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夏の鈴

「そんなところで寝てたら邪魔なんだけど」

 畳の上で寝そべっている元幼馴染を足蹴にして、そう言い放った。



「パンツ見えるぞ……」

 ――サッ、とスカートの裾を正す夏鈴。
その後は微動だにせず……気をつけの姿勢のまま動く気はないようだ。

「それにしても、あっちぃな。……なあ、コンビニ行ってアイスでも買おうぜ」

「……」

 返答がない。


 ――ちりん、と風鈴の音が夏鈴の代わりに答えてくれた。

「え~? いかんの?」

「……」

「お~い、夏鈴さ~ん?」

「……」

「いっちゃうぞ~?」

「……」
 

(ダメだこりゃ……)

 こっちの鈴はうんともすんとも言わん。
 

「――ったく」

 仕方がないので、一人で行くことにした。


 

 ……


「ただいま~って、まだそこにいたんかいっ」

 帰った俺を出迎えた――というと正しくない。
 夏鈴は出かける前と変わらぬ姿勢で蕩けていた。

「お前、そんなに無防備だと悪戯しちまうぞ」

「……馬鹿」

「はぁん?」

 ようやく返ってきた言葉が『馬鹿』だ。
 暑さでイライラしてた俺は、夏鈴の太腿をつま先でつつく。

「……やめてよ」

 じろり、と睨まれ――同じように睨み返した。

 ――ちりん

 戦いの鐘が鳴る。

『ミーンミンミンミンミーン』

 とオーディエンスも湧きだした。

「お前さ、やることないなら帰ればいいじゃん」

「……ほんとに馬鹿」

「さっきからそればっかり。流石の俺もむかついてきたんだけど?」

「何それ……私の気も知らないで」

「あ? どういう意味だ?」

「――知ってるんだからね。保乃と楽しそうに電話してたの……」

「は? それが? なんだってんだよ」

 手に持ってたアイスが溶け出したのもあり、俺の怒りは沸騰寸前だったから、

「保乃は関係ないだろ!」

 と思わず大きな声が出た。

 ――びくっ、と僅かに震える夏鈴。そこからか細い声が漏れる。

「じゃ、じゃあさ……わ、私はあんたのなんなの……」

「なんなのって、そりゃ……彼女だろ」

「なら――私以外の女と楽しそうに話しをしないでよ」

「はぁ? なんだそりゃ。そんなん無理だろ」

「ほら。やっぱり私なんてどうでもいいんだ」

 メンヘラが発動した。

「いやいや意味わからん。だって保乃はあれじゃんか」

「あれって?」

「――え? お前本気で言ってんの?」

「どういうこと?」

 きょとんとした顔を向けられる。

「いや、だからさ……保乃は、俺の姉じゃんって」

「それで?」

「ええ!? それでって……」

 潤んだ瞳で見つめられ、自分が間違っているんじゃないかと思えてきた。

「わ、分かった。今後気を付けるわ」

「約束」

「お、おう……」
 

(……あれ? 待て待て、なんかおかしくね?)

「――いや、でもさ」

「何?」

(やべ、目が据わってらっしゃる……)
 

 いつの間にか蝉の声も消え去って、静寂に包まれていた。

 第二ラウントは望んでいないようだ。

 ここは俺が折れるべきか。

「……いや、なんでもないわ」

「そ……」

(すまん、保乃。しばらく邪険に扱うかもしれん……)

 心の中で姉に謝った。

「……」

 ふと、夏鈴の視線がコンビニ袋へと向いていることに気付いた。

「……食べる? だいぶ溶けちゃってるけど」

「いる――」

 終戦の証として、彼女様にカップアイスを献上することにした。


 
 ……

 

 先ほどの言い合いが嘘かのように、二人で仲良く縁側に座る。

「私は溶けてるくらいが好きかも」

「溶けてるってレベルじゃないけどな。ドロドロだよ――って、言った傍から」

 夏鈴の口元から垂れてきた白い液体を拭ってあげる。

「……ん。ありがと」

「どういたしまして」

 ――かこんっ、と鹿威しの音が心地よい。

「……ごめんね。面倒くさいよね、私って」

「いんや、慣れてる。何年一緒にいたと思ってんだよ」

「そっか。そうだよね……私もあんたの短気な所には慣れてるし」

 と言われ、

「……以後気を付けます」

 と自省する。

「ん、私もちょっと言い過ぎた。……保乃と話すのは許してあげる」

「それは助かるわ、まじで。無視するとうっさいし」

「んふ、確かに」
 
 
 

 食べ終えて寝っ転がる俺たち。
 絡め合う指と指。風に吹かれて、ぶらぶらと素足を揺らす。

「ん~、こういうのも悪くないな」

「……ね。私の気持ちもわかるでしょ」

「たまには、な」

 ゆっくりとした時が流れる。

 

「ねぇ」

「ん?」

「私の事、その……」

 もじもじとしている。
 夏鈴が何を言いたいのか大体分かったから、

「――好きだよ」

 と言って頬に触れた。

 夏鈴の顔が、かぁっと赤くなる。

「そ、そっか……へへ」

 嬉しそうな彼女を見て俺も欲しくなり、

「夏鈴は?」

 と同じように問い掛けた。

「うん。私も」

「私も?」

「――」


 

 ――ちりん

 と、夏の鈴が鳴り響いた。


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