櫻編 17話
「春樹っ」
病院の待合室に座っていた藤崎春樹は、自らを呼ぶ声に面てを上げた。
「……夏鈴たちか」
思わぬ来訪者に少しばかり驚く。
「どうして来たんだ……。明日も仕事だろ?」
「何言ってるの春樹くん! 連絡くれないから、マネージャーさんに教えてもらった時驚いちゃったよ」
慌ててきたからお化粧も中途半端だし、と少し怒っている麗奈だ。
「そんなことより、静江さんの容体はどうなん?」
最近お世話になっていた知人の容体が気になるようで、心配そうに治療室を覗く保乃。
「命に別状はないみたいだな。……ただ煙を大量に吸い込んだようでしばらくは目が覚めることはないだろうってさ」
投げやりに答えた。
そんな春樹の横に腰を下ろし、その顔を覗き込むように夏鈴が尋ねる。
「その腕……、怪我したの?」
「腕? あぁ……助けるとき火傷したみたいだな」
「大丈夫?」
「大したことない」
無意識に包帯を巻かれた腕を摩る。
「そう……。これからどうするの? 住むところとか」
「金ならある、まぁしばらくホテルかな。それから……静江さんが回復できたら次の家を探す予定だ」
実のところ、春樹の助けが少しでも遅かったなら危なかったと医師は判断している。
春樹も彼女たちには余計な心配を掛けたくなかった為、マネージャさんにしか連絡していなかったのだが……
この日の春樹は疲れからか精彩を欠いていた。
「わたしにも何か出来ることがあったら言ってね。春樹くんだって大変だろうし! さ、寂しかったりしたら、れなの家に泊まってもいいからね」
「あぁ……悪いな。もしなんかあったらそん時は頼むわ」
「う、うん」
春樹にしてはやけに素直だった。
(……あれ? ん~、何だろう? 春樹だったら『麗奈に心配されるほどじゃねぇよ』って……。そう返すよね)
じ~、っと横顔を見つめている夏鈴に気づいていないのか、無言のままただ前を向く春樹。
「大丈夫?」
問いかけられるも、どこか心ここにあらずのようだ。
「春樹?」
「ん? あぁ、悪い。大丈夫だ問題ない」
「疲れてるんやろ? 一度ホテルで横になった方がええんちゃう? 保乃たちが静江さんのことは見とくから」
「うんうん」
「いや……。大丈夫。今日は病院に泊まる予定だから……、それに静江さんも今日どうこうなるってわけじゃない」
「そ、そうやけど」
「明日の仕事に支障がでないうちにお前たちはもう帰れ……」
「春樹……」
すっと立ち上がる春樹。
「どこ行くの?」
「ちょっと外の空気吸ってくるわ」
「わ、わたしも」
「――悪い、ちょっと一人にさせてくれ」
「ぅ、うん」
「……。わざわざ来てくれてありがとな。遅くなる前に帰れよ」
そう言い残し、なにか思いつめたような表情で去っていった。
「大丈夫かな?」
「ちょっと春樹君らしくなかったね。……まぁでも保乃たちがあんまり言うのも春樹君は好きじゃないだろうし、頼られるまで見守るのがええのかもね」
それが保乃の中での春樹像だ。
春樹は自分のことはあまり話さない、弱みを見せたこともない。
彼が頼ってくる姿も想像できなかった。
「……保乃たちも帰ろか。れなぁって朝早いんじゃなかった?」
「うん。でもね、夕方に少しお昼寝してたからまだ大丈夫だよ」
「そっか。……ん、夏鈴? どうかした?」
一人、ぼ~っとしていた夏鈴が気になった保乃。
考え事をしていのかその呼び声に無言で見つめ返す夏鈴。
「うん? どうしたん?」
「……、うん」
「うん?」
「……ううん、何でもない。たぶん気のせい」
「気のせいって?」
「春樹の様子、なんか変だったなって……」
「いやいや、だから今そのこと話しったやんか?」
「……ぇ? うん……、そうだね」
なんとも歯切れの悪い返答だ。
「夏鈴ちゃんどうしちゃったの?」
「ごめん、私もよく分かってなくて……」
……ごめん、ともう一度呟いた。
(春樹君も夏鈴も一人で考え込む癖があるからなぁ)
どうしたことかと考え込むも、答えが出ない保乃。
む~ん、と暫く悩んではいたものの諦めて傍らで未だ考え込む夏鈴と麗奈に帰宅を促すことにした。
「まぁ、ええわ。とりあえず今日は帰ろっか」
「そうだね」
「うん……」
そうして病院を後にする三人であった。
数時間前。
燃える自宅から侍女の静江を救いだし、病院に搬送後の事。
「これ。先ほどお知り合いの方から渡してほしいと頼まれまして」
と、看護師から手紙を預かった春樹。
受け取りすぐに内容を確認して、そのままぐしゃりと握りつぶした。
『今夜二十二時 四番地 一の八にて待つ』
そして二十二時現在。
四番地 一の八
街から少し外れた所に位置するそこは、スクラップ――廃車置き場である。
誰もいるはずのないその場所に、たどり着いた春樹をとある人物が迎え受ける。
「ほぉ~? 一人で来たか」
「……俺を呼んだのはお前だろ? 一人ってどういうことだ?」
声の方へと見上げる春樹。
「くくっ。とボケんなよ、分かってるんだろ? 俺が何者なのか」
「……イルミナティか」
「ッカ! 煽り屋の野郎、口が軽いなぁ。組織の名をぺらぺらとよぉ~」
積み重なった廃車の上から春樹を見下ろすその男。
逆立てた金髪が闇夜に煌めく。
口角を上げてニヤリと笑うと、躊躇なく飛び降りた。
音もなく着地をしたその男に警戒する春樹。
そんな春樹を指さして男が告げる。
「くく、ずっと見てたぜ~。どうやらお前が一番楽しめそうだからなぁ」
「ぁ? っち。見られてると思ってたが、てめぇだったか」
保乃と出かけた時に感じた視線の正体――それが目の前の男だった。
「いいねえ~。運動能力も良ければ、洞察力も良いときたもんだ」
(運動能力だ?)
「昼間の事故もてめぇの仕業か?」
昼間の事故、愛季に落ちてきた足場の事だ。
あまりにも不自然なタイミングで揺れだして、ちょうどよく愛季の真上へと落下しだした鉄骨。
偶然に起こった事故だとは考えていなかった春樹である。
その言葉に嬉しそうに笑う金髪の男。
「くくっ、察しがいいなぁ。その通りだぜぇ。そして……お前の家を焼いてやったのも、――この俺だ」
――途端、春樹の体が沈む。
ドンッ、と音が聞こえると同時弾丸のように飛び出した。
ぶん殴る
この野郎を殴り飛ばす
それだけを考えて、目標との距離を瞬時に縮める。
その瞬間、
「――ッガァ!?」
苦悶の声を上げた。
地面に張り付けにされたかのように大の字に倒れる――春樹だった。
「……、ぐ、……ぁ?……、……て、てめぇ」
「ぉお? いいなお前! その状態で喋れるのか?」
何かに押しつぶされるような圧力を背中に受けつつも、なんとか顔を上げげる。
「……、ぐ、ぅ、……組織は、ッぁ……、手を引いたんじゃ、……なか……ッのか」
「くくっ。間違ってねえぜ。組織は関係ねぇんだよ」
「……、ぁ?」
「これはなぁ? 俺の趣味さ――弱いものイジメってやつだ」
その男、月明かりに照らされ獰猛な笑みを浮かべるのであった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?