蛹は羽化して、 弐
全国大会を明後日に控えた最後の練習日。
「凪紗先輩、どうぞ」
「ん、ありがと~!」
後輩の遠藤理子がタオルを持ってきてくれた。
「あ、あとこれ――」
「え? 私に? いいの?」
「はい」
理子から小さな小包を受け取る。
なんだろう?
軽い……あっ、これ――
「えっと、ボロボロになったって仰ってたので……」
「……ふふっ」
「凪紗先輩?」
「実はね、私からも理子に渡したい物があって」
「え、そんな! 私にですか? 畏れ多いです」
「なにそれ(笑)そんなこと言わずに受け取ってほしいな~」
「凪紗先輩がそう仰られるなら……」
「ふふ。えっとね、これなんだけど――」と、カバンから小さな袋を取り出した。
「すいません、ありがとうございます」
「開けてみて」
「はい――って、こ、これって」
私が上げたリストバンドを取り出して驚く理子。
「ふふ、偶然だね」
そう。偶然にも彼女から貰ったのも同じ柄のリストバンドだった。
「え、あっ! も、もしかして私に恥をかかせない様にって」
「ううん、違うよ。いちよ手紙も入れてあるの。だから本当にね、偶然同じ物を買ったみたい」
「あ、本当だ。……すごい偶然ですね……」
「ね!」
「読んでみてもいいですか?」
「え~! ここではちょっと恥ずかしいから、家で読んでほしいかな~」
「分かりました。噛み締めて読まさせて頂きます」
「いやいや堅いから! そんな大した事書いてないからね! ただ団体戦メンバー入りおめでとうとかそんな感じ!」
「それでも、ありがとうございます」
「頑張ろうね」
「はい! といっても私はベンチですが」
「ベンチでも十分凄いよ! って私が言っちゃうと嫌味みたいになっちゃうけど」
「そんなことないですよ。皆、凪紗先輩に憧れてるんです。全国出場だってほとんど凪紗先輩のお力ですし」
「え~そんなことないって! 皆が頑張ってくれた成果だよ」
「もちろん」と後輩の頭をぽんぽんと叩く。
「理子が頑張ってるのも私は知ってるよ。この二年間、誰よりも早く練習に来てたし、部活が終わった後もずっと走り込んでたでしょ」
「私は頑張るくらいしか取り柄がないですし」
「ううん。むしろ頑張り続けるあなたを私は尊敬してるの。だからね、理子が選ばれたとき凄い嬉しかったんだよ」
「……ありがとうございます」
「ふふ……んじゃ、さっそく――」
理子から貰ったリストバンドを右腕に付けてみた。
「どうかな?」
「お似合いです」
「理子も付けてみて」
「はい…………ど、どうですかね?」
「うん! 似合ってるね!」
「えへへ……嬉しいです」
理子は嬉しそうに目を細めて笑った。
「辛くなったら、これ見て理子の姿を思い出すね」
「そ、そんな! 試合中に私なんか――」
「いいの! 理子の頑張ってる姿を思い出したら、私も頑張ろうって思えるんだから」
「そ、そうですか。そう思って頂けたら嬉しいです」
「うん。それでね、理子も辛くなったら思い出してね!」
理子の手を取ってリストバントを掲げ合う。
「理子なら出来る! 私が言うんだから間違いない!」
「――っはい! 凪紗先輩にそう言われたら勇気百倍です!」
「ふふ、ありがとっ。……頑張ろうね」
「頑張ります! 私の力が及ぶ限り、精一杯お力添えさせて頂く所存です!」
何故か二人きりになると異様に堅くなる後輩と、
「いや堅い堅い(笑)」
苦笑いする私。
こんなやり取りが出来るのも残り僅かだ。
慕ってくれてきた後輩の為にも全力で臨もう。
そう新たに決意したのであった。
先輩後輩の微笑ましい様子を私は少し離れた場所で眺めていた。
凪紗が一人になったところで声を掛ける。
「お疲れ様、凪紗」
「あ、和!」
「今って少し大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ~。もうこれで終わりだから」
と前屈をして体を伸ばす。
「調子はどうなの?」
「絶好調だよ」
「そう……」
絶好調ね……本人がそう言ってるんだから……。
「――なんだけど~」
「ん、何かあるの?」
「なんか肩が重くて」
と腕を回す凪紗。
「肩……」
『”左肩”に蛹が止まってる』
〇〇君が言っていたことを思い出す。
「それってどっちの肩?」
「え? どっちていうと右とか左とか?」
「うん、そう」
「それなら――”左”だね」
「”左”……そっか。確か凪紗って利き手右だったわよね? ラケットを持つ方も?」
「うんうん。右手だよ~」
「えっと……じゃあ、その重いってはどのくらいなの?」
「んん~……ちょっと見てて」
「――こうやって構えてさ」とシャトルとよばれるバドミンドンの羽根を上へと投げた。
それを上から下へと打ち込む――スマッシュをする――構えを取る凪紗。
ラケットを握った右手を顔の辺りまであげて、対称的に左手を空へと掲げた。
「――え?」
「っとこんな風にしたときに重く感じるんだ……ん? どうかした?」
「あ、ううん。何でもないわ」
「そう?」
「おーい、なぎ~」
一瞬自分が呼ばれたかと考えたが、すぐに違うと理解する。
「凪紗、呼ばれてるわね。引き留めてしまってごめんなさいね」
「全然! 気に掛けてくれてありがとねっ」
「大会頑張ってね」
「うん!! よかったら……応援来てねっ」
可愛らしくウインクされた。
「任せて! 瑛紗たちも連れてって精一杯応援するわ!」
「あははっ。あの二人が来てくれるような事があったら、珍しすぎて優勝しちゃうかも」
なんておどけたセリフと共に体育館の中へと入っていった。
「もう……言われたい放題じゃないっ」
「フフフ」
「帰す言葉もない」
瑛紗と○○君がそっと姿を現した。
「それで首尾はどうなんだい?」
「そうね、大体分かったわ」
「ほう?」
「瑛紗、退治する方法ってのはもう出来るの?」
「いや、もう少し掛かるね。まぁ明後日には完成させようぞ」
明後日か、どうやら私の想像より準備に時間が掛かるようだ。
となると――
「……なら、明後日の全国大会」
「む?」
「応援に行くことになるわね」
「……なんで?」
「なんでって、他ならぬクラスメイトの頼みなのよ」
「ボクらはほどんと交流がないのだけど」
「いいじゃない! 依頼者なんだから」
「厳密には依頼者じゃないし」
「つべこべ言わないの!」
「横暴だ!」
「というか、大会中に羽化するかもしれないのよ!」
「――どういうこと?」
〇〇君が割って入る。
「僕の見た限り、小島さんの『思い虫』はそこまで大きくなかった。そんなに急がなくても大丈夫だと思ってたんだけど」
「ええ、私もそう思ってたわ」
「む? そういえば、和よ。『大体分かった』と言っていたが……掴んだのかい? 小島氏の悩みを」
「ええ、そうね」
「ふむ。では聞かせてもらおうか」
「うん。たぶん……いえ、間違いないはずよ。凪紗は――」
……
「フフフ。なるほどねえ……どう思う? ○○氏」
「そうだね、うん。井上さんの考えの通りだと思う。小島さんが自覚がないのも頷けるね」
「ボクも同意するよ。和よ、良くやった! 褒めて遣わそう」
「ん……ありがと」
瑛紗に褒められるとどうしてだかむず痒い。
「しかし……応援か……」
「まさか、この期に及んで行かないなんて言いださないわよね?」
「いや、行くさ。仕方がないがね。さすがに命の危険性があるのを見過ごすほどボクも鬼ではないさ」
「そ、そう」
なんだかんだ言うけど根は優しい瑛紗だ。
「――まぁ、不本意だがね。ボクの貴重な時間を費やしてあげるのだから、彼女には感謝してほしいのだよ」
「もう! ちょっとは見直したのにあなたって人は! いちいち余計な事を言わないと気が済まないんだからっ」
「まぁまぁ井上さん。テレサ氏は照れているだけだから」
「――な!? 何を言うのだ! 〇〇氏! 勘違いしてもらっては困るぞ!」
「へー、そっか。照れ隠しだったのね。何よ、可愛い所もあるじゃない」
「ぬあ!? な、和! ボクを馬鹿にするなよっ」
「ふふ、はいはい」
「む!! なんだそれは! クソ! ボクは怒ったぞ! 行かない! 行ってなんかやるもんか! 小島氏がどうなろうと知ったこっちゃないぞ! ボクは絶対に行かないからなっ――」
……
二日後。
全国高等学校バドミントン選手権大会会場にて。
私たちは観客席で団体戦の試合を見ていた。
「見たかい? 小島氏のスマッシュを! 大したものじゃないか。高校生であれを打てる選手なんてそうそういないぞっ」
「ええ、そうね。凄いわね……」
一昨日は『行かない』なんて駄々捏ねてたくせに、一番楽しんでるじゃない……。
「フフフ。それにしても驚いたね。素人のボクが見ても分かるよ。小島氏、あれは物が違う」
「流石はエースと呼ばれるだけあるね」
「凪紗がシングルとタブルスの両方に出てるけど、団体戦でしょ? いいのかしら?」
「フフフ。ルール上は問題ないのだよ」と説明する瑛紗。
「あなた、興味ないって言ってたくせに詳しいわね」
「どうせ見るなら徹底的に調べるのがボクの性分でね――さて、和よ」
瑛紗はカバンから何かを取り出した。
「これが例の?」
「うむ、そうなのだよ」
札。としか私には認識出来ない。
長方形の少し古めのお札を渡された。
「これを左肩に貼れば綺麗さっぱり、妖怪退治完了となるのさ」
「私がするのよね?」
「うん」と〇〇君。
「ボクたちだと彼女との関係性が薄すぎてあまり効力が発揮しないんだ」
「そういうことだよ、和」
「いいかい?」と続ける瑛紗。
「小島氏の『思い虫』との繋がりが『自分自身が気づいていないプレッシャー』だとするならば、それを自覚させる必要があるのだよ」
「って言われてたけど、なんだか難しそうだわ」
「そこは和の頑張りどころだね」
「頑張って井上さん」
「う、うん……」
「その瞬間『思い虫』に何かしら変化が起こるはず。いや間違いなく起こると言ってもいい」
「そうだね。こないだ確認した時より明らかに大きくなっているし」
「フフフ。成長が早いね。まるで肩にぶら下がるアレが猫に見えてきたよ」
「猫って……」
そんなに大きいの?
虫だなんていうから数センチ程度を想像していた。
私には見えないのがもどかしい。
「大会中にもだいぶ成長しているね。だから井上さんの言っていた通り、知らぬ間に「プレッシャー」を感じているんだろう」
「そう、よね」
もはや断定していいだろう。
『思い虫』が吸い上げている凪紗の悩みは『プレッシャー』であると。
快活な凪紗のことだ。本人には悩むほどではなかったのか、それとも無意識に考えないようにしていたのか。
凪紗自身気づいていないのだ。伸し掛かる重圧を――。
一昨日、練習終わりの凪紗を尋ねた時。
彼女のユニフォームの袖に、小さく書かれた応援のメッセージが見えた。
それがちょうど左肩の部分だった。
『左肩に憑いている』『蛹の形をした妖怪』人の悩みを養分にして成長する『思い虫』。
凪紗の場合、応援メッセージが書かれた左肩こそが悩みの根源である。
そう私は推測していた。そうして〇〇君たちの話を聞いて、確信へと変わったのだ。
「今日の内に処理しないとまずいことになる」
「だね。ということで出動だ。和よ! 行ってくるのだ!」
「頑張って井上さん」
「……分かったわ」
預かった札を見やる。
……こんなのが本当に効くのかしら。
『脱・プレッシャー』などと達筆な文字が書いてある。
原理は分からないけど二人を信じるしかない。
……
通路の端でウォーミングアップをしていた凪紗を見つけた。
「凪紗」
「あ、和! 来てくれてありがとう! 応援めちゃくちゃ力になったよ」
「それは良かったわ」
「池田さんたちもいたよね。みんな驚いてた。行事にもほとんど顔出さない二人がって」
「全国大会の応援なんだからって引っ張ってきたわ」
「はは、あの二人が形無しなんて。和のほうが実はよっぽど変人なのかも?」
「ちょっとそれはあんまりよ!」
……あと、たしかに瑛紗は変人だけど。〇〇君はそこまでじゃないし。
と客観的に見れていない私。恋は盲目というやつだ。
「――っと。せっかく来てもらったけど」
「そうよね。ごめんなさい。邪魔しちゃったわよね」
「あ、違う違う! 邪魔だとかじゃなくてね」
私の後ろへ視線を送る。
「あなた確か」
「うちの二年。遠藤理子」
「そうそう。遠藤さんよね、初めまして井上和です」
「は、はい。初めましてっ……お噂は兼ねがね」
……噂。どんな噂なのか、あまり聞きたくはない。
「オカルト同好会に所属する井上和。学校七不思議の一つだね」
と笑う凪紗。
「あ、決してそっちの噂ではなくてですね。勉強もできて、非常に優秀な先輩だと聞いております。それでいてとてもお美しいです」
「そ、そんなことないわ。あんまり持ち上げないでっ」
確かに私はとても優秀で、学校行事も積極的に参加するし、様々な問題に取り組んでは解決してきた功労者と言っても過言ではない。生徒会長に推されたこともある。
などと自画自賛する。
――って私の馬鹿! 己惚れてどうするのよ!
「ふふ、和が照れてる。いいよ理子! もっと言ってあげて」
「はい。凪紗先輩がそう言うなら」
「大丈夫よ! もう大丈夫だから! そ、それより凪紗に用があったんじゃない?」
「あ、そうでした。そろそろ集合するようにと監督が」
「おっけ~。んじゃ、行ってくるね」
「うん。頑張ってね。凪紗、遠藤さん」
「任せてっ!」
「ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をする遠藤さんに感心しながら、去っていく二人を見送る。
――っと、忘れてたわ。
本来の要件を失念していた。
小走りに後を追いかけて、
「――凪紗っ」
と呼び止めた。
「ん?」
振り返る彼女を抱きしめる。
「ええ? どうしたの?」
困惑する凪紗の耳元で、私は――
「私ね、思うの」
大きく息を吸った。
「凪紗ってチームメイトや後輩からすごく信頼されているわよね。それだけじゃない。学校中があなたに期待してるわ」
「……え、な、何言って――」
「感じていないなんて嘘よね。全国大会だもの。私には分からないほどの、とてつもないプレッシャーと戦っているのよね」
「……」
「頑張ってね。私だけじゃない、みんなの言葉よ――凪紗、頑張れ」
「な、和――」
「期待してるわ。凪紗に全て掛かっているんだから――」
「――っ」
突如、凪紗の体がびくん、と跳ねた。
「え? 凪紗先輩?」
抱き合う私たちを、遠巻きに見ていた遠藤さんが困惑の表情を浮かべる。
「……わ、私……」
虚ろな目で虚空を見つめる凪紗。ぶつぶつと何やら呟いている。
「……そうだ。私がやらないと……私が……」
「あっ!」
ふらついた凪紗を慌てて支えた。
その時――
いた!
いた――否、見えた。
私にも見えた。妖怪『思い虫』が――
「って、ちょ! デカ過ぎ!」
「へ?」
突然叫んだ私に驚く遠藤さん。
お、落ち着きなさい和!
……で、妖怪ってのはどう見たってこれの事よね!
猫サイズと聞いていたからある程度の心構えはしていた。
だがしかし。いざ遭遇してみたら猫どころではない。大型犬に匹敵するサイズの気持ち悪い蛹が左肩――というか、もはや背中に丸々へばり付いていた。
えっと、これにお札を?
動揺してか、躊躇する私。
『使うべきところで使いたまえよ。一枚しかないのだ』と念を押されていたのだ。
でも……もしも、今じゃなかったとしたら……。
「――今だよ」
と声が聞こえ、見上げれば曲がり角に瑛紗と〇〇君の姿が。
「井上さん!」
「和っ!」
「今だっ――」
二人の合図と同時――ピシッ、と蛹から嫌な音が聞こえた。
「っ!?」
迷ってる暇はなかった。
私はポケットから預かった札を取り出して、
「――凪紗から離れなさいっ」
と彼女の背中にいる虫へと叩きつけた。
刹那、強烈な光が私を襲う。
「眩し――」
思わず目を瞑った。
「――ぅあ!?」
と呻く凪紗。再び目を開けば――びくん、と仰け反る凪紗が見えた。
「凪紗! 大丈夫?」
「凪紗先輩!?」
駆け寄る遠藤さん。
――あ、そういえば虫は!?
「……」
気付いた時には『思い虫』の姿はなくなっていた。
「えっと、やったのかしら……」
○○君たちの方へと顔を向ける。
大きく頷いて親指を立てる二人が見えた。
良かった。うまくいったのね……。
「あの……一体何が?」
不思議そうに様子を窺う遠藤さんに促されて、
「あ、そうだったわね。まだ終わりじゃなかったわ」
凪紗を――と言いかけて、
「あれ? 和?」
「――――」
目をぱちくりさせている凪紗の姿に、思考を停止していた脳を、なんとか呼び覚まして再活動させる。
「あ……えっと、大丈夫なの?」
「え? 何が? 何かあったの??」
きょろきょろ、と首を動かして遠藤さんにも尋ねる凪紗。
まるで何事も無かったかのように。
「……いや、私にも分からないです」
視線を向けられて戸惑う遠藤さん。
「うん、あの、何だろう。何と言えばいいのやら……」
「まぁまぁいいじゃないか。事は済んだのさ」
「池田さん?」
「やぁ小島氏、気分はどうだい?」
「え、気分。……うん、別に何ともないけど」
「ならば。君たちが心配することはもうないね」
「……でも、さっきの先輩なんだか」
「遠藤氏!」
「氏……」
「知らなくてもいいことはあるのだよ」
「はぁ……いや、でも!!」
「おや、ずいぶんと強情な子だね」
「当たり前です! どう見たってさっきの凪紗先輩は様子がおかしかったです! 説明してください!」
睨み合う両者。
「話すと長くなるから試合が終わったら必ず説明するよ」
と〇〇君。
「小島さんたちも時間がないでしょ? 大丈夫。テレサ氏が言っていた通り異常はもう起きない」
「……分かりました。終わったら絶対に説明して貰いますからっ」
啖呵を切る遠藤さん。鋭い視線を投げかけ、
「行きましょう凪紗先輩」
と凪紗の手を引っ張った。
「あ、うん。みんなありがとね! この後も応援よろしく~」
「うん、力の限り応援するわ! いってらっしゃい!」
手を振って見送った。
「凪紗、大丈夫なのよね?」
「うむ。『思い虫』は消え去った。後遺症の心配もない。そもそも何が起きたかは本人も把握していないようだからね。試合への影響もないだろうね」
「そっか、それなら良かったわ」
「いちよ強引な手段も用意してたけど無事に終わって良かった」
「ええ、そうね。二人共、今日は凪紗の為にありがとう」
私は感謝の意を込めて頭を下げた。
「まぁ良いってことだよ。そんなことよりさ、早く席へと戻ろう!」
「え? てっきり『帰る』って言うと思ってたわ」
妖怪の件は無事に終わった。
瑛紗の事だから直ぐにでも帰ると思っていたのだが……
「まだ試合が残っているからね」
「ふふ、なんだかんだ言って凪紗を応援してくれるのね」
「応援? 何を言ってるのだ」
「え?」
「もちろん小島氏たちには勝ち進んでもらいたい。だが! ボクが興味あるのはそこじゃないぞ」
「何よそれ! 他になにがあるって言うのよ」
「フフフ。他にって、和よ。君はここがどこか分かっているのかい?」
「どこってバドミントン会場じゃないの?」
「ッチッチッチ、甘いなぁ~」
「いちいちイラつくわね、濁してないで早く言いなさいよ」
「いいかい? この大会は全国大会なのだよ。つまりだ! 各地の猛者たちが集い競い合う。トップオブトップを決める崇高な戦いなのさ」
何故か胸を張り偉そうに語る。
「高校生とはいえ、ここまで上り詰めた選手の技量たるや一見の価値ありだ」
「瑛紗……」
呆れて言葉が出ない。
「そうこう言っているうちに、三風高校の登場なのだよ!! くるぞ昨年の覇者がっ」
「こうしちゃいられないっ」と言って一人走っていった。
「……これだからオタクは……」
つい数日前までは興味もなかったくせに。
一度調べ出すととことんのめり込んでしまうのが瑛紗の良い所でもあり、悪い所でもある。
「私たちも行こっか、〇〇く――ん?」
「――え? ああ、うん……」
「どうかしたの?」
「たぶん、僕の気のせいだ……」
「気のせいって?」
「ううん、大丈夫。そんなことあり得ないしね。うん、戻ろうか。そろそろ三風高校の試合が始まる頃だし」
「そう――って〇〇君! あなたも敵高の話なの!? ダメよ! ダメだからね! 私たちは坂道高校の応援に来てるんだからっ」
「え、いやでも……」
「ダメダメ、ぜったいにダメ! 〇〇君は私と凪紗の応援するの! ほら、行くわよ!」
渋る彼を強引に引っ張って席へと戻るのだった。
続く
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?