夏の境界線
「セミってさ、どうして鳴くか知ってる?」
後ろからそんな声が聞こえてきた。
蝉が鳴くのにはいくつか説がある。そもそも鳴くのは雄のセミだけだ。
その仕組みは、背中にある発音板『発音膜』を、発音筋を使って振動させることで音を出す。腹にある『共鳴室』という空洞で音が響かせ、一部発達してできた脚の下にある『腹弁』によって抑揚とリズムに強弱がついて……
「……だから、蝉によって鳴き方が違うんだよね」
などとうんちくを語っていたら、
「ふ~ん。って違うから、馬鹿!」
言葉と同時、後頭部にチョップを貰った。
「おまっ」
「そういうことじゃなくてさ! セミが鳴く理由はね……オスがメスを想って鳴くんだって」
「……ロマンチックだよね」と君は笑った。
「蝉にロマンスを感じられてもなぁ……」
僕は呆れながらも、自転車のペダルを強く踏みしめた。
「着いた……海だ……」
「きた~! う〜み〜っだぁ~!!」
疲れ切っている僕とは対照的に元気いっぱいのようだ。
君は走りながら器用にサンダルを脱ぎ捨てて、「わぁ~~」と海に向かって一直線に走っていった。
「○○もおいでよ、冷たくて気持ちいいよっ」
そう言って波打ち際ではしゃぐ君。
まるで蜃気楼のようにゆらゆらと。
ぼやけたその姿がえらく幻想的で。
どんな絵画よりも絵になっていた。
「ね~。そんなところで見てないでさ」
「あ、ああ……」
この時の僕は、どうやら夏の暑さにやられていたようで。
やっぱり、君には夏がよく似合う。
そんな小っ恥ずかしい事を考えていたんだ。
……
八月が始まった。
昨日まで聞こえていた蝉の鳴き声も、今は聞こえなくなっていた。
大雨が全ての音を掻き消していたから。
だから誰にも聞こえない。
何度も、何度も、大声で叫び続けるその声も。
土砂降りの中、一人立ち竦む僕の耳以外には…… ……。
……
「ミーンミンミンミンミンミーン」
僧侶の読経に合わせるかの様に蝉が音を奏でる。
いつもは五月蠅く感じるその声も、この日ばかりは侘しさを感じられた。
オスがメスを想って鳴く、か……。
痛いほどの陽射しを浴びながら、僕は天を仰いだ。
この大地と、限りなく広がる青空の――どこかにいるであろう彼女らへと。
願わくは、彼らの想いが届きますように。
七月の終わり――八月の始まり。
君がいた夏――いない夏。
そこが夏の――境界線。
こちらはアラカルトさんの企画作品(XのALT)のnote版です。
当時は死生観について考えていたこともあり、このような話を書かせて頂いた次第です。
また、地味にX投稿時間が八月一日の零時だったりと、変な所まで凝った作品でした。誰かしらに刺さっていたら、書き手冥利に尽きます。
ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございます。
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