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続・夏の魔物 弐

「うん。私は井上なぎ、いちよ同好会の会長をしているわ。よろしくね」

 そう名乗った彼女に私は目を奪われた。
 パッチリとした大きな目、まるでお人形さんのような綺麗な顔立ちに視線が釘付けになる。

(私ってそっちの気があったの?)

 なんて自分に問うくらい魅入ってしまっていた。
 
「ん? 私の顔に何か付いてる?」

「――つ、付いてないです! すいません。見惚れてしまってて」

(――あ)

 思ったことをそのまま言ってしまった。

「おやおや、ずいぶん正直な人だね。藤嶌氏」

(藤島氏? 私のことだよね)

 そんな呼ばれ方初めてされた。

「気持ちはわかるよ。ボクも最初に和を見た時は、あまりの造形の美しさに妖怪かと思ったほどでね」

 妖怪ってものすごい例え方をする。

(それにこの人、”ボクっ娘”だ……)

「ちょっと! 妖怪って何よ!」

「――まぁまぁ」

 嗜めるように男子生徒が割って入る。

「落ち着いて井上さん。テレサ氏が言う妖怪ってのは最上級の誉め言葉だから」

(『氏』呼び、流行ってるのかな……)

「そうだとしてもよ! もうちょっとマシな言い方があるでしょ!」

「和よ、妖怪といっても大妖怪のことさ! それも世紀に名を残すほどのねっ」

「余計に意味が分からないわよ!」

 尚も詰め寄る井上さん。
 だったが、

「……さてと、和はそろそろ黙っててくれないかな。話が進まないからね」

 ボクっ娘の人はするりと身を翻して私へと向き直った。

「な! ……ったく……いいわよ、どうせ私なんか……」

 井上さんが拗ねちゃった。

 拗ねた顔も可愛い。

(――っは!? いけない、いけない。何を考えているんだ、私は! 戻ってこい! 果歩!)

「では、改めて自己紹介をさせて貰おう」

 立ち上がるボクっ娘。

「ボクは池田瑛紗てれさ。この世の全ての謎を追う孤高の探求士さ。妖怪から悪魔、呪い。他にも多種多様な怪奇・伝奇を調べるのが趣味でね」

「何よ孤高の探求士って。それに趣味だって自分から言ってるじゃない」

 井上さんがブツブツと何か言っている。
 邪険に扱われたことがよほど不服だったのか、ご機嫌斜めのようだ。

「――コホンッ。まぁ、つまりだ。不思議なことがあったならボクを頼るといいっ」

 自身満々に胸を張った彼女、池田瑛紗さん。

 変わった言動に気を取られていたが、よく見ると彼女も相当な美人さんだ。

 井上さんの事をお人形さんみたいだと例えたが、彼女も負けず劣らず。

 これだけの美少女二人が在籍しているなんて……

(本当にここはオカルト同好会なの?  美少女同好会って名前が相応しいんじゃないかな)

 そう思うほど、綺麗な人たちだった。

 それと……

 この池田って人――


 
(顔に十字傷がある――というか、書いてるよね? これ)

 喋り方、その内容。
 それらの情報から推理すると――
 この人、俗にいうあれだ。

 厨二――

「厨二病なの。瑛紗って」

 私の考えを読んだかのように井上さんが教えてくれた。

「まぁ、瑛紗だけじゃなくて、●●君もだけど……」

「――え!?」

 井上さんのの言葉に私は驚いた。

 彼女の視線の先、●●と呼ばれた男子生徒。

 〇〇と同じ名前――

「……どうかした?」

「ああ、すいません。知り合いと同じ名前だったもので……」

「なるほど」

「フフフ、まぁ名前が被るなんてのは仕方がない事だよ。日本には一億と二千万を超える人間が住んでいるからね。同姓同名も珍しくはないさ」

「確かにそうですね。すみません、話の腰を折ってしまって」

「ううん、全然そんなことないわよ。変人相手じゃ疲れちゃうわよね。冷静な対応ができなくて当たり前だと思うわ」

「変人って酷いことを言うね、ボクらは傷ついたよ! ねぇ? ●●氏」

「そうだね……井上さんが僕らをそういう風に思っていたなんて、悲しいね」

「ウンウン。これはアレだね、同好会の解散だね。こんな会長の下についてなんていられないね」

「そう、だね。残念だけど……また二人で最初から始めようか、テレサ氏」

「ちょっと!! 何もそこまで落ち込まなくたっていいじゃない! というか、落ち込んですらいないでしょ。そうやって二人して私を揶揄って!」

「それに●●君のことを変人とは言ってないし……」と俯きながら小声で付け足す井上さん。

 その反応、まるで恋する乙女のようだ。

「フフフ、和で遊ぶのもボクの趣味だ。諦め給えっ」

「なっ、あなたって本当に――」

「――よし! これ以上脱線すると、時間が無くなっちゃうからこの辺にしとこうか」

「そ、そうね。ごめんなさい藤嶌さん」

「ごめんだよ、藤嶌氏」

「いえ、全然大丈夫です……」

 どうやら本気で言い合っていたわけではないらしく、彼の一声で真面目な顔へと変わる二人。

「改めまして、生田●●と申します」

「あ、ご丁寧にどうも。藤嶌果歩ですっ」

 お互い自己紹介を終え、ようやく本題に入る。

「それで僕らの元に来てくれったてことは、何か困りごとでも?」

「そ、そうなんです。実は――」

 

 ……

 
 
「なるほど、ふむ」

「フフフ、興味深いね。羊が語る他人の記憶、か……」

 私が話した夢の内容を聞いて、頭を悩ませている池田さんと●●君の二人。

「もしかしてこれも妖怪の仕業なの?」

「――よ、妖怪!?」

 思いもしないワードに驚いた。

「藤嶌氏、信じられないかもしれないが妖怪は実在するのだよっ」

「は、はあ……。じゃあ私が見た変な夢も、その妖怪っていうモノの仕業何ですか?」

 俄かには信じられなかったが、とりあえずは話を合わせることにした。

「いや、妖怪ではないと思うよ」

「え、そうなの?」

「うん。藤嶌さんの夢はたぶん……」

 ●●君は私の目を見つめて言った。

「――”魔物”だと僕は考える」

「魔物ですか……」

 と言われても違いが分からない。

「確かに! 魔物か! うん! ●●氏の言う通りだ!」

「テレサ氏が同意してくれるなら、間違ってなさそうだね」

「ああ、魔物だよ。間違いない! くぅ~、どうして気付かなかったのか……ボクもまだまだだ……」

「うん、二人だけで納得してないで。私たちにも教えてくれる?」

 井上さんの発言にこくこくと頷く私。

「いいかい? 魔物というのはだね。妖怪と違って実体を持たないんだっ」

「実体? 姿がない、見えないってこと?」

「とも言えるね。なんていうのかなぁ……」

「――概念」

「そう! それだ! 概念だ! さすが●●氏! その概念をボクらは魔物と呼んでいるのだよ」

「なるほ――ど?」

「実体を持たない、概念的存在。今回のケースだと、人の負の怨念と呼べるようなものが、藤嶌さんの心の中で魔物となって、巣食ってしまっているんだろうね」

「負の怨念って”呪い”じゃなくて?」

「呪いとはまったく異なるのだよ。いいかい、和。呪いは元来、人が意志を持って相手を呪うんだ」

「そうね、私の認識も同じだわ」

「魔物は違う。誰かの意志によって付与されるものではないんだ。これはね、長い時間かけて積み重なってきた人の思いが伝染して、漂着する。そうして溜まりに溜まって魔物となるのだよ」

「長年の思いの結晶って感じ?」

「その考えでいいね」

「わ、私の思いが溜まったってことですか?」

「――いや、そうじゃないよ。えっと……」

 言いづらそうにしている●●君。

「藤嶌氏の思いもあるかもしれないね。ただ話を聞くと君だけじゃなく、そのご友人と〇〇という子の気持ちが混じって出来ているんだ。だよね? ●●氏」

「うん、そういうことになるね。ショックかもしれないけど、羊が語る内容は間違いなく――二人の本当の気持ちなんだと思う」

「本当の気持ち……」

 ってことは――

 やっぱり陽子はずっと〇〇のことを好きでいて、

 私を羨ましく思い、嫉妬していた。

 そして――

「――『憎んでいた?』とでも思っているのかな?」

 池田さんの問いにハッとして、下がっていた顔を上げた。

「フフフ、どうも呪いのイメージが着いちゃってるかもしれないね。大丈夫さ。話を聞く限りは嫉妬はしているようだったが、『憎んでいる』なんてことはないのだよっ」

「そうなんですか?」

「ボクの脳みそは特殊で、情報が眠る引き出しを見つけるのが難しくてね。すぐには思い出せなかったのだけれど、魔物という鍵を手に入れたからね! ようやく見つけたよ。夢に出てくる羊の魔物の話を」

「なんだかんだ難しいこと言ってるけど、ようするに忘れてただけでしょ?」

 呆れたように指摘する井上さんを無視して、池田さんは続きを口にする。

「羊の魔物は深層心理に潜む本当の気持ちを語る。それは自分や友人、または恋人・家族であったりと、関係が深ければ深いほど漂着しやすい」

(関係が深ければ深いほど……か)

「そうして、出来上がった羊の魔物は『強い思い』から語り始める。もし憎んでいたとしたら最初に語るはずだ。憎しみというのはそれほど根深く、パワーがあるからね」

「なるほど、そうなんですね……」

(良かった。陽子に嫌われていなくて)

 それだけは本当に、心の底から安緒する。

「それで結局のところどうするの?」

「どうとは?」

「もちろん解決策よ! 藤島さんは藁にも縋る思いで来てくれたのよ! こんな怪しくて訳の分からない同好会なんかに」

「訳の分からないとは、和よ……君はそこの会長なのだぞ」

「ええ、そうね。不本意ながらね」

「まぁまぁ、その話は今度にしようか」

「あ、うん」

「フフフ、●●氏の話は素直に聞くんだね」

「うるさいなぁ」

 どうやら井上さんはよく揶揄われているらしい。
 
 なんとなくだけど、三人の関係性が垣間見えてきた。

「さてと、藤嶌氏」

「あ、はい」

 呼ばれて姿勢を正した。

「解決策なのだがね」

「はいっ」

 思わず前のめりになる私。

「――ない」

「え?」

(ない? 聞き間違えたかな?)

「残念ながら、ないのだよ――」

 すごく真面目な表情で、そう告げる池田さんだった。


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