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櫻編 15話

櫻坂46 冠番組の収録の合間。
いつもの事ながら、気だるげに隅に座る藤崎春樹。
そんな彼に保乃が声を掛ける。

「なんか眠そうやね」

「……あぁ、実際めちゃくちゃ眠い」

昼間、麗奈にさんざん連れまわされた春樹だ。
彼の予定では惰眠を貪るつもりだったのだが、結局夜の仕事まで付き合わされるはめになった。

「あいつは元気だな……」

”あいつ” 今もメンバーと楽しそうにふざけ合う麗奈の事だ。
疲れ果てている春樹と比べると、仕事もあったのに未だ元気いっぱい。
なんともパワフルな女だと、内心舌を巻く。

「れなぁね、春樹君と遊べて楽しかった言うとったで。……そ、それはそうと! 保乃な明日オフやねんな。……でね」

「――断る」

「まだ何も言うてへんし! ……ということで、明日は保乃と遊んでや!」

「無理」

即答した。

「ちょっ!? 何でやん、なんも予定ないんやろ?」

「……なんで知ってんだよ」

「静江さんに教えてもらちゃった」

てへ、と舌をだして笑う保乃。
普通の男ならその仕草にノックアウトなのだが、

「……明日は寝るので忙しい。おまえと遊ぶ暇はない」

この男、普通ではなかった。

「はぁ!? 保乃と遊ぶより寝るのがいい? さすがにひどない?」

「っはっはっは。なんとでもいうがいい」

「ほーん。そっかー、れなぁには甘いんだね。春樹君」

「そうか? 別に普通だろ」

「えー、……ひょっとしてアレかな? 好きなのかな?」

いじわるな質問して、ニヤリ、と笑う保乃。

「はぁ~~~……」

盛大なため息をつく春樹。
その手の揶揄いにはウンザリしていた。

「何を言われても無理なものは、無理だ」
「……そっか、保乃寂しいな~。はぁ~あ、明日はひとり寂しく過ごすんかぁ、可哀想な保乃やなぁ」

――チラッ、チラッ、と春樹を見ながら口を尖らせ可愛らしくアピールし始めた。
 
「……」

「れなぁは遊んでもろて、保乃は遊んでもらえへん。可哀想やなぁ~、――ぐすんっ」

「……はぁ~、しょうがねえな。何時からだ?」

押しに弱い春樹。
わざとらしい泣きマネに簡単に折れる。
ぱぁ、と満面の笑みに変わる保乃。

「なんや! 無理ちゃうんやん!」

「ぁ? ……っち、やっぱり止めるか?」

「ぇ!? うそうそうそっ!! 今の嘘だから! ごめんて~」

「――プッ」

取り乱したように慌てだした姿に思わず吹き出す。

「な!? 何わろとるん!!」

「ふふ、いや、なに、保乃の慌て方がついおかしくてな。リアクションがいいから揶揄いがいがあるよ」

「ぐぬぬ!? なんやそれ!! いつか負かしたる」

「おーそりゃ楽しみだな。期待してる」

「そのすまし顔がむかつくぅー!!」
 
毎度やられっぱなしではあったが、とりあえずは翌日の予定を勝ち取った保乃だった。
出会って二か月弱、春樹との距離を一番縮めたのは、この田村保乃なのかもしれない。
 



「おはようございます、春樹様」

「あぁ……おはよう、静江さん」

早朝、出かける支度をしていた春樹は侍女の静江と出くわす。

「本日は快晴でございます。……絶好のピクニック日和であられますね」

「……」

無言で横を通り過ぎようとする春樹、

「女性を楽しませるのも、殿方の役目となります。ご期待を裏切らないよう心して行動して下さい。……よろしいですね? 春樹様」

その小言に顔を顰める。

「……あぁ、善処するよ」

(保乃の奴……いちいち静江さんに相談してるのか)

まるで嫁と姑がタッグを組んだような、なんとも肩身の狭い思いをする春樹であった。



 
今日は全国的に快晴の一日だ。

「日差しが気持ちええなぁ」

「あぁ、そうだな」

空からの暖かい日に仲良く寝転がる二人。

「どや? 春樹君。たまにはこんなのんびりした日があってもええやろ?」

「あぁ……ええな」

保乃につられたのか思わず方言を真似する春樹。

「ふふ、なんやそれ(笑)」

「ぁあ?」

「関西弁つこうとったで」

「俺が? んなわけない」

「ホンマやて」

「はは、そんなわけないさかい」

「わざと使ったら下手くそやな」

「……言ってろ」

何気ないやり取りをしながら、ふと身を起こす春樹。

「どないしたん?」

「……、……」

「は、春樹君?」

『お気に入りの場所』
保乃がそういって連れてきた草原。
街を一望できる高台に位置し、見晴らしのとてもよい場所である。

知る人ぞ知る、隠れたスポットらしく辺りには他に利用者もなく、二人はのんびりとした時間を過ごしていた。

――のだが、

(気のせいか?)

何かの視線を感じたような気がした。
首を回し周囲の様子を探る春樹。

「なにかおるん?」

「……いや、たぶんリスかなんかだな」

「え? リスおるん? どこどこ?」

「あの枝にさっきまでいた……ような気がした」

「えぇなぁ! 保乃も見たかったなぁ」

「気がしただけだからな、そんなことより腹減ってきたな」

「ぉ! その言葉待っとったんやで!」

そう言うと嬉しそうにカバンから弁当箱を取り出した保乃。

「じゃじゃーーん!!」

蓋を開けると、色とりどりのサンドイッチが綺麗に並んでいた。
ピクニックといえば、サンドイッチ。
定番中の定番なのだが、

「お! いいじゃん。うまそうだな」

春樹の大好物でもある。

「ささ、食べて食べて」

「お、おう。……頂きます」

前のめりに勧めてくる保乃に思わずのけぞるも、綺麗に手を合わせ食事の開始を宣言する春樹。
めんどくさがりでガサツなイメージの彼だが、良いところの坊ちゃんでもある。儀式、所作はしっかりと行うのがポリシーでもあった。

「……美味いな!!」

「ホ、ホンマ?」

「あぁ。中でも卵サンドが格別に美味い」

「え、えへへ」

「保乃、お前って料理できるんだな」

 春樹の中での保乃の評価が三段階くらい上がった。

(……気のせいだよな?)

嬉しそうに食事をする保乃には気取られないようにふるまう春樹。
未だ、背中に感じる粘りつくような視線に警戒を続けていたのだった。

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