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夜の帳は下りて小鳥は揺蕩う 後編

『……覚悟しな……大妖怪ユウキの力を見せてやる』
 

「ちょっと待ってくれないか」

「て、瑛紗?」

『うぬ? ……なに?』

「そもそもの話、君は勘違いしているのだよ。ボクたちは君を封印した者とはなんら関係がない」

「そう! それは本当にそう!!」

「むしろ感謝してほしいくらいだね。君の封印を解いてあげたのだから」

『ほえ? そうなの?』

「そうそう!!」

『な~んだ、じゃあユウキの勘違いなのか……ごめんねっ』

 二人の説得に簡単に応じる乳妖怪ユウキ
 舌をぺろりと出して謝罪の言葉を申した。
 憎らしくも可愛い仕草だ。

(それにしても、大妖怪のぅ……)

「それでユウキさん、でいいのかな?」

『んん? ユウキさん……悪くない、いやユウキ様……違うか……ユウキ……うん、ユウキ! ユウキと気安く呼ぶ許可を与えちゃる!』

「そうですか……それは光栄です。してユウキ」

『なんだ少年よ……おっぱいの大きさかな? 触ってみる?」

「え? 宜しいんですか?」

「良いわけないでしょ!」

「〇〇氏、乳房など所詮は脂肪の塊に過ぎないぞ……」

『む? それは聞き捨てならない! 江戸の町、特には城下では大人気だったんだぞ』

「待って! 今、江戸って言った?」

「言ったね」

「ボクにもそう聞こえたよ」

『ど、どうしたの?』

「ユウキ……君は一体いつからここに? そして……どうしてこんな所で封印されていたんだ?」

 小僧がようやく本題に切り込んだ。
 このユウキという妖怪は江戸の町と言った。
 少なくともその時代に存在したということになる。
 江戸時代……最低でもおよそ百六十年前だ。

『え? いつから……えっと、あれは誰だっけ……徳川――』

「と、徳川……じゃあやっぱり……」

「……」

『ん~……ごめん忘れちゃった』

「忘れたのかーーーーい!!」

「うわ!? 珍しい、〇〇君がツッコんだ」

「まぁ、江戸と徳川ときたら江戸時代で間違いないだろうね」

「そうね……じゃあ……封印されていた理由って?」

 なぎが再度問いかける。
 封印されていた理由を。

(――むっ。小僧、気をつけたほうがいいようじゃ……空気ががらりと変わったぞ)

『それはね……食べ過ぎたからだよ……』

「え?」

「食べ過ぎた……一体何をだい? まさかとは思うが……」

「ユウキ、君は……ひょっとして人を……人間を食べ過ぎて封印されたのか?」

『あは、あはははっははっはっはあ!! 人間? あははは』

「井上さん、僕の後ろに……」

「う、うん」

「〇〇氏……」

「ああ」

『そう、ユウキは人間を食べ過ぎて封印されたんだ!!』

「そ、そんな!」

「〇〇氏、こうなったら!」

『な~んて嘘だっちゃ』

「へ!?」

「嘘?」

『うん、ごめんごめん。驚かせちゃった? ユウキって人を驚かせるのが好きでさ。それでついついやりすぎちゃって……気づいたらこんな場所に封印されてたの」

 またぺろりと舌を出した。
 今度ばかりは可愛らしいよりも憎らしいという思いが勝った。

 今すぐにでも再び封印……いや、このまま消滅させてやりたい。

「……しょうもな……〇〇氏。どうだろうか? 再び封印してしまうっていうのは」

『ええ~~!? そ、そんな殺生な!!』

「う~ん……」

「ちょ、ちょっと待ってよ。いくらなんでも可哀想じゃない? ちょっと人を脅かしたくらいで」

『そ、そうだ! 貧乳娘よく言った!』

「あ?」

『ひっ!?』

「……私が許すわ。消してちょうだい」

『消す!?』

「会長がそう言うのであれば……」

「ユウキ氏、出会ったばかりで可哀想だけど。ボクらは彼女の言いなりなんだ……」

『待って! 待ってほしい!! 謝る! 謝るから!! また封印されるなんて嫌だぁ』

「……」

「やっぱり、ちょっと可哀想」

「ふむ……ユウキ氏よ」

『な、なんでありましょうか!』

「君は人に害を成す妖怪の類ではないのだね?」

『もちろんであります!! むしろ、いたずら好きのかわいい妖怪だと皆に好かれていたであります!!』

「ほんとかな~?」

『嘘じゃないです! 信じてください!! 何でもしますから!!』

「ん? なんでもって言った? それは乳揉みでも?」

『もちろん! いくらでも揉んでやってくださいっ』

「いやっ駄目だから!!」

「やはり害悪妖怪だ、瑛紗パワーで消滅せよう」

『ひえぇご勘弁を~~』

「……フフフ。冗談だよ、冗談。……それにしても、なんだかとっても愉快な妖怪じゃないか」

「そうね、見た目もすごい可愛いし」

「ボクはこのままでも問題ないと思うのだけど、どうだろうか?」

「うん、僕も概ね賛成だね。後は家に連れて行って……」

「え? 家に? 駄目駄目! 何考えてるの? そんなハレンチな!!」

『え? 破廉恥?』

「和よ、君こそ何を考えているのだい? 真っ赤な顔をして……」

「はは……井上さんが何を考えたのかはわからないけど。家に連れて行って見てもらうだけだよ」

「見てもらう?」

「うん。そう姉の――」

 小僧がそこまで言いかけて、

――ピィイィィイイイイイイイイイイイイ

 という異音が洞窟内に木霊した。
 洞窟の外から入り込んできた音のようだ。

「な、なに今の音?」

「分からない……○○氏、とりあえず外に出てみないか?」

「うん、そうしよう」

『え? え? あ、ユウキも行く!!』

 小僧らは出口へと駆けた。

(さて、気をつけろというたが伝わるはずもないか。先ほど空気が変わったのじゃ……そう、外の空気がじゃ――)


 



 
 祠の外に出た一同。

「はぁはぁ……ちょっと三人とも速すぎっ」

「……」

「ってどうし――え?」

「これはまいったね、〇〇氏……」

「そうだね……ちょっと良くない事態だ……」

『わ~! すごいよ!! こんなの滅多に見られないよ!!』

「嘘でしょ……つ、月が……赤いだなんて……」

 なぎが目を見開いた。
 見上げる先、夕闇に浮かぶ赤き月。

 わらわですら久しく見ておらん。
 赤き月。それは妖怪の訪れを現す。

(始まるぞ小僧。夜の宴が――)

「あ、あれ見て! あそこ!!」

「む? あれは……餓者髑髏、それに朧車に一反木綿まで……な! あっちにいるのは鬼の大群じゃないか。いやそれだけじゃないボクの知らない妖怪があんなにも……」

「く、詳しいのね。瑛紗」

「もちろんだとも! ボクの専門だからね」

『懐かしいなぁ~。でも……どうするの? あいつらユウキと違って悪い妖怪だよ』

「おお、自分は違うとちゃんとアピールしてるんだね! 〇〇氏、やっぱりユウキ氏は処世術が上手だよ! これは人としっかり交流してる証とみて間違いないだろう」

「うん、僕もそう思う。……それにしてもどうしようか」

「ね、ねえ……アレこっちに向かって来てない?」

「来てる……というよりここが、いやユウキ氏が目当てなのだろうね」

『え? ユウキが?』

「ボクの見解では、ユウキ氏の封印が解けたことによってだね。今まで洞窟内に封印されていた妖気が溢れ出てしまい、それが彼らを呼び寄せているんだと思うね」

(うむ)

小娘てれさの見解は正しい。

「たぶん、まだ彼女から漏れ出ている妖気を喰らうつもりだろう」

『ひえ? ユ、ユウキど、どうしたら……』

「ちょっと、そんなに狼狽えないでよ。あなた、大妖怪なんでしょ?」

『いや、その……ユウキは戦う力なんてないよ……そういう妖怪じゃないから』

「ええ? ならどうするのよ! もう目と鼻の先にまで来てるわよ!!」

「……」

『……』

「……ふぅ。仕方ない、ここは僕が」

「むむ? 〇〇氏、まさか右腕の封印を?」

「うん、そのつもり」

「ならば……ボクも右目の封印を解こうか?」

「いや、それには及ばないよテレサ氏。だけど……もしもの時はお願いしたい」

「フフフ。合点承知」

「あなたたち、ふざけてる場合じゃないでしょ!!」

「ごめんね、井上さん。危ないから下がってて……」

「ちょっと!」
 

「――僕だ。こういう時ばかり頼るのは悪いとは思っている。それでも君の力を頼りたい」

(ふむ……)

「もう!! こんな時にまで独り言を――」

「はいはい、交信の邪魔しちゃいけないよ」

「瑛紗! あなたねぇ!!」

「ほらほら、下がりたまえ」

「ちょ、もう!」
 

「――フ・リーゲン・ダーフォー・ゲル」

 
(やれやれ……小僧がお呼びのようじゃ。仕方ないのぅ。久々に赴くとしようか)
 

「生田〇〇の名において命ずる」


 具現せよ――”飛鳥”


 刹那、妾の視界が光に包まれた。



『――え?』

 最初に気付いたのは乳妖怪ユウキか。
 さすが自らを大妖怪と呼ぶだけはあるようだ。

「おお~。これはすごいっ」

「な、なにこれ……嘘でしょ……」

 それぞれの反応を見せる小娘ら。
 宙に浮かぶ神々しい妾を目にして意識を保っていられるとは大したものである。

 さて、

『……久方ぶりじゃ。のう……小僧よ』


「うん、久しぶりだね。飛鳥」

(変わってないのう。妾を前にして堂々と。これだから小僧は堪らないのじゃ)

「早速で悪いんだけど」

『分かっておる……あ奴らじゃろう?』

「うん……飛鳥の力を借りたい」

『……見返りは?』

「一月……」

『……ふん、良かろう』

「ひ、一月って?」

「邪魔しちゃだめだよ、和」

「え、でも今」

『娘!』

「は、はい! って私の事だよね?」

『小僧に恋すると大変じゃぞ……悪いことはいわん。やめておけ』

「むっ! ど、どうしてあなたにそんなこと言われなくちゃいけないのよ!」

「お、おお? 和、よした方が」

「瑛紗は黙っててっ!!!!」

「りょ、了解なり」

 ものすごい剣幕だ。
 さしもの小娘てれさも縮こまっている。

(お? ほうそのまま妾を睨みつけるとは……)

『後悔するかもしれんぞ?』

「後悔するかどうかは私が決めることよ……私が〇〇君のことを好きだってこと! それを誰かにとやかくなんて言われたくないんだから!!」

『……』

「……」

『っぷ、あは、あはははははは!!』

「な、なによっ」

『ぷくく……いやいや、悪かった……揶揄っただけじゃ』

「はあ!? あ、あなたねえっ」

『心意気は良しじゃ、ふふ。応援するぞ。妾の公認じゃ。やりたいようにやるがよい……』

「あなたに認めてもらわなくても、私は私がやりたいようにするわよ!」

「和……」

『うわ~すごいの見ちゃった!』

「え?」

『人間の恋慕っていつ見ても良いものだね!!』

「え?」

「和よ、〇〇氏を見てみるといいぞ」

「え? 〇〇君?」

「……井上さん。そんなに僕の事を……」

「え、いや、あの……その……」

(ふむ。狼狽える女子というのも悪くないのじゃ)
 

『さて、いつまでも遊んでいる余裕もないようじゃぞ』

『っわわ!! 来てる! 気付いたらそこまで来てる!!』

  山の上から見渡せば、空と大地に妖怪らの群れがすぐそこまで押し寄せていた。

「――飛鳥!」

『分かっておる。……さすがにあれだけの数じゃ。ぬかるなよ小僧』

「ああ!」

『ゆくぞっ』
「いくよ!」


『――唸れ』
「――ブ・ルート・フ・ライシュ」
 

 妾らの言文と同時。

 空が――黒く染まる。

 そこから現れた雷雲が、黒き稲妻を伴い妖怪らへと纏わりついた。


『す、すご……』

「はは……さすがだね……」

「妖怪たちが……一塊に……」

「さすが……大妖怪”飛鳥”だ」

「え?」

「いや、フフフ。何でもないよ」
 

 四方から寄っておった妖怪たちが、妾の放った稲妻によって縛られ纏められた。
 空に浮かぶ一つの巨大な塊となって……
 

『小僧――』
 

「あ――ぁあああああ!!」

 小僧の叫びに応えたのか、右腕の包帯がするりとほどけ落ちた。
 

「っぐ――」

 幾つもの呪文が掘られたその右腕を妖怪らへ向ける――
 

「喰らえっ――餓虚ガロウッ!!」
 
 言い放ち、小僧が右手を翳したその瞬間。
 

『うわ!?』

「っきゃ」

「む! 和、掴まって!」

 突然の強風に、後方で小娘らが吹き飛ばされないように耐える。
 反対に前方では――

 荒れ狂う風の濁流が全てを飲み込んでいた。

 それは風に舞う砂塵も葉も、妖怪すらも関係なく。
 すべてが小僧の手のひらの穴へと――
 

「喰らいつくせぇえッ!!」
 

 吸い込まれていった……




 風が収まった。

 気が付けば空は平常を取り戻し、怪異の姿は消え去っていた。
 そこかしこに漂っていた陰の気も霧散し、辺りは夜の静けさを取り戻している。

 

「――はぁ、はぁ……」

『ふむ。終わったのぅ』

「だね……ありがとう飛鳥」

「え、終わった? ほ、本当だ……あんなにいたのに」

「素晴らしい!! さすが〇〇氏だね! うんうん、素晴らしい!!」

『た、助かった。なんと御礼を言ったらいいのか……ありがとう〇〇くん。ありがとう絶壁妖怪さんっ」

『――ぜ、絶壁……』

「……やばい」

「ちょ、ユウキさん! あなた言わなくてもいいこと――」

「やはり、貧乳の敵は巨乳のようだね」

『……小僧、もうひとつ消さねばならんやつが居ったようじゃ……』

「落ち着いて飛鳥、僕は貧乳も悪くないと思ってるよ」

『……』

『でも……大きい方がいいっちゃよね?』

「そりゃ!! ――あっ」

『乳妖怪……辞世の句を読む時間くらいはあげようかのぅ……』

『ち、ちちようかい!? えっと……』
 

「はぁ……私、なんだかどっと疲れがきたわ……」

「無理もないね、ボクもさすがに疲れてきた」

「そうだね。じゃれてる二人は放っておいて、僕たちはそろそろ帰ろうか」

「うん……あっ、この階段下るんだったわね……」

「井上さん、なんなら僕が肩でも貸そうか?」

「え? そ、そんな……でもお言葉に甘えようかな……」

「〇〇氏! ボクも疲れちゃったんだけど!!」

「え? あ、じゃあテレサ氏も……」

『いや!! 待って、ユウキを置いてかないで!!』

『こらっ! 妾の話がまだ終わってないじゃろ!! お主はいかせぬぞっ』

『ひ、ひぃ――』

『――むっ?』

 まだ話は終わってなかったが……
 どうやら、そろそろ小僧の中に戻る時間のようだ。

(そうじゃ! 新しい玩具も連れて行くとしようかのぅ?)

『そ、それはだけは!』

(お? もしやこやつ……心が読めるのか?)

『なにとぞっ、お許しをっ』

『ふ~む。どうしようかのぅ』

(うぅむ。悩ましいのぅ)

「飛鳥、あんまり虐めないであげて」

『分かっておるわっ』
 
『お願いします! 封印だけはご勘弁をっ』

『ふふ……』

(どちらにせよ、しばらくは愉快な日々を送れそうじゃのう)
 

 そう思う妾であった。



 

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