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乃木編 8話

 この学校の窓はどういうわけか強化ガラスで出来ている。
 何かが起きた時用、つまり不慮ふりょの事態のための強化ガラスである。
 ただその割には警備力ないし防衛力が薄く、今回のような事態への対処が御座おざなりなのは見通しの甘さというところだろうか。
 政府直轄の学校といえどこの程度か。

 などと考えながら、

「――フッ!!」

 西野七瀬は腰にたずさえた愛刀――七瀬丸ななせまるを抜いた。
 窓ガラスへと袈裟斬りに抜刀したのである。

「――ア!?」

 驚愕きょうがくしたのは白人の男。
 視界の端に移る窓ガラス。そこに急に現れた切れ目――その延長線上に存在していた男の右腕が――
 拳銃を構えていたそれが、綺麗にスッパリと切り落とされたのだ。

「―ッォ!? ォオグ、アアア」
 
 痛みを抑える様に、肘から先が失なわれた片腕を掴む男。
 それを横目に七瀬は切り裂いたその窓を飛び越えた。 

 対峙していた美波と男。その間に割って入った七瀬。
 間に合った。というよりは、間一髪といったところか。

「な、七瀬さん……」

 と満身創痍まんしんそういの美波。肩と脇腹に、そして太腿に負傷が見られる。状況を察するに、美波がここまで戦い抜いてきたのであろうことが窺えた。

「うん。流石やね、ナナが見込んだだけあるわ。よう耐えたで」

 ”耐えた”と表現したのは相手の力量をかんがみたからだ。
 そうねぎらうように称えた七瀬である。

「あ、梅ちゃん!」
「梅!」
「美波っ」

 七瀬の登場で力が抜けたのか、へたる様に座り込んだ美波に駆け寄る祐希たち。

「大丈夫。ちょっと疲れただけだから……七瀬さん、後はお願いしてもいいっすか」

 珍しい。強気な彼女からは想像だにしない言葉だった。

「ああ、まかせときぃ」

 そう言って反対側の男たちを見据える。

 止血をし、麻酔でも打ったのだろうか。
 片腕を失ったばかりにしては余裕気よゆうげに体勢を立て直す男。

「ん~。悪くない。こういう痛みもいつぶりだろうか」

 違うようだ。ひたいにじむ大粒の汗。
 ただのやせ我慢か。もしくはマゾか。

「大佐――」

「いい。お前は手を出すな」

 大佐と呼ばれた男。一対一を望んでいるようだ。

「その腕でナナとやり合うつもり?」

「そのつもりだが?」

「なめられたもんや」

「――なぁッ」と飛び出す七瀬。
 地をうように重心低く。先手を打った。

「む!?」

 抜いた刀が男の前髪を浅く削ぐ。
 続けて返す――神速の刃。

「――チィッ」

 それをボクシングのダッキングの様に身を屈めてかわす男。
 さらに下がったその顔面へと七瀬の膝蹴りが迫る。

 その結果。
 驚いたのは七瀬の方だ。

「なっ」

 合わせられた――
 膝に向かって突き出された男の額。それらがガチッとかち合い、ぶつかり合った。

 反動で下がる二人。

「この石頭ッ――、――!?」

 言いかけて困惑したかのように言葉を失くす七瀬。
 まだ痺れる膝を抱えていた七瀬の顔面に向かって突き出されていた――赤が。否、赤く血がしたたる男の右腕がだ――
 切断された表面を見せつける様に、それが七瀬へと向いていたからだ。

 直後、男が唸る。

「むんッ」

「――んな」

 飛び散る血飛沫ちしぶきに咄嗟に目を瞑った。

(くそっ)

 しかし間に合わず――閉じた瞳の内側に飛び散った血液が入り込む。
 そのせいで思うように開かないまぶた

 そうして閉ざされた視界の向こうで、カチッと音がした。
 銃口が七瀬に向けられた音だった。


「――っはは!」

 男の笑い声。
 獲物を仕留めた――訳ではない。
 男にとって絶好のチャンス。

 そのチャンスを防がれた。

 眼を閉じていた七瀬が――、見えないはずの導線を彼女の刀が薙ぎいたのだ。
 男の持つ拳銃が、ズズズッと音を立てながら、下半分を残してずり落ちていった。
 見えずとも防いだ。七瀬の技量を褒め称えるように笑うのだった。

「……Greatグレイト

 ようやく視界が戻る。まだかすかに残る血を拭いながら七瀬は呟いた。

「ほんま、危なかったで」

「ふふ、素晴らしいグレイト……素晴らしいぞ」

「そりゃ、どうも」

「……嬢ちゃんガール、名前は?」

「……西野七瀬」

「ニシノ……ナナセ……」

「……」

「ふふふ。ふあっははあ!! そうか、ニシノ、ナナセ。ふふ、フハハハ」

「なんや? 頭いかれたんか?」

「いや、何。そうじゃない、ふふ。聞いたことがある名だと思ってな」

「ほー……そりゃ奇遇やな」

「む?」

「ナナも聞いたことがあるで、なぁ? ――アンドレイ大佐」
 

 アンドレイ大佐――界隈かいわいでは有名な名前である。
 元アメリカ陸軍所属の兵士で、当時の部下らと共に傭兵ようへいへと身を転じた男だ。
 残忍で狡猾こうかつ尚且なおかつ恐ろしく腕が経つ。
 彼らが請け負った任務は数知れず。たった数年で世界に名を知らしめた人物であった。

「フハ! そうか! 俺を知っているのか」

「有名人やでアンタ」

「お互いにな!」

 楽しそうに笑うアンドレイの後ろから、もう一人の男――ジョーン。この男もアンドレイ大佐の右腕として名が知られていた――が七瀬を警戒しながら上官へと耳打ちをする。

「大佐……今、連絡がありまして……、……と。そして……――、……」

 視線を七瀬に向けたまま報告を受けるアンドレイ。
 いくつかの言葉を交わし、悔しがるように顔をしかめた。

 そんな二人の様子を観察していた七瀬であったが、そろそろ仕掛けようと一歩を踏み出す。
 その時。

 ――ヴァッヴァッヴァッヴァッヴァッヴァッヴァッヴァ

 と轟音が鳴り響いた。

「なんや! うっさいなぁ」

 ヘリコプターの羽の音だ。校庭側から聞こえてくるその方向へと顔を向ける。
 
「新手?」

 と七瀬。言葉とは裏腹、内心ほくそ笑んだ。

(……間違いない。この音――会社うちのや)

 ただのヘリコプターではない。改造ヘリだ。
 魔改造されたこの音には聞き覚えがあった七瀬である。

 つまり、味方の増援を悟られぬようにと、咄嗟に演技したのだ。
 
 その音に驚いたのは相手も同じ。ただし彼らは演技などしていないだろうが。
 そうして通信機を片手に、

『俺だ! 聞こえるか? ――ぁ? どうした?』

 音にかき消されないように声を張り上げるジョーン。
 
『スナイパー? 何を言って――』

 刹那、ジョーンの持つ通信機が吹き飛んだ。
 続けてどこからか飛んできた銃弾が彼の蟀谷こめかみかすめる。

「ッ!? 大佐!」

 慌てて身を屈めるジョーン。
 それでも突っ立っているアンドレイに再び呼びかけた。

「大佐ッ」

「焦るな」

 一言そう呟くアンドレイ。
 

「ナナセ…………お前は神を信じるか?」

 こんな時に何を聞いているのか。答える義務などない。
 ただ問うたその顔がいたって真剣だったからか。

「……おるで」

 そう返していた。

「ほう……」

 僅かに上がる男の左まゆ
 対して、同じように吊り上がる七瀬の口角。笑いながら宣言する。

「ナナが――神や!」

 言葉と同時、全力で踏み込んだ。双方の距離が零へと変わる。瞬き程度の一瞬の内に――
 にもかかわらず背を反ってその刃を交わすアンドレイ。

「フハハ! ……見事」

 と、何かを地面へと叩きつけ、ボフッと白い煙幕が廊下をおおう。

「また会おう――ニシノナナセゴッドガール

「逃がすわけないやろっ」

 尚も追撃しようとした――その前方から”それ”が飛んでくる。

「――ッ」

 咄嗟とっさに後ろへと飛び退いて距離を取る。ちょうど美波たちが位置する真ん前へと。

 そうして、
 からんころんと転がる”それ”――手榴弾しゅりゅうだんを見据えながら刀身をさやおさめた――
 
 刹那、閃光が彼女たちを襲う。
 直後に轟く爆音。

「熱ッ!?」

 祐希の声だ。遅れてやってきた爆風が――熱を帯びて通り過ぎていく。

 視界を覆いつくす様に広がる白と黒の煙。
 それらが溶け合い灰色となって左右へと――まるでモーゼの十戒じゅっかいのように七瀬たちを避けていった。

  ――居合一閃。七瀬の刀が爆炎を切り裂いたのであった。



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