。その瞬間――
「ッ!?」
今度こそ、眩い限りの閃光が視界一面に広がった。
……
「やっと会えたね」
声が聞こえて振り返れば、目の前に桜がいた。
最後に見たあの浴衣姿の桜が……
夢でも何でもいい。俺はずっと桜に会いたかったのだから――
「桜っ!!」
「あっダメ! 来ちゃダメっ」
「……な、なんだよ」
「触れたら終わっちゃうから」
「……終わるってどういうことだよ」
「ごめんね。それを話してる時間もないの。そろそろ明日になっちゃうから……」
「明日……」
明日って確か九月二十二――
「桜ね、○○と話がしたかったの。だから待ってたんだよ。ずっと〇〇が来るのを……来てくれるって信じてたから」
「……ちょっとよく分かんないけど。……分かった」
俺の言葉に満足したのか、ゆっくりと頷いて微笑む桜。
「んとね……謝りたかったの、○○に。勝手にいなくなって、ごめんねって……○○を一人にしちゃって……ごめんね」
「……謝るなよ」
「……」
「俺だって謝りたいんだから。……どうして一人で帰したんだろって、ずっと後悔してた。家まで送ってやればよかったのに。一人で帰らせた俺のせいだって。明日も会えるって、それが当たり前だって思っていた自分を! 殴りたい――ッ」
ぎゅっと握り絞めた拳が痛い。
それ以上に涙を流す桜を見ると胸が痛かった。
「〇〇のせいなんかじゃないよ。桜も明日が来るのが当たり前だって信じてたもんっ。だから、〇〇のせいなんかじゃっ絶対ないから!」
「――それでも! 俺が守ってやらなきゃいけなかったんだ! 桜を守るって誓ったのに、桜を守るために強くなったはずだったのに……肝心なところで役にたたなかった!」
「○○……」
「ごめんな……ごめん。本当に――っ」
「……」
「ごめんな……」
「……桜ね、嬉しかったんだよ」
「――嬉し、かった?」
「うん。ずっと○○が守ってくれてたの、気付いてたから。道場に通いだす前からね。○○は無意識だったのかもしれないけど、ずっと桜を守ってくてれたの。それが嬉しかった」
恥ずかしそうに俯く桜。
「ありがとね。いつも守ってくれて。桜の隣にいてくれてありがとう」
スゥー、と桜の輪郭がぼやけだした。
「……もう時間みたい。お別れだね」
「――俺も行く」
「え――っ」
「桜のいない世界なんて耐えられない。だから俺も連れてってくれ」
「ッ、だ、ダメだよ! そんなのダメ! 出来ない! お、おばさんはどうするの!? 一人にさせちゃダメだよっ」
「母さんは……」
「――さ、桜ね! あの祭りの日、ママと喧嘩しちゃったの」
桜の体はもう半分以上消えかけていた。
「『馬鹿! ママなんて嫌い!』って……それがママとの最後の会話だった。……馬鹿は桜の方だよね。どうしてあんなこと言っちゃたんだろって、本心じゃなかったのに。ママの悲しそうな顔があれからずっと、頭から離れないのっ」
「桜……」
「……だからね。○○のおばさんには辛い思いをさせたくないの。お願い……」
「……」
「あと、出来ればママに『ごめんね』って伝えて欲しい」
「……分かった。伝えるよ」
「へへっ。……ありが――」
声が途切れた。
よく見れば桜の体が完全に透けていた。
徐々に光の粒子となって消えていく様に――ああ、これで最後だ、と。
そう思ったら体が勝手に動いてた。
「桜!」
消えかけていた桜の手を握る。
「――」
「……桜。今更なんだよと思うかもしれない。それでも聞いて欲しい事があるんだ」
「――――――」
「ずっと言えなかったけど。好きだった。桜の事が、昔からずっと――大好きだった」
「――――――――」
「待たせてごめんな」
「――――――――」
桜が抱き着いてきて、慌てて抱きとめた――感触はなくて。もう、いつ消えてもおかしくはないのだと、肌で感じた。
「――――――――――」
「ああ、いいよ。何でも聞く」
「――――――――」
「……分かった。目瞑ぶれる?」
「――――――」
お互い分かっていた。
これが最後だと。もう残された時間はないのだ――と。
「そっか。じゃあ……――っ」
「――――」
やさしく唇が触れ合った。
時間にしたらほんの一瞬だったけど、それでも俺たちには十分な時間だった。
唇が離れると同時に桜の花びらが俺たちを包み込んだ。
「――――――」
「……だな」
最後は二人とも笑顔だったと思う。
「――――」
「ばいばい、桜……」
そうして、別れの言葉共に俺の意識は光の中へと吸い込まれていった――。
……
気が付いた時にはまた暗闇の中だった。
今度は満月の光に照らされて、遠くには街の灯りが見えた。
どうやら俺は桜の木の下で立ち竦んでいたようだ。
時計の針は午前零時を回っていた。
「……そういえば、あれから会ってなかったな」
こんな真夜中に申し訳ないと思いつつも、どうしても今すぐ会いに行きたかった。
おばさんに伝えるのも今夜じゃなきゃいけない気がしたから。
「すいません。今から向かいます」
聞こえるはずもない呟きを口にしつつ、いつもとは違う道へと足を進めたのだった。
昨日を夢見る心の桜。いつの日か、また咲くことを信じて。
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