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櫻編 19話

「どうして……、――どうして来たッ!!」

感情が高ぶった春樹は思わず語気を荒らげた。

その怒声に近い声にビクッ、と僅かに肩を震わせた麗奈。
ぎゅっと瞑っていた目をおそるおそる開け、春樹の顔を見やる。
そんな麗奈だったが――バッチィーン、という音に再度体を縮こませた。

音の鳴りて、夏鈴の右手が春樹の頬を強かに叩く。

咄嗟に右手を戻し胸の前で小さく握りこぶし作る。
細長の目がほんの少し吊り上がり春樹を睨みつけた。

「――馬鹿ッ!!」

唇を噛み締める夏鈴。
わなわなと震える肩に、彼女が怒っているのだと気付いた。

頬に感じる、じ~んとした痛み。
誰かに怒られたことなど久しくなかった春樹。夏鈴の目を見ることができず、顔を背けたまま黙り込んだ。

「……」

「……馬鹿だよ。春樹、本当に馬鹿ッ!」

 夏鈴の瞳から雫が一粒、頬を伝って地面へと落ちる。

「春樹が私たちを大切に思ってくれてるのは分かってる。でもさ……、私たちだって、春樹のこと大切に思ってるんだよ。少しは頼ってよ――馬鹿……」

そう言って春樹の胸にボスン、と顔を埋めた。

声を我慢するかのように胸の中で嗚咽する夏鈴。
小さく震えている彼女の肩を抱くこともできず、呆然としていた春樹に保乃が優しく話しかける。

「夏鈴がさ、気づいたんよ。春樹君の様子がおかしいって。何か隠し事をしてるって……。せやから、後を尾けて来ちゃった」

空からドローンでね、と舌を出して小さく笑った。

「うちら仲間やろ? 少なくとも保乃はそう思っとる。……保乃たちだって大切な仲間、皆を守れるように力を鍛えてきたつもりや」

「……」

「春樹君に守られるだけの存在じゃないんやで……。頼りないかもしれへんけど、ちょっとは信頼してほしい」

言われて顔を上げる春樹。

大丈夫。

と言っているかのように微笑む保乃の目も少しだけ赤くなっていた。
 

「一人じゃないよ」

その言葉のする方へ自然と顔が向いた。
見られて恥ずかしそうにはにかむ麗奈。
こんな時でもその笑顔はとびっきり輝いて見えた。


(ああ……、俺は本当に馬鹿だな。なんにも分かってなかった。……夏鈴も保乃も、麗奈だって……、俺なんかよりずっと強い)

(俺はただ強がってただけの、なんでもないただの餓鬼だ――)

憑き物が落ちたように力なく笑う春樹。
 
(一人じゃない……か)

彼の中で何かがストン、と落ちた――ような気がした。

そして、ゆっくりと夏鈴の肩に手を置いてやさしく抱き起した。

「悪かった」

「……ううん。私も、ごめん」

至近距離で見つめ、頷き合う。

それ以上言葉はいらなかった。
  

先ほどまで鳴り響いた破壊音が聞こえなくなっていた。
いつまでもうかうかとしていられる状況じゃないようだ。

「春樹君はどうしたい?」

保乃に問われて、己の手を見つめ強く握りしめる。

「俺は……アイツを」

「うん」

「ぶっ飛ばしたい」

ただそれだけ

それだけでいい

この拳で、野郎を打ち倒す。

今までだってそうしてきた。どんな相手も、時には荒事に長けている相手とも戦ってきた。
そのどれにも負けたことがない。
それだけは自信があった春樹である。

 
「れなも殴るよ! えいっ! えいっ!」

と、手をグーにして突き出した麗奈。可愛らしく正拳突きをし始める。

そんな姿に――ップ、と思わず吹き出す保乃ら。

「ふふ、れなぁがやるんなら保乃も一発いれようかな」
「……私も、私も殴る」

鼻を啜りながらも宣言する夏鈴。
 
四人、新たに決意する――戦うことを。
こうして九条との闘いの第二ラウントが幕を開ける。


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