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櫻第三機甲隊 5. 追跡

「……っち。どこ行きやがった」

 帝国兵士、ライリー・スクワイトは苛立ち混じりに指示を出す。

「この辺にいることは間違いない! くまなく探せ! ……ここまで来て『逃がしました』なんてことになってみろ。基地で笑い者にされるぞ」

「あ、ああ!」

「了解!」

 自らも周囲へと視線を巡らせた。

 『捕虜収容所が襲撃された』と知らせを受けて現場に急行し、下手人と思わしき共和国の機甲を見つけた。
 追跡を開始してかれこれ一時間近く。この場所に来てついにはその姿を見失ってしまった。
 そうして、巨大な岩陰に身を潜めているとふんで探しているのだが……

「くっそ、なんだこの岩場は!?」

  先ほどからカメラの様子がおかしい。
 たびたびモニターの映像が乱れ飛ぶ。
 さらに本部への通信さえも何かに遮られているようで応答がない。

「おそらく、この岩石が影響してるんだろうな」

「ああ、間違いねぇ」

 特殊な磁場が発生していると考えられた。
 それにより計器と通信機にエラーが生じているようだ。

「早いとこ見つけちまおう……さっきからコンパスが異様な回転を繰り返している。これ以上ここにいたら、戻れなくなりそうだ……」

「分かってる! 俺だって必死にさが――」

「……どうした?」

 不意に言葉を止めた味方をライリーは不思議に思った。

「今……何か動かなかったか?」

「何かだ? ……どこだ?」

「そこ……」

 位置を示すように、ゆっくりと機甲が腕を伸ばした。

「……何もいないぞ。そもそもさっきの共和国機じゃないのか?」

「いや、違う! 奴じゃない。もっと別の何か……」

「おいおい、幻覚でも見たか? ったく……気味が悪いったらありゃしねえ」
 

「あ!?」

 後方で驚く声が聞こえた。

「なんだよ? お前らまで何か見たなんて言うんじゃねえだろうなぁ」

 そう言いながらライリーは振り返った。

「――お、おい! どこに行った!?」

 後方にいるはずの味方機がいない。
 小隊ごと、先ほどまであった機甲がまるごと姿を消していた。

「っち! ライリー隊集合しろ!!」

「お、おう!」

 二機の機甲がライリー機の横に並ぶ。

「……ベン隊が消えた。アイザック隊はどこだ?」

「確か……右側から迂回すると言っていた」

「そっちに移動するぞっ」

「了解!」

 指示通り自ら先頭を進む。
 アイザック小隊がいるであろう右側へと――向かおうとし、直ぐ様停止した。

「……右だよな?」

「あ、ああ……」

「……こんな壁、あったか?」

 ライリー機の眼前には見上げるほどの高い壁があった。
 機甲を以てしても見上げるその壁は、30mは優に超えているとみえる。横幅も今のいままで辿ってきた道のりを沿うかのように遥か後方へと続いていた。

 『岩山の城壁』なんて名前が相応しいだろうか。

 違う。呼び方などどうでもいい。
 問題はどうしてこんな壁が――

「お、おい! この壁動くぞっ」

 突如として壁が蠢いた。

「うお!? おおお――」

 ズズズッと足元が大きく揺れた。
 機甲がバランスを取れず、尻もちをつくように後ろへと倒れる。

「何が起こってやがる!?」

「わ、わからねえ!!」

「ああああ、やべえぞ。尋常じゃない揺れだっ」

「おおおお、おままええらら――」

 会話もできないほど縦に激しく揺れる。
 何かに引き摺られるかのように後へと滑り出した。
 ”出した”のではない。滑り落ちていた。
 突然、盛り上がった足元から転がるように空中へと投げ出される。

 高さ40mくらいだろうか、そこから重力に引っ張られて地面へと叩きつけられた。

「ぐあ!? ごぇ――」

 先に落下した味方機をクッションにしたお陰で大破は免れた。

 折れた左腕を抱えながら、どうにかコックピッドから脱出する。

「……はあ、くそっ……いったい何が……」

 砂煙で覆われた視界。 

(……なんだこりゃ? 山?)

 ライリーは目を見開いた。
 砂塵が晴れ――そこに現れたのは巨大な山が一つ。

「はは、馬鹿でけぇ……」

 乾いた笑いが漏れる。
 生き残ったのはおそらく自分だけ。
 味方も機甲も失い、理由わけのわからない山の麓にポツンと一人。

「はは……あひっ、ひひひ――」

 もはや笑うしかない。
 敵機を――それもただの一機だ。
 三小隊で追い回した挙げ句、対象には逃げられ、原因不明の事象に隊は壊滅。

「あひ、ひひ……なんだってんだ……山が、動いて――」

 呆けていたライリーの目の前が急に暗くなった。まるで槌のような――巨大な何かがライリーの頭上へと降ってきた。

(違う! これは山なんかじゃねえっ! これは魔――)

 
 
 



 

「……撒いた?」

 谷口愛季はモニターをじっと凝視した。
 赤土色の巨岩の隙間から機甲の頭部だけを覗かせて、周囲の状況をモニターへと映し出す。

「……やった……逃げ切ったっ」

 盛大に息を吐きながら背もたれに身を預けた。
 思惑通り、無事に逃げることが出来た。
 どうにかこうにか目的の山岳地帯まで辿り着いた。
 
「それにしても……何だったんだろう? あんな所にあったかなぁ」

 帝国機から逃げる途中に通りすがった岩場のことだ。
 元々岩場に逃げる予定ではあったが、目的地の他にも見知らぬ岩場が存在していた。
 地図上でも、愛季の記憶にも存在しない。

「うん、やっぱりあそこには前まで何にもなかった。それに、この辺じゃ見ない色だったし……」

 櫻共和国の大地は赤土が大半を占める。首都の南に聳え立つ大きな山の影響だ。遥か昔の大噴火により、火山灰に含まれる鉄分が酸化して、大地を赤く染め上げたと云われている。
 
 先ほどの謎の岩石らは赤土ではなかったのだ。
 黄色というよりは深緑か。コケに覆われていたならまだしも、荒野にてあの色の岩は違和感しかなかった。
 
 などという理由もあり、そこに身を隠すことを避けて、ぐるりと迂回してそのまま通り過ぎてきた。

 もしかしたら帝国機はそちらを探しているのかもしれない。機甲ほどの巨大な岩が沢山あったし、愛季が逃げ込んだと想像することも容易い。

 と、ただの考察ではあったが……

(もしそうなら、愛季は運がよかった……ありがとう見知らぬ岩場さん)

 逃走成功の立役者である彼の地に向けて、ちょこんと頭を下げて感謝した。
 

 ――ぴこん

「――って、そんなに簡単じゃないか」

 聞こえてきたレーダーの捕捉音に身体を起こす。

「……三機かな?」

 信号は三つ、追い付いてきたのは小隊一つ。
 二手に分かれたのか、どうやらその他にはいないようだ。

「一対三ならいけるかも……」

 断言はできない。
 機体の損傷が激しい。左腕は肩が抉れまともに機能しないだろう。背部スラスターも使えないし、燃料も残り少ない。
 機動力を大幅に削がれた状況にある。愛季の得意とする近接戦に持っていったとしても、どれだけ戦えるか。
 それでも逃げる選択肢は残されていない。燃料もほぼ使い切ってしまった。

 大地を削る音が聞こえてきた。
 居場所を特定されたとみていいだろう。
 愛季機へと猛スピードで近づいてきている。

「……ここが正念場だぞっ――愛季」

 と、自らを鼓舞する愛季であった。


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