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もしも戻れるとしたら『何歳の頃に、戻りたいのか?』(改) 


「めっちゃ馬鹿じゃん」

 後ろから答案用紙を覗き込まれた。
 何故だか無性に腹が立ったから、

「天より頭いいから」

 そう言い返した。

 ”山﨑 天”

 小中高と同じ学校で同じクラスの女子。いわゆる幼馴染。
 十一年間ずっと僕の後ろの席。

 くじ引きなのに偶然にしては出来過ぎている。

「へっへ~ん」

 自慢げに胸を張って点数を見せてきた。

 負けた……。

 それに成長している。どこがとは言わないけど、あきらかに成長している。

「〇〇? ……どこ見てんの?」

「ば、な、何が? どこも見てねーし!」

 慌てる僕。

「動揺しすぎでしょ」

 楽しそうに笑う天。

「……ちょっと、五月蠅いから」

 不機嫌な横の人。
 机に突っ伏して寝ていたから顔に跡がついている。ちょっとだけ涎も見えたけど、言わないでおこう。

「夏鈴はどうだった?」

 天はこれ見よがしに点数を見せつける。
 ドヤ顔がウザかったのは僕だけなのか。

「……ん、これ」

 瞼を擦りながら夏鈴が解答用紙を手渡した。

 ”藤吉 夏鈴”

 もう一人の幼馴染。
 理由は分からない、本当に分からない。彼女もずっと隣の席だ。

「……すごっ」

 え?

 思わず天から奪い取った。

「66点……」

「私は勉強してたから……」

 いやいや、あなた授業中――

「嘘嘘!! 夏鈴ずっと寝てるじゃん」

 うんうん、起きてる時の方が少ないくらいだ

「今回は本当に勉強したの。……私たち今年は受験生でしょ?」

「っう……」

「○○軍曹、む、胸が、胸が苦しい。衛生兵を……」

「奇遇だな、僕もだ。山﨑一等兵……ガクッ」

「む、○○二等兵……。死ぬなー! ――ガクッ」
 

 ガララと扉を開ける音が聞こえた。

「馬鹿なことやってないで帰るよ……」

 怖いくらい冷めた目をしていた。

 慌てて追いかける天。

 机に足をひっかけた僕。

 振り返る君。

「○○って、本当に馬鹿だね」

 ――そう言って笑った君の顔が、頭から離れなかった。






「先輩って、付き合ってるんだって」

 廊下で男子と楽しそうに話している”先輩”を見て、天が呟いた。

 先輩こと”守屋 麗奈”

 この学校で、いやこの街で一番の有名人だ。
 知らない人はいない。彼女が歩けば皆が振り返る。
 色白で芸能人顔負けの整った容姿。
 僕も密かに憧れていた。

 相手はサッカー部のキャプテンか。お似合いだ。

「……○○?」

「ん、なに?」

 目が合う。

「んーん。別に、……何でもない」

 たぶんバレているんだろう。告白も出来ずに振られた愚かな僕のこと。

 だけど僕にもバレている。

 君が僕をずっと見てること。
 授業中も、友人と会話してる時も。

 嫌な訳じゃない。
 でも、この関係性を壊したくなかった。
 だから気づかないフリをするんだ。
 いつかくるその時まで。

「でさー。駅前のさ、……がね――」

 ほら、今も見てる……。

 横目でちらちらと。
 僕がそっちを向くと、慌てたように視線を逸らされる。

 何故だろうか、胸がぎゅっと締め付けられた。





 この日は朝からずっと動悸が激しかった。

「大丈夫? 顔色悪いようだけど」

 隣の席から心配そうにこっちを見ている。

 めずらしく今日は寝ていないんだね。

「大丈夫。たぶん寝たら治る。……おやすみ」

 そういって机に突っ伏した。
 日差しが心地よい。深呼吸を繰り返していたら、だいぶ良くなってきた。

 ふと、誰かが僕の背中に文字を書きはじめる。
 後ろの席にいるのは天だったから、彼女が書いているのだろうと僕は思った。

【 か り ん 】

 夏鈴? どういうことだろ? 
 天じゃなくて夏鈴だったのかな? 

 でも、自分の名前を? 何のために?

 訳が分からなかった。

 また少し動悸が激しくなってきた。

 ゆっくり息を吸って、呼吸を整える。

 どうしてだか、これ以上考えるのが怖くなった僕は、逃げるように眠りへと落ちていった――




「……であるからにして」

 ……ん。

 目が覚めた。
 どうやらまだ授業中のようだ。

 古典の土田先生は寝てる人に寛容だから、寝ていても何も言われない――いい意味で捉えたらだけど。

 横の席の夏鈴も寝ているようだ。
 天はというと、頬杖をついて窓の外を見ている。

 あ――

 その横顔から――その表情から目が離せない。
 僕の知っている天じゃないような。

 初めて見る。

 そんな真面目な顔もするんだね。

「……ん? ふっ」

 僕に気づいたようで、不適な笑みを浮かべる天。


 そんな彼女がやけに遠くに感じられたのだった。



 夏鈴と二人きりの帰り道。天は用事があるからと走って帰っていった。

 僕はというと、

「○○、大丈夫?」

 収まったはずの動機がよりいっそう激しくなっていた。
 脂汗が止まらない。胸が苦しい。

 心配そうに僕を見ている夏鈴。

 そんな夏鈴の顔を見るのが何だか怖かったから、目を合わせないように地面を見つめた。

「大丈夫。……大丈夫だから」

 大丈夫。
 そこの角を曲がった先はもう家だから。

 大丈夫。

 ――大丈夫? 本当に?

 その曲がり角、
 

「大丈夫?」

 僕は胸を押さえて蹲った。

「ちょ、○○!? わ、私、先に行っておばさん呼んでくるから……」

 ダメだ。
 苦しい、息ができない。

 違う……

 そうじゃない。

 ダメだ。

 かり――

 ――車のブレーキ音がした。
 
 そのすぐ後に、何かがぶつかる鈍い音がした。







 夏鈴が死んだ。僕の目の前で即死だったらしい。
 そこからの記憶があんまりない。
 おばさんが崩れるように泣いていた。

 たぶん、あれは告別式だったのかな……。


 三人でよく遊んだ公園で空を見上げる。
 雲がかかって星一つ見えない。

 まるで僕の心のようだった。

 


 雨が降ってきた。



「何してるの?」

 気が付いたら天がすぐ横にいた。

「天か……ってずぶ濡れじゃん!?」

 ――ぁ。

 こんな時にって思ったけど、仕方がない。

 思春期の男子だから……

 天のブラウスが透けて下着が見えている。

 黒か……っていけない、いけない!

 釘付けになっていた視線を天の顔へと戻す。


 ――え?

「それは○○もでしょ?」

「え?」

「だから、ずぶ濡れじゃん! ○○も! ……何? どうしたの?」

「て……ん……?」

「はぁ? どっからどう見ても天ちゃんでしょ!?」

 そうなんだけど……

 そうじゃない。

 目の前にいる天が、僕の知ってる天じゃないような気がしたんだ。

 雨の中、唾を飲み込む音だけが、やけに大きく聞こえていた。



「……○○さ」


「ひょっとして、――思い出した?」

 そう言って、僕の額の上に手を置いてく天。

「思い出したって、……なにを?」

 心臓が五月蠅い。
 雨の音が五月蠅い。
 
 それでも、なんとか聞き取れた。

 ――その言葉を。

『     、      ?』

 その瞬間、僕の中を何かが駆け抜けた。そうして、目の前が真っ白になった――




 


 それは五回目の夏鈴の命日。
 ひさしぶりに天と出会った。

 夏鈴が亡くなってから、逃げるようにしてこの町を去った俺。

「久しぶり……」

「綺麗になったな」なんて、気のきいたセリフも言えなかった。

「この花、毎年添えてくれてたでしょ? 夏鈴の好きだった花だよね」

 気づいていたのか。

「きっと喜んでると思うよ」

 そう言って笑った顔がとても悲しそうだった。

「久しぶりに話さない?」

「……そうだな」

 俺の顔もたぶん同じだったんだろう。



 子供の頃は入れなかった近所の居酒屋。

「どこに住んでるの?」

「仕事はどう?」

 なんて取り留めのない話を酒の肴にしていた。

「……あれから、何してた?」

 その質問をされた時の俺は、露骨に嫌な顔をしてたんだろう。気まずそうな顔をさせてしまった。


「何も……。何もしてない。ただ起きて、飯食って、寝て、また起きて。死んでるようなも――ぁ、……ごめん」

 口を滑らせた。

「そっか。……わたしも、何もしてない」

「そうか……」

 残っていた酒を一気飲みする天。
 おもむろに立ち上がると、思いつめた顔をして、

「もしも、もしもね。やり直せるとしたら……、過去に戻れるとしたら……どうする?」

 なんて聞いてきた。

 やり直せる? 戻れる?

 そんな事ができるなら、

「そりゃあ、やり直したいよ」

「うん……。そう言うと思った」

 何の質問だったんだ?

 不思議に思った俺。

「天?」

 しばらく見つめあっていた。



「今から、質問をするから答えてほしい」

「いいけど、な――」

 人差し指が唇に触れる。

「あー、口には出さなくていいから」

 じゃあ、どうやって答えるんだ。

 なんて質問も、真剣な顔に負けて取り下げた。

「頭でよく考えて答えを出してほしい」

 そのまま俺の額の上に手を置いてきて、

「○○……」

 悲しそうな、それでいて力強い目で天は告げた。

「もしも戻れるとしたら何歳の頃に、戻りたいのか?」

 と。
 
 何歳? そんなの決まってるだろ。
 
 俺は――

 




「――ッ!」

 気が付いたら勢いよく立ち上がっていた。

 何事かとクラスメイトが振り返る。

「おい~○○~。騒ぐんだったら廊下に立たせるぞ~」

 授業を妨害する行為には厳しい土田先生。

「すいません、なんでもないです」

 皆にも謝りながら、俺は席に座り直した。


 ふと、背中に当たる指の感触。
 振り返って伸ばされていた――天の腕を掴む。

「やっぱり天だったか」

「……○○」

 理由を聞いてみようと思ったけど、隣から感じる視線に居たたまれなくなってその手を放した。


 高二の終わり。
 新しい季節の始まり。

 やり直すなら、今日しかない。



 

 夏鈴と二人きりの帰り道。
 今回は、脈拍が落ち着いている。

 ”分かってる”

 だからだろう。

「ぇ? ちょっと、○○?」

 夏鈴の手を引いて脇道に入る。

「ちょっと遠回りしていこう。喫茶店見つけてさ」

 なんて嘘だ。

 ごめんな、でも埋め合わせはするから。

「うん。……へへ」

 手が繋がったままだからか。ポーカーフェイスを気取っているけど、俺にはわかる。

 この顔はめちゃくちゃ照れてる。

 
 俺まで顔が熱くなった。



「あ、すいません」

 細い道だから避け合うようにすれ違う。

 謝罪もなしか……。

 


「――え?」

 なんだ……。

 お腹が熱い。

「痛ぇ……」

 添えた手が真っ赤に染まる。

 あ、ダメだ……。

 立っていられなくなり、俺は膝から崩れ落ちた。

 倒れる俺を夏鈴が支えてくれたんだと思う。

「――? ――ッ!! ……、――〇……!!」

 何て言ってるのかわからなかったけど、泣いているのだけは分かった。

 ごめん、夏鈴。埋め合わせはできそうにな――

 



「――夏鈴!!」

 自分の声に驚いて目が覚めた。

 ここは、俺の部屋だ。

「おはよ。大丈夫?」

「――て、ん?」

「そうだよ、天ちゃんだよ」

 それは分かってる。知りたいのはそういう事じゃない。
 
 どうして俺の部屋にいるんだ?

 何てこともどうでもいい。

「天……、お前、どうしてブレザーなんてきてるんだよ」

 暑いからって、最近は着てなかったのに。
 それにその顔だ。

 なんで、そんな悲しそうな顔をするんだよ……
 

「どうしてって、今日は――――お通夜だから」

 通夜? 誰の?

「……俺の? 確かに、刺されたんだけど……」

「はぁ!?」

 あ、違うのか。

「なに馬鹿な事言ってるの!! ――って、あーーーーーーー!!」 

 と、突然どうした?

「そういう事か!! だから……! もうッ――」

 おい、頭を掻きむしるな。
 長い髪を整える夏鈴の役目にもなってみろ。


 ……あれ? そういえば。

「夏鈴はどこにいるんだ?」

 天の動きが止まった。

「……〇〇の記憶では刺されるのは○○なんだね?」

 俺の記憶では?

「ど、どういうこと?」

「……○○、よく聞いてほしい」


 夏鈴が刺されて死んだらしい。
 それも、俺を庇って。

「なんで? そんなことになってるんだよ……」

「……いや、でも――そんなこと……」

 ブツブツと一人で考え込み始めた天。

 どうした? 何に気づいた?

「……○○さ」

「な、何?」

「思い出してるよね?」

 ――ああ、そうだ。

 俺は思い出していた。

 何もかもを――


「……思い出してるよ……天に過去に送られたってことも、夏鈴を助けるために戻ってきたってこともな」

 そう、助けるはずだった……。

「――そっか。……やっぱり、思い出してたんだね」

 力なく笑う天。

 それも一瞬。
 すぐに、真面目な顔に切り替わる。

「○○さ、また過去に戻れるかもしれないって言ったらどうする?」

 な!?

「出来るの?」

「……うん。で、でも……」

「でも?」

 どうした? 何が問題なんだ?

「もしもしたら、○○が……」

「俺が?」

「死んじゃうかもしれない」


 ――は?


 ……なんだよ。


 そんなことか。
 


 この五年間。
 夏鈴を失ってから毎日が灰色だった。
 正直、何度も死のうとした。

 だから、

「夏鈴が助かるのなら、――俺の命くらいくれてやるよ」

 それが、俺の本心だった。

 だから……そんな悲しそうな顔しなくていい。笑って送り出してくれ。

 そうして、再び過去に戻る。

 あの日へと――
 






「――ッ!!」

 肩を揺すられて目が覚めた。
 また俺の部屋だ。

「あ、起きた?」

 ……天か。

 心なしか目が赤い。

 ……。

 またここに戻ってきたということは……

「どうなった?」
「どうなったの?」

 シンクロした。

「……」

「……」

「……私から言うね」


 夏鈴が看板の下敷きになって死んだらしい。
 しかも、俺を庇って。

「なんでそうなるんだよ!!」

 思わず大きな声が出た。

「あ、ごめん……」

 驚かせてしまった。

「……ま、○○の方は?」

「俺は……事故に合わないように道を変えた。もちろん、刺されないように駅前の方へ。そこで……」

「そこで?」

「……」

「落ちてきた看板から夏鈴を庇ったの?」

「……正解だ」

 思案顔の天。
 やはり、何かに気付いているようだ。

「聞かせてくれ。何が起きてるんだ?」

「……夏鈴はさ、――その未来を拒否したんだよ。というより過去に戻って○○を庇ったんだと思う」

「ん??」

「私には見ることができないけど――夏鈴ならきっとそうする」

「待ってくれ、え? 夏鈴が? 過去に?」

「……私にはね、分かるんだ」

「それって――」

「夏鈴も私と似たような能力を持ってるんだよ。というより、○○が死んで能力に目覚めたんだと思う。それがトリガーだからね」

「……」

 理解が追い付かない俺だったが、とりあえずは天の言ってる事をそのまま受け止めることにした。
 実際、天の力で過去に戻ってきた訳であるし――と。


「……トリガーか」

「……○○を失うなら、自分が死んだほうがいいって思ったんだろうね」

「……」

「たぶん、あの子さ。……何回助けたとしても、何度過去に戻ったとしても、最後には自分が――」

 言葉に詰まる天。
 だから代わりに答えた。

「自分が犠牲になって、俺を救う……か」

 助けたとしても助けなかったとしても、どちらにしろ夏鈴が死んでしまう。
 なにをしても夏鈴がいない未来に……

 ふと夏鈴の笑った顔が思い浮かんだ。

 仲良く泥だらけになって、馬鹿笑いしてる顔。

 天とふざけている俺を見て、苦笑いしてる顔。

 欲しかった本をようやく見つけて、すごく嬉しそうに笑った顔。

 ふいに目が合って、恥ずかしげに、はにかむ顔。

 ちくしょう……。

 もう見れないと思ったら、涙が止まらなかった。


 

「後ね。○○は事故の後から酷く憔悴してて、部屋について泥のように眠るんだ」

「それで今起きたってこと?」

「うん。目が覚めた○○は、夏鈴が過去に行く前の記憶のままになってるんだよ」

「なんで?」

「たぶん私のせい。……説明すると長くなるんだけど――」

 
 天曰く、

 一
 天一人では過去に戻れないが、対象と一緒なら戻ることができる。

 二
 戻るには、対象の強い思いの力がいる。後悔や失敗。
 その一瞬をやり直すという強い覚悟が。

 三
 天自身は、そのやり直したい事象に立ち会うことができない。
 それが制約――万全な力ではない。

 四
 対象はそれまでの記憶を保存する。
 脳ではない、別のどこかへ。


「記憶の保存……。夏鈴に庇われて生き残った俺の記憶が、保存した記憶に塗りつぶされたってことだな?」

「そうだね。それは絶対なんだと思う」

「そうか……」

 逆に良かったかもしれない。そう何度も夏鈴が死ぬ所なんて、耐えられそうにない。
 想像しただけで、

 ――ああ。

 動悸だ。

「大丈夫?」

「ごめん、ちょっとだけ、――っふう」

 収まれ……収ま――あれ?

「天さ……」

「え? なに?」

 そもそもの話だ。

「どうして、救った先々で死ぬことになるんだ?」

「それは……」

 天の顔が強張った。

「二人で生き残る方法が――」

 なにか――


「ないの!!」

 めずらしく大声を出す天。
  
「……ないの……誰かがあそこで必ず死なないといけない。……運命なんて言いたくないけど、それだけは覆せない」

 は? 運命?

「なんだよそれ……」

「ごめんね、どう説明したらいいか分からないんだけど……、わたしは、観測者だから……。そういうのだけ分かるんだ……」

 天の目に涙が溜まる。

「戻ってくる前はそんな事知らなかった……。○○か夏鈴どっちか失わないといけないなんて……、知らなかったからッ!!」

 ああ、なにやってんだ……俺の馬鹿野郎が……。

 目の前の天を、今の天を見てあげれていなかった。

「――天」

 思わず抱きしめていた。
 これ以上、天の悲しそうな顔を見たくなかったから。
 どんな能力を持っていたって、こんなにか細い女の子だ。
 俺の大切な幼馴染だ。

「俺もごめん。……背負わせちゃってたんだな」

「――ッ!! ぅ、ぅう――」

 泣かせてしまった。

 ああ、やっぱり俺は馬鹿だ。





 通夜が終わった。
 まるで眠っているようだった。
 今度はしっかり記憶に焼き付ける。思い出す必要もないくらいに。


 二人であの公園に来た。
 今日は晴れているけど、夜はまだちょっと寒かった。

 ベンチに腰を掛ける。

 

 
 俺たち――僕たちはずっと一緒だった。小学校の入学式からずっと。
 ここまで仲良くなれた友達なんて他にはいない。
 たぶん、これからもできないだろう。

 そう思ってた。

「……」

 二人して空を見上げる。

 あぁ、ダメだ……やっぱり……星が見えない。


 
「はい。暖かいやつにしたよ」

「ぁりがと……」

 手を温める天。

 そういえば、三人でよく一つの缶で温め合うなんてこともした。
 学生の少ないお小遣いを出し合って、一つの缶を取りあった。

 子供の頃の懐かしい記憶だ。

 それが……三人だったのが二人になっちまったな……。

 

 ん? 三人が? 二人に……。

 そうだ。そうだよ……夏鈴を助けられるかもしれない。

 まだ可能性がある。

「天……。たぶんだけど、一つだけある」

「え?」

 そう一つだけ。

 俺は、天に説明してみた。肝心な部分は濁して。

「た、確かに。でも待って、それじゃあ!!」

「大丈夫、覚悟は出来てる。……夏鈴は救う、それだけは絶対に」

 目を見開く天。

 大丈夫。悲しませることはしない。

「そっか。……うん。ちょっとまってね。覚悟がいるから」

「覚悟? 天にも?」

「そりゃそうよ! 簡単に過去に戻せるわけじゃないんだから!」

「そ、そうか」

「ふぅーー……よし!」

「……俺はいつでも大丈夫」

「本当にいいの?」

「うん」

「また明日とかでも」

「明日になって、覚悟が揺らいだら困る」

 揺らがないけど。

「そっか……」

 納得してくれたかな?

 俺の目を見つめる天。

 俺も見つめ返す。その顔を忘れないように。

 
「じゃあ、いくよ」

 天が手を伸ばしてきた。

「○○、考えてみて。……もしも戻れるとしたら」

 そして、俺の額に触れる。

『何歳の頃に、戻りたいのか?』

 考えろ。あの頃の事を。そして、今日まで事を。

 どこかに保存されるなんて関係ない。 

 この記憶を忘れずに、保持したまま――

 
 薄れゆく意識の中、天の頬に触れる。

「ありがとう、天」

           
「――さようなら」






 ――そうだ。

 今日は、小学校の入学式だ。三人が出会った日。

 俺はこの日に戻ってきた。

 そして、仮病を使って学校を休む。

 天と、
 夏鈴と、
 出会うはずだったあの入学式。

 俺たちが仲良くなるきっかけを、

 ”なかったこと”にする。

 これで一人だ。
 これでいい。



 小学一年生。

 おとなしい夏鈴は一人でいることが多かった。
 子供の頃から天真爛漫な天はすぐにクラスの人気者になる。
 俺は地味なただのクラスメイト。


 小学二年生。

 天が夏鈴を誘ってグループの仲間にした。
 二人が仲良く遊んでる姿を見て、涙が出そうになった。


 小学三年生。

 天が木から落ちて怪我をした。
 一緒になって夏鈴が泣いていた。

 ああ、似たようなことがあったな、繰り返すんだな。
 

 小学四年生。

 ずっと席順が同じ俺たち。
 天が「運命じゃない?」て、話しかけてくれたけど。
 俺は無視をした。
 悪かった。子供のお前にそんな顔をさせたくなかったのに。


 小学五年生。

 夏鈴の顔をちらちらと盗み見してた。
 偶然、視線が合い、慌てて逸らす。
 夏鈴は不思議そうな顔をしてた。

 ははは、今度は俺の方だったか。


 小学六年生。

 名前順ではない、くじびきのはずなのに。
 また同じ席順だった。
 こればっかりは、謎が解けないままなのか。


 中学一年。

 女子のグループ分け。仲のいい子、部活が同じ子で次第に別れ始める。
 運動部に入った天と文化部の夏鈴。
 いつのまにか二人が話すことも少なくなっていた。
 どうしようもないことだけど、俺の方が寂しい気持ちになった。

 

 中学二年。

 体育祭で活躍する天。クラスのヒーローになる。
 実行委員になった夏鈴。淡々と実況してる姿が新鮮だった。
 俺は、肉離れを起こした。体は子供のはずなのに。


 中学三年。

 修学旅行は沖縄に行った。
 三人で海で泳いだ記憶がよぎる。部屋で一人泣いた。


 高校一年。

 こんなに、可愛かったっけ?

 二人の学生服姿に見惚れていた。
 もちろん、影からこっそり。我ながら気持ち悪い。



 高校二年。

 驚いた。
 天が授業をしっかり聞いている。
 夏鈴が寝ずに授業を受けている。
 大学受験するらしい。
 まるで親になったような気持だった。二人が誇らしかった。






「――藤吉!!」

 放課後、夏鈴を呼び止めた。

「担任が呼んでる。職員室に来て欲しいって」

 仕向けたのは俺だけど。

「……そう。ありがとう」

 すれ違うとき、まじまじと見てしまった。
 だからか、不思議そうに見返しくる夏鈴に慌てて、

「じゃ、バイバイ」

 と逃げるように廊下を曲がった。
 その後ろから「バイバイ」って、聞こえてきた気がした。



 校門から出る時にグランドで走ってる天を見つけた。

 「大会がんばれよ」

 そう小さく呟いた。
 応援にはいけないけど。
 活躍を願ってる。



 

 思えばこの十一年は長かった。
 それでも、一日一日を大切に生きた。

 話す機会はほとんどなかったけど、

 元気に遊んで。
 楽しそうに笑って。
 そして、綺麗になって。

 そんな姿を見せてくれて、ありがとう。
 今の二人に伝えてもしょうがないけど、昔の俺と一緒にいてくれてありがとう。

 感謝しかなかった。
 後悔もなかった。
 楽しかった。
 本当に。

 そろそろだ。
 あの角を曲がったら俺は死ぬだろう。
 でもいいんだ。
 これでいい。

 走行音が聞こえてきた。
 予想以上に心が落ち着いている。

 よかった……覚悟がぶれなくて。
 

 そうして、一歩踏み出した。

 
 ――え。

 後ろから――

 誰かに襟首を掴まれ、そのまま引き倒された。

 そして、すれ違うように飛び出す彼女。

 その見慣れた後ろ姿に、思わず手が伸びた。

 ポニーテールに指が触れる。

 ただ、それだけ。

 ああ、そんな――


 嘘だ。

 そんなわけない。

 
 やめろ!


 やめてくれ!
 

 どうして――
 

「――天!!」

 俺の声に振り返る天。



「○○ってさ、やっぱり馬鹿だよね――」

 って。

 それが――最後に見た、君の笑った顔だった。


 そう。

 俺はやっぱり馬鹿だ。

 天も記憶を持って過去に来た可能性を――忘れていたんだ。

 本当に、馬鹿だ。

 
 十一年、天がどんな思いで生きてきたのか。
 
 全て分かった上で俺の行動に付き合ってくれていたのだろうか。

 そして、初めからこうするつもりだったのか。
 

 もう一度戻れるとしたら……俺はどうするのか?


 何度、考えても答えは出なかった……



 


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