櫻第三機甲隊 10. 廃村
「ここって……」
櫻共和国の都市……ではない。
愛季らが辿り着いた場所は見たこともない小さな村だった。
「……もしかして、ここは……シオンの?」
「……ああ、そうだ。俺の生まれ故郷――だった場所だ」
シオンが言う『”だった”』の通り、そこは廃村となっていた。
ほとんどが焼け崩れて瓦礫と化したまま。十年の歳月を経てなお、そこだけが当時のまま残されている。まるで時間も一緒に廃れたかのように……
「こっちだ……」
とシオン。機甲から降りてすぐさま歩き出した。
『少しだけ寄りたい場所がある。そう遠くない場所だ』
朝方シオンから告げられた言葉だった。
愛季は助けられた立場であり、否を唱えることなくそれを了承した。
そうして二時間ほど走って辿り着いたのが亡国ナキアミの小さな村であった。
「気を付けろ、少し高いぞ」
「あ、うん。ありがとっ」
シオンから差し出された手を取って瓦礫の山を飛び越えれば、唯一奇跡的に形を保っていた家屋が見えた。
「入口は腐ってるから俺の後をそのまま歩いて来い」
「了解」
懐中電灯の灯りを頼りに中を進む。
背を屈めながら蜘蛛の巣を避けつつ居間らしき部屋が見えた。
「……あった。……状態はいいとは言えないが、まぁないよりはマシだろ。適当に見繕ってくれ」
彼が示した先にあったのは小さなクローゼット。その中には女性用の洋服が並んでいた。
「うん……これなんかいいかも」
と一つを手に取る。
「――んっ、うわっ!? ――コホッ」
埃がすごい――なんてもんじゃない。
「これは、やば……コホッ、ケホッ」
「あー……だめか?」
「……ちょっとさすがに、……ん。あっ。これはいいかも」
奥底から引っ張り出してみた。
緑色の作業着といったところか。頑丈な生地の割に動きやすさも備えている。よほど出来がよかったのだろう。これなら着られそうだ。
「サイズも……うん。大丈夫そう」
両手を広げ着心地を確かめた。臭いと何かを我慢すれば支障はない。
シオンの元上着だった洋服もどきとはこれでオサラバだ。
「ホーレイの葉だけは捨てずに取っておけ。あって困ることはない」
「ん。了解……ところで、それは?」
愛季は首を傾げた。
シオンが抱えた黒い塊を指差して。
「ボートだ。ゴム製のな」
ゴムボート、らしい。
「何に使うの?」
川でも渡るのだろうか。
「まぁ、見てろ」
そう言って部屋を出て行った。
……
機甲の元に戻ってきて少し。
シオンに呼ばれコックピットの中へと入った。
「お待たせって……え、わ! すごい……これって椅子だよね」
驚いた。
操縦席の後ろに新しく椅子が出来ていたことにだ。
シオンから作業が終わるまで待っていろと言われていたが、どうやらこの為だったらしい。
「凄いね……こんなのも作れるんだ」
先ほどの家屋で手に入れたゴムボートを改造して椅子にしてみせたシオンの手腕に感心する。
「もしかして愛季の為にわざわざ作ってくれたの?」
「……まぁそうだな。後は俺の首ためでもあるな」
と鼻で笑うシオン。
「誰かを乗せて走ったことなんて今までなかったからな。今後は後ろから首を掴まれるかもしれない、と考えることにする。いい経験になった。そういう点ではありがとうと言っておくべきか?」
「いや、それほどでも……」と返しかけ、ジト目で睨まれていたことに気付いて訂正する。
「ご、ごめん。それは本当にごめん! でも、愛季だって立ったまま乗ったことなんてないんだからっ。し、仕方ないじゃん!」
そう。仕方のない事なのだ。
移動中――さすがに抱きかかえたまま操縦は厳しいと、愛季は操縦席の後ろに立たされていた。
だから、機甲の走行によって起こる揺れに耐えようと必死に色んな物にしがみ付くことになったのである。
不可抗力だったのだ。それによって彼の首を絞めることになろうとは思ってもみなかった。
「本当にっ。わざとじゃないからねっ。……信じてほしい!」
「……まあいい。どちらにしろだ。これから長距離移動になるからな。副座席は作ったほうがいいと思っていた」
「……ありがと」
「言っただろ。俺の為でもある」
「だ、だったね。それでも……いちよね。ありがとっ。これくらいは言わせて」
「好きにしろ……」
そう言ってシオンはコックピットから出て行った。
「ふふ、素直じゃないなぁ」
ぶっきらぼうなシオンに苦笑しつつ、
「うん! 悪くない」
と作ってもらった椅子に座って満足げな愛季であった。
……
出発までの間。
整備やら何やらするということで、しばらく別行動をしていた愛季。
そろそろかな、と思い機甲へと戻ってみた。
「あれ……どこだろ」
シオンの姿がない。
周囲を探してみれば、少し離れた場所にその後ろ姿を見つけた。
小走りに駆け寄る愛季。
(こんな所にい――――え、……これって……お墓……)
廃村の脇に小さなスペースがあった。
周囲は瓦礫で埋まる中、そこだけは綺麗に整えられていた。
大小さまざまな石が並ぶ。
ただの石。特別な鉱石とかではない。ただの石だ。それが墓石代わりだということは、愛季から見てもすぐに分かった。
「シオン……」
「……」
「これお墓だよね……」
「……そうだ」
「……愛季、お花でも探してくるね」
お供え用の花でも探そうかと思い踵を返しかけたところで、
「――俺だけだった」
「え?」
唐突に、シオンが語り出した。
「俺だけが、生き残った」
とても悲しそうな目をして。
「そう、なんだ……じゃあ、ご家族も……」
「ああ、家族も……友人も……あいつも」
(あいつ?)
何故だかその言葉が引っ掛かった愛季だったが、それについては問い質すこともなく。シオンの話を静かに聞いた。
「皆、戦争の犠牲になって死んだ。たまたま爆発に吹き飛ばされたおかげで俺だけが無事だった。気が付いたら焼け落ちていく村を呆然と見てたわけだ。運が良かった……いや、悪かったのか。大切な者を失って……それでもまだ意味もなく生きている」
「……良かったんだよ。こうして愛季と会えたんだから。じゃなきゃ愛季は今頃死んでたかもしれないし……。少なくとも愛季にとっては生きいてくれてありがとう! だよ」
シオンの手を握った。
「……だからね。意味はあった。そう思って欲しい」
短い時間だったが、ここまで一緒に過ごしてきて分かったことがある。シオンは決して悪人なんかではない。態度こそ悪いが根はすごい優しい人なのだと愛季は思っている。
「ねぇ、教えてくれないかな? シオンのこと……。ここでどうやって過ごしてきて、どうして帝国に行ったのかを」
「面白い話じゃないぞ……」
「それでも教えて欲しい。シオン、あなたという人がどういう人間なのか。愛季は知りたい。ううん。知らなきゃいけないんだと思う。……亡命するんでしょ? ならさ。シオンのことを信じさせてよ」
そうすれば愛季はシオンの味方をするから。
その思いはあえて口にせず、目で訴えかけた。
包み隠さず全て教えて欲しい――と。
「…………分かった。ただ、長くなるぞ」
「うん。大丈夫」
「そうか、じゃあ――」
一拍置いて、再びシオンは語る。
この村で過ごした過去と帝国に入った経緯。そして帝国を去った理由を――。
シオンは全てを話した。
愛季に聞かれるままに、一切の隠し事もせず。
「……そっか、捕虜殺し――か」
傍らで聞いていた愛季を見やる。
何か考え事をしているのか、黙って下を向いていた。
「そんなところだ。どうだ? つまらない話だったろ」
「ううん。そんなことないよ。……愛季には家族なんていなかったから、聞いてて羨ましかったし……シオンが辛い思いをしたんだねってのは、よく分かったよ」
「そうか……って、泣いてんのか……」
他人の生い立ちを聞いて涙を流す人間なんて帝国にはいなかった。
感受性が豊なのだろうか。それとも愛季が泣きやすいだけなのか。
「ごめんね、何だか悲しくなっちゃってさ。どうして人は争うんだろうね……なんで……戦えない人たちが犠牲になっちゃうんだろう」
「……」
「愛季も罪のない人たちが殺されなきゃならない戦争なんて嫌。……でも、それと同時に今まで戦ってきた帝国の人たちにだって大切な人がいたんだなって思ったら……」
「……戦うのが嫌になったか?」
「……少しね」
(危ういな――)
そう思うと同時、それでも愛季が戦わなければならない背景には何があるのだろう――とシオンは考えた。
女子供を必要とするくらい共和国は切羽つまっているのか……それとも無理やり駆り出されたか?
ただ、それにしては芯がある。
「でもっ、そんなことも言ってられないよね。……愛季にだって守りたいものがある。失いたくないものがあるんだから」
そう芯があるのだ。シオンを見つめる目の奥に、決して折れない芯が垣間見えた。
この少女こそどのような生い立ちをしてきたのだろう。
家族がいないと言った愛季。物心ついた時には戦争孤児だった、もしくは魔獣被害によって失ったのか。
シオンとは別の悲しみを背負っているように感じられた。
「そうか……なら、必死に戦うんだな。……俺は失ってしまった側の人間だけど、それでも戦い続けると決めた。俺と同じような境遇の人間をこれ以上生まないために……」
それがシオンの戦う理由、そして生きる理由なのだ。
「……戦争、早く終わるといいね」
「ああ、そうだな」
真上から降りそそぐ暖かな日差しの下。シオンと愛季はしばらくの間、その場を動くことはなかった。
……
「悪いな、付き合ってもらって」
シオンは操縦席に腰かけながら、背後に座る愛季へと一言謝罪を述べた。
送り届ける前に時間を取らせたこと、そして弱い自分を見せてしまったことへの謝罪である。
「ううん。気にしないでいいよ。それにお互い様だしね」
「そうか……」
「うん……」
「よし……出発するか」
最後に村を見回してシオン機は動き出した。
「……それでルートはどうするの? 首都まで行くんだよね? 最短で直進する??」
「そうだな――ッ!?」
シオンは慌てて移動を停止し、ステルスを展開させた。
「どうしたの?」
「――見つかった」
「え!?」
「いや、そうじゃない……」
レーダーが捉えた。帝国の信号だ。
(一……二……)
それが二つ。
「大きいね……これはなんだろう――あ! もしかして飛行船じゃない?」
「……おそらくな」
愛季の見立て通り。
数分後……
「帝国のだね」
身を乗り出した愛季が腕を伸ばす先に、帝国のマークを付けた大型の飛行船が見えた。
はるか上空から飛行船が二機。それがこちらへと向かってきていた。
「もしかして……シオンがここにいるってバレちゃった?」
「どうだろうな……」
断定はできなかった。この飛行船は偵察用にしては大きすぎる。
遠目に見ただけでも巨大さが分かった。5、60mは下らないだろう、と。
「偵察船じゃないな……このデカさは旅客船か……あるいは貨物船だ」
「だったら貨物の方じゃないかな?」
愛季の言葉に頷くシオン。
「この辺って何かあるの?」
「……いや、特には何もなかったはずだ」
未だかつて、一度として、帝国がこの地を訪れていたなんて聞いたことも見たこともなかった。
もしも資源があるとしたら……
「黒き森……」
愛季の言葉に再度頷いた。
「だな……。ホーレイか……それとも別の何かを見つけたか……」
しかし。疑問点もある。
仮に黒き森から資源を得ようとするなら、対魔獣はどうするというのだ。
この森の生態は謎に包まれている。
帝国も何度か調査隊を送っていたはいたが、無事に戻ってきた部隊はほとんどいない。それも森の浅い所で撤退した部隊のみだった。
森深くでは見たこともない魔獣がいるとされていた。
それこそ、伝承に伝わる存在がいたとしても不思議ではない。そういう場所なのだ。
「護衛も付けずに森に入るなんて無謀もいいところだな」
「だよね……」
資源を求めるにしても護衛する部隊は必要になる。
これほどの大型船を稼働するなら、機甲とそれに付随する色々な物が足りなかった。
後から地上隊が到着する可能性も否定できないが、飛行船だけ先に着いた理由が分からない。
「機甲の守りがいらない場所ってことかな?」
「ありえるな」
「森以外で?」
「……」
(……あるのか? 森以外に資源が……、俺ですら知らない何かが……)
「――あ! 戻っていくみたいだね……」
飛行船がUターンしていく。
何故なのか見当もつかない。
脱走した『灰狼』シオンが故郷に戻ったと推察して、近くにいた貨物船を寄らせた――その線もありえなくはない、か。
「考えても分からんものは分からんな。一応は戻った時に上に伝えておいた方がいいだろう」
「そうだね。伝えておく」
「ああ……」
そうこう話をしている内に、飛行船の姿が見えなくなるまで遠ざかっていた。
「さてと、そろそろいいか。……ルートの話だったな。最短で行く――と考えていたが、帝国の飛行船が他にもいたらまずい。櫻領に入るまでは黒き森を進むことにする」
「ん、分かった」
「ああ、それと」
「?」
「森を進むってこは魔獣と遭遇する可能性もある。それだけは頭に入れておいてくれ」
「うん、了解!」
力強い返事を聞いて機甲を発進させた。
「……」
二度と戻ってこれないかもしれない故郷を一瞥して――
再び黒き森へと入ってゆくのであった。
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