乃木編 4話
教室の窓際の一番後ろ――のひとつ前。
そこが祐希の席。
ちなみに後ろは美波の特等席。
今日は朝早くから登校し、机の上でノートパソコンを広げてカタカタとキーを叩いていた。
「あ~、これがこーで……よし!そしたら次は――」
と独り言を呟く祐希。
そんな祐希から対角に位置する教室の隅にて、数人の女子生徒がコソコソとなにやら話をしていた。
『与田さんまたブツブツいってるよ』
『ほんっと、気持ち悪い」
『あんまり見ないほうがいいよ。後で番長にシメられちゃうから』
与田祐希はクラスの中で腫物のような扱いを受けていた。
ちなみに祐希はかなりの地獄耳であり、もちろん今の会話だって聞こえているのだ。
それでも彼女にとっては、同級生からの陰口なんて虫の囀り程度にしか感じておらず、作業の手を緩めるほどではなかった。
「おっ。与田じゃん! 今日は早いね~」
などと、直接呼びかけられればその限りではないのだが。
「おー? 美月~おはようっちゃ」
「うん、おはよーっ」
「今日は久保ちゃんと一緒じゃないのけ?」
「そうなのよ。史緒里は委員会の仕事でいないから一人で登校してきたの。偉いでしょ」
『えっへん』と胸を張る美月。
「それにしても……あんた、また”潜って”んの?」
”潜る”
『世界大戦一歩手前』のそんな世の中でさえ、ネットというのは存在しており、そこからハッキングを行い機密情報を盗み見る。
という祐希の行動のことである。
「そうだっちゃ、情報は鮮度が命だからね。与えられているニュースだけじゃ真実は得られないのだよ!!」
渾身のキメ顔だ。
「ふ~ん」
「わぁ……反応うす~」
「ちょっと、わたしにも見せてよ」
立ち上がり祐希のパソコンを覗き込む美月。
それも祐希の顔を手で押し退けながら。
「ぐおおお……か、顔が潰れる……ん? ……クンクン、クンクン……なんだかいい匂いがするっちゃ。ぐへへへお嬢さん、おいしそうだね~。食べちゃおうかな~?」
「――――-――」
「……美月?」
応答がない。
いつもなら祐希の子芝居にも付き合ってくれるのだが……
どういうわけか目を見開いたまま固まっていた。
「美月、大丈夫?」
二度目の問いかけにハッとした表情をする美月。
「わ、わたし史緒里のところいってくる。そろそろ委員会も終わる頃だろうし――」
そう捲し立てながら祐希の返答も聞かずに教室から出て行った。
「あららら……どうしたんだろ」
尋常じゃない慌てようだった。
何か美月にとって重大な情報でも載っていたのだろうか。
そう思い再び画面へと視線を戻した。
「ん~、どれどれ……あ! 乃木坂市の通り魔について……」
犯人は乃木坂高校の男子生徒。
本名 山本洋介
年齢 十七歳
所在地 ○○県乃木坂市乃木〇〇-〇
「そんな情報はどうでもいいっちゃ。えぇっと~」
犯人の自宅から瓶詰で保管された六つの頭部が発見された。
DNA判定の結果、被害者六人のものと一致。
それらは壁付けの棚に並べられており、犯人が鑑賞目的でそのように配置したのではないかと精神科医は診断した。
尚、山本洋介本人は未だ黙秘を続けている。
「うわ~。洋介くんエグいなぁ……」
心なしか背筋に寒気を感じた祐希は滑るように隣の資料へと視線を移した。
『T国情勢』
世界時刻十二時。
南部にある第五王子の皇居にて爆発が確認された。
これにより第五王子ないし、第六・第八・第十二王子、第四・第七王女の死亡が確認された。
尚、犯人は不明。
第一王子派の攻撃ではないと、派遣されている民間軍事会社「フォーティーシックス」が証言している。
当局においても、その見解と一致しており……
(T国第五王子って、確か七瀬さんが教えてくれた――)
教えてくれた――正しくは七瀬の通信を傍受して盗み聞きした――
(あれ? 殺されちゃったの? ってことは、対立していた相手がいなくなったから内戦は終了かな?)
T国内戦。
日本からそう遠くない国の話だ。
彼の国の跡継ぎ問題は、たびたび日本でも取り上げられているほど。
祐希もここ何日かは精力的に情報収集に明け暮れていた。
そんなT国の内情だったが、思ったよりも早く終結したらしく、早々に彼女の興味から外れていくのであった。
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