櫻第三機甲隊 11. クドゥフ
機甲よりも高い木々に覆われた黒い森林の間を走行するシオン機。
シオンの故郷を出発して二時間が経過していた。位置であらわすと今朝方出発をした辺りだろうか。
「戻ってきたね。全然魔獣と遭遇しなかったけど、運が良かったのかな?」
「……」
さて。問われた訳だが、その答えはシオンにも分からなかった。
わざわざ黒き森を突き進むなんて愚かな選択はしないのが普通である。
今回は帝国に見つかる危険とを天秤にかけてこの道を選んだにすぎない。
「……わからん。警戒しすぎたのかもしれないが、何も起きないに越したことはない」
「慣れてるわけじゃないんだね」
「ああ……機甲できたのは正確には初めてだ」
「へ~そうなんだ。それもそっか……」
シオンが機甲乗りになったのは帝国へ移ってからである。
ナキアミが存在していたころはまだ子供だった訳で、小国にただの子共を兵士へと育て上げる国力も金も余裕もない、ということだ。
「だが、気配は感じるだろ?」
「うん。感じる……」
この辺りは昨晩クドゥフと遭遇した地になる。
奴の縄張りだとシオンは考えた。
クドゥフ。通称『穴熊』。
非常に縄張り意識が強い魔獣だとされている。自分の縄張りを脅かす存在を決して許さない。エンティなどはその対象にはなっていないようだったが、機甲となれば話は変わるだろう。
体躯が似通っている。クドゥフと同等の高さを持つ存在が、己が領域を移動している。それも高速で。
気付いていないはずがない。
「ふぅー」
背後から愛季の漏らす息が耳に届いた。
(……居るな)
感じる。視線、それも粘りつくような視線を。
遠い昔に熊や狼と対峙したことがあったが、似ている。獣特有の獲物を狙う殺意が篭ったそれだ。
「――シオンッ」
「分かっている!」
咄嗟に機体を横へとずらした。進行方向の大木を避けようと、
「しっかり掴まってろ!」
強引にドリフトをかます。その大木が――ドンッ、と大きな音と共に傾いた。
(来たか――!)
シオン機目掛けて大木が倒れてくる。背部のスラスターを全力で噴かせ大木を前方へと回避。その勢いのまま走り抜けた。
後方からの衝撃音と地面を揺らす振動を感じながら、意識を研ぎ澄ませた。
(……近いな……それに、速いッ)
「――っ」
愛季が息を飲んだ。
同時、シオン機に影が差す。
「っち」
(上か!!)
急停止――からの後方へ小ジャンプ。次いで背中に携えたブレードを速やかに抜いた。
「――クドゥフ!」
「だな……」
豪快な着地をかます前方の生物へと目を向けた。
やはり、か。
巨大な棍棒を片手に口を大きく開けこちらを威嚇するように唸る。クドゥフだ。昨晩の奴で間違いないだろう。
「大丈夫?」
「任せろ。と言いたいところだが、生憎のところ初めての相手だ。愛季は?」
「愛季も……実物を見るのも初めて」
「そう――かッ!!」
速い。会話こそしていたが決して油断をしていた訳ではない。
それでも一瞬の内に距離をつめてきたクドゥフ。この巨体にしてなんという素早さだ。
されどシオン。巨体が横薙ぎに振るう棍棒をブレードの刃で迎え撃つ。
「――な!?」
(硬い――)
超振動ブレードの刃が弾かれた。一体どんな材質をしてるのか、ただの木ではありえなかった。
驚きも一瞬。上から振り落とされた謎の棍棒を横へとスウェーで躱し、カウンター気味にこちらも横薙ぎにブレードを振るう。
そのままクドゥフの腹を一閃――
「――――」
瞠目するシオン。普通ならこれで決まるはずだった。
それをこの怪物は躱して見せた。棍棒から手を放し後ろへと跳ぶように避けて。
さらには着地と同時に腰を屈めて、ほとんど爆発するような衝撃を残して前方へと飛び跳ねた。そのまま急接近するクドゥフ。
シオンが見せたほんの僅かな隙をついて、大きな両こぶしを上から叩きつけた。
咄嗟に反応するシオン、間一髪後方に避けてそれを躱す。豪快に振り下ろされた腕部が地面を大きく凹ませていた。避けるのが一瞬でも遅れていたなら、潰れていたのは間違いなく自分らであったろう。
「な、なんなの!? この怪物っ」
慌てふためく愛季。そんな彼女に応える余裕が今のシオンにはなかった。
侮っていた訳ではない。たが所詮は危険度Bと考えていた。
危険度Bとは何度か戦ったことがあったのだ。
クドゥフとは違う形態の魔獣でだったがこれほど戦闘力を持っていたかと言われたら、答えは否である。
「危険度って単純な強さだけじゃないんだろう――っね!!」
三度の退避行動で大きく機体が揺れる中、シオンの考えを読んだかのように愛季が言った。
「ほとんど遭遇した話を聞かないわけだよ! うわっと……ふぅー……、――たぶんクドゥフは……」
人間にとって脅威度的には大したことがないのだろう。元々人里を襲う魔獣ではない。生息地域も深い森の奥や大きな山だと言われている。
その縄張りに入らない限り襲われることがないのであろう。
だとしたら、
(しくったな……)
シオンの落ち度だ。
自らの腕を信じ、この場所に戻ってきたのだ。
例えクドゥフと相対することになっても己なら楽に勝てると。
しかし蓋を開けて見れば遅れを取っているといってもいいだろう。
怪力と巨体に似合わぬ素早さ、反応速度。そして何よりも、
「この、野郎――っ」
並外れた勘の良さにだ。
構えたビームライフルを避けられた。攻撃の隙をついて、初めて見せたシオンの銃撃を――ビームを避けられたのだ。
(野生の勘ってやつか? おいおい……ビームだぞっ! ふざけんじゃねえ)
「あ! シオン後ろ!!」
「!? ――しまっ」
後退していた機体が何かにぶつかり動きを停止させた。いつのまにか大きな岩を背後にしていたらしい。
馬鹿な話だ。避ける事に集中しきっていて気付かなかったのだ。
愛季も同じだったらしく、
「ごめんっ、愛季がもっと見ておくべきだった」
と。たがその言葉を受け取ることなどシオンにはできない。
「馬鹿を言うな……どうみても俺のせいだろ」
追走してきたクドゥフが大きく飛び跳ねた。
いつのまにか拾われていた棍棒が振りかぶられる。それをシオン機は横へと避けた。さらに力任せに横薙ぎにスイングされた棍棒を――上半身を反る様にしてまたもや避ける。
「凄い……」
「ああ、クドゥフ。ここまでのやつとはなっ!」
棍棒が巨大な岩石を抉るように削り、それによって飛び散ってきた破片を器用に躱しながら距離を取った。
「そうじゃないよ!」
「あ?」
「シオンのこと! 確かにクドゥフがこんなに強いなんて知らなかったけど! シオンだって凄いよ。あれだけの猛攻をすべて凌いでるじゃん。それも――っ、――一発も貰わずにッ」
「ただ避けてるだけだ!」
「そ、それでも普通はこんなに――ッ」
「いいからもう黙ってろ。舌を噛んだって知らねえぞっ」
言い放ち、
「掴まれ!!」
咄嗟に機甲の体を地面へと這いつくばるように前倒しさせた。その真上を棍棒が通り抜ける。再び機体を起こし滑るように距離を取った。
「……まあ、俺も負けるつもりなどさらさらないからな」
ここまでは受けに回っていたにすぎない。クドゥフの攻撃を避けに避けて攻撃パターンを探っていたのだ。
「そうなの?」
黙るように伝えたのに、と溜息を吐きつつ。
「接近戦は俺の得意分野だ」
そう言って攻勢へと転じようとした。
のだが、
「……?」
攻撃がやんだことに気付く。
先ほどまでとは違い。こちらの様子を窺うかのように佇むクドゥフ。強引に距離を詰めてくる様子も見られない。
奴にとっては全ての攻撃を退けられたことになる。そんな相手を前にして警戒の色を強めているようだった。
「ほう――。熊公、やはり勘がいいな」
ブレードを構え直す。
両手で握り正面に向けて正中線をクドゥフと重ねる。
「そろそろ、こっちの番だ」
シオン機が走る。脚部スラスターが火を噴き、一瞬の内に最高速度へと到達させた。
高速に接近する機体にクドゥフは棍棒を振るって応戦する。
それを躱すことなくブレードで受けるシオン。ただし、今回は受け流して――
力任せに振るわれた木の棒が刃の上を滑るようにして流された。そのまま棍棒を握る手が大きく開かれる。共和国の漢字で表すと”大”の字のように。
無防備な体が晒さらされた。
クドゥフは驚いたように「ウガッ!?」と声を上げた。
「お前は良くやった。誇っていいぞ」
慌てたように下がろうとした体へ――ブレードの刃先を押し込んだ。
「――――」
見開かれる両眼。
驚きとも感心ともとれる感情が、
「はは……てめぇ……」
シオンから零れ出た。
クドゥフの胸へと突き立てたブレードが止まっている。
大きな手のひらで、刃先を掴まれていたのだ。それ以上の侵入を許さないと。
超振動により焦げた手。内臓までは届いていないようだが、胸からはドクドクと血が流れていた。それでもクドゥフは耐えている。
「――っく」
進まない。背部のスラスターを起動しても尚、ブレードがそれ以上食い込むことはなかった。
「ッチィ――」
溜まらず距離を取ったのはシオン機だ。
武器がもたないと判断して攻撃を中断した。
後退しながらも頭部のサブマシンガンをクドゥフへと放つ。
怪物も負傷した手と胸を庇いながら、シオン機と距離を取るように下がっていった。
「……え。逃げた?」
今のいままで静かに見守っていた愛季がようやくといった感じに声を発した。
「……いや、そうじゃない」
逃げてはいない。
ただの勘だが、間違ってはいないだろう。
そうシオンは確信していた。
「いるぞ。こっちを見ている」
(……面白いじゃねえか)
そこで思考が停止した。
「――――」
「……シオン?」
何かを感じたのか、問いかける愛季。
その呼び声に思考を取り戻すシオン。
(――面白い……だと)
自らの抱いた感情に戸惑っていたのだ。
今まで戦闘を楽しいと感じたことなどなかった。シオンと同等に戦える相手がいなかったから。
(……はは、おいおいまじか。俺ってやつは……)
「大丈夫?」
再び問いかけられて、
「ああ、問題ない」
(そうか――これが楽しい、か)
別に悪い事ではない。と判断した。
闘争こそ人間の本質でもある。ライバルがいてこそ伸びるとはよく言ったものだ。
(……悪くない……お前に勝った時、俺は一段……いや二段は強くなれる)
そこへ。
突如として大気が震えた――と錯覚するくらいの大きな咆哮が聞こえてきた。
「――っ」
びくり、と後ろの少女が身を震わせる。
(――お前もか。お前も……そう思ったか?)
相対する怪物へと語りかける。
「いいぜ。先手は譲ってやる。俺はまだ……ここにいるぞ」
ニヤリ、と口角が上がったのが自分でも分かった。
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