見出し画像

櫻第三機甲隊 4. 逃走

「――凪紗! 凪、ッ!?」

 オペレーターへと交信を試みながら、谷口愛季は咄嗟に横へと自機を動かした。
 後方から放たれた銃弾を躱し、再度通信を繋ぐ。

「――聞こえる?」

 ジジジ……と無機質な音が返ってきた。

(やっぱりダメか……)

 少し前に機甲頭部に銃撃を受けた。
 それが通信機能へのなんらかの影響を与えたと考えられる。
 さらに数度の交戦の果て、コックピット付近にも損傷かみられた。
 幸い愛季自身は負傷しなかったが、自機の位置情報を示す信号機能が損なわれた。
 通信もできず、本部からは愛季機の信号も消失した訳だ。
 これでは増援も見込めないだろう。
 
「……むむ、まずいかも」

 そして予想以上に敵機が多い。
 瞳月らと別れた数分後、敵影を捕捉。
 僅かに進路をずらしながら撤退を開始。思惑通り、輸送車の逃走ルートから外れる位置へと誘導はできた。
 一度は足を止めて戦闘を行った。
 一対三ではあったが、大した損傷もなくそれを撃破。

 続いて現れた三小隊。国によって違うものの、基本的に機甲は三機一小隊で動く。例に漏れず、帝国も三機一小隊として行動しているようだった。
 さすがに一人で九機を相手することもできず後退を余儀なくされ、今に至る。

 高さ20mを超える森林の隙間を縫うように走り抜けた。
 時速80㎞で大木にぶつかってしまえば機甲といえど損害は計り知れない。
 それでも愛季機は器用に木々を躱しながら全速力で疾走する。

「っわ!」

 後方からの弾丸により機甲の左肩が抉れた。
 その衝撃に思わず悪態を吐く。

「こなくそっ!」
 
 振り返り敵機を見据えるが反撃をする暇もない。
 必死に攻撃を躱しながら、愛季は頭に地図を描いた――

(このまま行けば篠生しのうに辿り着く……あそこは岩場が多いから、うまいことやれば逃げ通せるかも……)

 機甲と同じくらいの大きな岩が特徴的な山岳地帯だ。
 愛季の考え通り、身を隠せるほどの巨大な岩がいくつも存在する。
 戦うよりは生存する確率が高いことは間違いない。
 逃げ通せれば、であるが……

「――ッ!?」

 背部に被弾。スラスターの出力が僅かに低下。

「まだいけるっ!!」

 計器を睨みつけ必死に操縦桿を動かした。
 愛季に応えるかのように機甲が巧みに銃撃を躱す。
 
(お願い! もって――)

 諦めない。最後まで生にしがみ付く。
 約束をしたんだ。『焼肉を食べに行こう』って。
 
(行くんだ……帰るんだ……)

 皆の元へ――

 


 


 


 およそ人が住めることのできない荒れ果てた荒野にて。
 当てもなく、とりあえず南へと機甲を走らせていたシオン。

「……なんだ?」

 不意に計器へと意識を集中させた。
 レーダーが信号を捕捉した。大きさ・速度を見て、その信号が機甲の発するものである……とシオンは考えた。

「帝国機だな……ん? ……何かを追っている?」

 表示された信号は九つ。
 スリーマンセルを基本とする機甲小隊が三部隊とみて間違いないだろう。
 疑問に思ったのはその動き方。
 小隊の隊列と進軍速度から、交戦しながら何かを追走しているのが見て取れた。
 人ではない。

「魔獣か? ……ないな……そんなのを帝国兵が追う訳がない……」 

 戦時中に魔獣討伐などという事も考えられない。

「車…………いや、機甲か!」

 レーダーに映ってはいないが、この凹凸とした地形を、機甲並みの移動速度をもって逃げることができる車などそうはない。
 空を飛ぶ飛行船という線もなくはないが、逆に飛行能力を持たない機甲が追う対象ではない。
 となれば残るは一つ。機甲である。
 それもシオンと同じように位置情報を示す信号機能を失った機甲という訳だ――シオン機の場合は奇襲の為に最初から搭載されていないだけだが――
 
「自ら捨てたか……もしくは破損したか」

 普通の機甲はそんなに燃費が良くない。
 魔獣が蔓延るこの大陸で、生命線である信号機能を切るのは自殺に等しい。

(どうする? 助けるか?)

 追われているのは十中八九、櫻共和国の機甲であろう。

 『敵の敵は味方』
 なんていうのは甘い考えだ。
 櫻共和国にとってシオンは侵略者である。
 シオンが何人もの将を屠ったことは消し去ることのできない事実。あちらさんも何件かは把握しているとみていいだろう。
 亡命したとしても、良くて投獄、普通に考えれば処刑される。
 ならば危険を冒して助ける必要もない。

(……おいおい、そうじゃないだろ)

 自嘲する。

(今更自分の命が惜しくなったか?)

 シオンは帝国に牙を剥いて脱走兵となった。
 決してその理念に従えないから逃亡するわけじゃない。
 貫き通す為に戦うと決めたはずだ。

 『弱き者を助け、信じた正義を貫く』
 その信念を――

「……っち」

 打算的な考えでもいい。
 共和国兵を救って、それを手土産に亡命する。その後はどうにかして自分という人間を売り込めばいい。
 機甲の操縦には絶対的な自信がある。殺すより利用したほうが得だと思わせればいいのだ。

 どうにかなる。
 後は野となれ山となれ、だ。

 未だ逃走しているであろう共和国所属と思わしき機甲。
 何機いるかは知り得ないが、

「俺が行くまで死んでくれるなよ……」

 見えないレーダー先の相手に向かってぼそりと呟いた。
 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?