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櫻編 6話

藤崎春樹は少しだけ困惑していた。対面に座る女性のことだ。
その女性は、春樹の視線などお構いなしに部屋の装飾品の数々に目を奪われていた。

(綺麗……あれも綺麗。これはちょっと高そうだ)

まるでそんな心の声が聞こえてくるかのように、少女のように目を輝かせる藤吉夏鈴。
待っていても彼女から切り出す様子はない。
悩んだ末、春樹から話しかけることにした。






「……それで? 何しに来た?」

ずいぶん棘のある言い方である。

(言葉遣いはアレだけど、そんなに怖い人じゃないと思う)

そんな感想を抱く夏鈴は無言のまま、じーっと春樹の顔を見つめる。

(……舌打ちした……でも怒ってるようには見えない)

無視された春樹が舌打ちをするのは仕方がないことだろう。

(ぁ、そっぽむいた……。すねたような口がちょっと可愛いかも。……髑髏のピアス……似合ってない)

散々な言いいようである。

(横顔だけど、結構整ってる……。うん、やっぱり思ったより怖くない。むしろ優しい人なんだろうな……)

そう評価していた。

――プルルル、と着信音が静寂を打ち破る。

「……出ていいよ」

春樹の了承に無言で頷く夏鈴。

「もしもし。……どうしたの守屋ちゃん?」




「うわ~ん、夏鈴ちゃ~ん無事でよかったよぉ」

飛びかかるように抱き着いてきた守屋麗奈をしっかりと受け止める夏鈴。
わんわんと泣く麗奈の頭を撫でる。
 よしよし、とまるで仲のいい姉妹のようだ。

「すいません、いくらですか?」

タクシーから降車後、一目散に夏鈴に抱き着いた麗奈。続くように降りてきた女性が会計を済ました。


「ごめんなさい、私まで」

申し訳なさそうに頭を下げたのは、春樹も今日遭遇した人物。田村保乃であった。

(会場で見た時とだいぶ雰囲気が違うな。二人と比べたらこいつはしっかりとしてるようだな)

今回春樹が出会った中では一番の好印象だ。

未だ泣き止まない麗奈を介抱している夏鈴。

「……はぁ、もう暗いし大声で泣かれたら迷惑になる。……とりあえず中に入ってくれ」

春樹はげんなりした顔でそう促した。



「わぁ! 美味しい!! これも!! ん~っ!! 幸せ!!」

「子供か! ちょっと、れなぁ……行儀よくしぃや」

つい先ほどまで泣いていた人物とは思えない。
そんな麗奈を嗜める保乃。

「……うん、美味しい」

一方で静かに呟く夏鈴。

「作った本人に言ってやってくれ。……あんたを連れてきた女性だ」

「うん。分かった」

応えた彼女の顔はどこかにこやかで、麗奈ほどではないが食事の美味しさに頬がゆるんでいるようだ。

「お料理、美味しかったです」

食後のコーヒーを受け取る夏鈴は静江を見つめながらそう感想を述べた。
少女のようなその笑顔に一瞬だったが表情を緩ませる静江。
 
「本当に! とっても美味しかったです!」

「すいません。夜遅くにお邪魔したのにお食事までいただいて……」

満足そうな麗奈と申し訳なさそうにする保乃。
そんな彼女らに柔和な笑みを向け、

「お口に合ったようで何よりです。お客様をもてなすのも私の仕事でございますゆえ、お気になさらずに。……それでは春樹様、何かございましたらお呼び下さい」

一礼し部屋をでていく静江。

「それで?」

切り出したのは今度こそ進展が欲しい春樹である。

「何の用だ?」

少しドスが聞いた声だ。
その問いかけに自然と姿勢を正す三人。

夏鈴が口を開いた。

「聞きたいことがあって、……どうして助けにきてくれたの? それも、二回も」

「二回って?」

麗奈の疑問の声は無視して春樹が答える。

「夢で見たから、としか言えないな。馬鹿らしく思うだろうが予知夢ってやつだ……どうやらそいつも同じ夢を見たらしい」

「ぁ、うん。そうなの」

と頷く麗奈。

「それが一回目。……助けた理由は、見捨てたら寝覚めが悪い。ただそれだけ」

ぶっきらぼうに答えた。

「二回目は……負けたままじゃ終われないからな。やり直せるチャンスがあるからやり直した」

「やり直す?? どういうこと?」

先ほどから不思議に思っていたようで、再び尋ねる麗奈。

「……藤吉夏鈴、あんたの力だろ? たぶんだが、時間を巻き戻したろ」

「え!?」

「ま、まきもどした??」

そう驚く保乃と麗奈とは対照的に、静かに頷く夏鈴。

「うん、そうなんだと思う。……私が今日を体験したのは二回目なの。一回目も彼に助けてもらってた。でも代りに彼が……」

伏し目がちに春樹を見やる。

「その時にね、私の中でなにかとてもつもない力が溢れだしたの。全身を駆け巡るエネルギーのような何かを……感じたの。でもね、その後の記憶がないの」

ふうっ、と一呼吸置く。

「……気が付いたらなぜか朝のミーティング中に戻ってた。割れるように頭が痛くて、鼻血も止まらないし」

「ええ!? 具合悪いって休憩室にいったあの時? 鼻血も出てたの!? 大丈夫?」

心配する保乃に、今はもう大丈夫、と答える夏鈴。

「それで少し休んでるうちにね……なんとなくだけど、分かり始めてきたんだ。時間が戻ってる……ううん、そうじゃない。私が戻したんだって」

不安げな表情で一同の顔を見る。

「……信じられないかもしれないけど」

「信じるで!」

間髪入れずに答えたのは保乃だ。

「わたしも信じるよ。わたしも同じだしね」

自分も同類だという麗奈。
肯定するように続く春樹。

「そうだな、二人とも特殊な力を持っているんだろうな。……いや、二人だけじゃない」

「というと?」

春樹の顔を覗き込む夏鈴。

「俺にもあるみたいだ。……干渉、……いや違うな。……正確には増幅か? それが俺の力」

「――だと思う」

至近距離から見つめられ、視線を逸しながら春樹はそう付け足した。

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