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夏の魔物


『付き合って』

 授業中。
 隣の席の藤嶌に、そう書かれた切れ端を見せられた。

 よく分からなくてキョトンとしていたら、

「私の友達が〇〇君のこと好きなんだって」

 と補足された。

 俺が気になっているのは藤嶌なんだが――といっても、思春期特有のなんとなく気になる子の一人に過ぎない。

 だから、

「いいよ」

 と簡単に了承した。

 そんなこんなでその友達と付き合うことになった。

 だけど、俺の気持ちがその子に向くことはなかった。
 半年くらい付き合ってはみたけど、俺みたいな奴に彼女は勿体な過ぎて「ごめんね」って別れを告げた。

 申し訳ない事をした。
 つまらない男だったのは自分でも分かる。

 それでもその子は「友達でいさせて」と言って、別れた後も気軽に話しかけてくれた。

 それが、俺には少しだけ苦しかった。
 
 

 自慢じゃないがかなりモテた。
 何回か告白されて、その全てと付き合ってみた。
 また同じことを繰り返すのに、次は何かが変わるんじゃないかって。

 結局、俺は俺のまま。
 
 好きでもない子と付き合っても、その相手のことを好きになってあげることが出来なかった。

「じゃあ、誰が好きなんだよ」

 と自問する。

 ずっと同じクラスだった藤嶌のことが真っ先に思い浮かんだ。

 藤嶌とはよく隣同士になるし、何かと班決めでも一緒になることが多かった。
 たぶん一番仲のいい女子だったと思う。
 藤嶌はすごくいい奴で、誰からも好かれるくらい明るくて、可愛らしい雰囲気の持ち主だった。
 学校内でも彼女を好きな奴は結構いただろう。

 そんな藤嶌だったが『誰々と付き合った』とか『誰々が好きらしい』なんて、浮いた話は聞いたことがなかった。
 






 きっと一目惚れだったと思う。

 気付けば彼の事を目で追っていた。

 私の学校では頻繁に席替えがある。
 担任がかなり緩いこともあり、理由さえ用意すれば、任意の子同士で席を替えるなんて事も出来て、彼と隣同士になることもしばしば……


 高一の夏休み明け。
 小中高と仲のいい陽子から相談を受けた。

「果歩のクラスにさ、○○くんっているじゃん」

「え、うん……いるね」

「カッコイイよね」

「そ、そうかな?」

「……私さ……好きになっちゃったみたい」

 ごくりと唾を飲み込んだ。
 
「そう……なんだ……」

「うん。果歩って〇〇くんと仲が良かったよね? だからさ、協力してほしいなって……お願い!」

 手のひらを合わせて頭を下げる陽子。

「――」

 陽子が下を向いててよかった。
 私の顔を見られていたら、余計な気を回させていただろう。

「……いいよ。他ならぬ陽子の頼みだもんね」

「ほんとっ!? ありがとう果歩!」

 自分の気持ちを押し殺して、陽子のお願いを聞いてあげることにした。

 そう、友情も大切だったから。

 
……

 
 それから半年後。
 陽子が泣きながら電話してきたのを覚えている。

『やっぱり私じゃ振り向かせることが出来なかった。ごめんね、色々協力してもらったのに』

 別れたらしい。
 それを聞いて、どこかホッとしている私がいた。

 同時に最低だと思った。
 親友が泣いてる時に、彼の事を考えていた自分を――心底嫌いになった。

 

 




 高三の七月。
 初めて告白を断った。

「え? 〇〇君、誰とでも付き合ってくれるって聞いたんだけど……」

 と驚かれた。

 この時には、藤嶌の事を好きだと自覚していたから「好きな子がいるんだ」と正直に伝えた。
 それが一番その子の為だと思って。
 
 泣きながら去っていく背中を見つめながら、俺も覚悟を決める。
 なんだかんだ理由を付けて避けてきたけど、俺は最初から藤嶌の事が好きだったんだ。

 藤嶌に告白しよう。
 そう決めて――放課後、藤嶌を呼び止めた。


……


「へぇ~。準備室ってこんな感じなんだね」

「ね、俺も初めて入った」

「それで、どうしたの? 何か探し物?」

「いや、そういうわけじゃないんだ。ちょっと話があってさ」

「え……私に?」

「うん、藤嶌に」

 振り返ってみたら、藤嶌は驚いた顔をして立ち竦んでいた。

「大丈夫?」

「――あっ、ご、ごめ。大丈夫! 大丈夫だから、そ、それで話って」

「ああ、うん」

「……」

「……」

「○○?」

 おかしいな。
 用意してた言葉が出てこない。
 
「ちょっとだけ待ってほしい」

「あ、うん。待つよ。待つ……」

 背中から変な汗が出てきた。

 馬鹿みたいに五月蠅い心臓の音。

 廊下を通り過ぎる学友の話し声が――
 
「下校時刻だぞ~早く帰れよ~」と帰宅を促す教師の声が――

 切り出そうとしたタイミングを悉く潰していく。

 
 なんて、ただの言い訳だ。

 怖いんだな、告白するってのは。

 こんなにも勇気がいるのか。

 改めて、今までの彼女たちにごめんと頭を下げる思いだった。

 
「ふぅ~」

 大きく息を吐いて、藤嶌の顔をまじまじと見つめた。

「――え、藤嶌……」

「な、なに?」

 ずっと待たせていた。
 
 俺が一人うじうじしてる横で。

 そんな俺の様子を見て察したんだろう。

 これから何を言われるのか。

 藤島にも分かったみたいで――

 
 まるでりんごのように真っ赤な顔をしていた。
 
 とか、夕陽に照らされて真っ赤に染まっていた。

 とか、そんな言葉じゃ表現できないくらい――恥ずかしそうに俯く藤嶌が、めちゃくちゃ可愛くて――


 


 どうにかなりそうだった。

 


「『  』」

 気付けば、ずっと言えなかったその二文字がすんなりと口から零れ出ていた。
 
 今度は、
 
「好きだ――」

 一文字足して思いを伝えた。 


 夏の魔物に背中を押されたかのように――

 二年半、密かに隠していた恋心が堰を切って溢れ出す。

「俺さ、藤嶌の事が好きなんだ」

「――っ」

「たぶん、一年の時から」

 振られたって構わない。

「ずっと好きだった。だから俺と――」
 

 俺は今日、君に告白をする。

 


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