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櫻第三機甲隊 2. 捕虜

 シオン・グラスフォードが向かっている先――菖蒲と帝国のちょうど中間あたり、そこが指定された後方支援基地である。

「この辺りか……ん――なんだ?」

 近くから銃声が聞こえてきた。
 おかしな話だ。もはや帝国領土と化した地で、未だに抗う者がいるというのか。
 ただ位置としてはだいぶ前線とは外れた地域であるから、敵部隊が襲撃を仕掛けるにはもってこいともいえる……とシオンは考えた。

「っち」

 思わず舌打ちをする。
 
(俺は補給に来ただけだっていうのに……)

 などと言うわけにもいかない。
 味方が襲われているのだ。救援の手を差し伸べる他あるまい。
 操縦桿を倒し移動速度を上げた。

 丘を飛び越え、基地へと辿り着く。

「着い――」

 シオンはその光景を目にして言葉を失った。
 
 

「何を……している……」
 

「あ? んだこいつは?」

「はぁ? あ!! あの機体」

 シオンの問いかけに振り返った味方機。

「こいつ、噂の『灰狼』だ」

「な!? こいつがあの?」

「な、なんだってこんな辺境に……」

「って、なんだこいつ? 俺たちに、銃を向けてるのか?」

 言われて気が付いた。
 確かに味方機へと向かって銃口を向けていた。
 近接特化のシオン機が持つただひとつの銃器『ビームライフル』を――

「てめえ、なんのつもりだ?」

「……『なんのつもりだ』だと?」

「――っ!?」

 殺意を込めていたせいか、怯えた色を見せる味方兵士。

「逆に問う……お前らこそ何をしているんだ? 」

 呪詛を吐くように、

「なぜ捕虜を、殺している」

 そう言って睨みつけた。
 
 
 



 

エンゲージ交戦開始!!」

 自らの号令と共に、谷口愛季あいりは機甲の背部ジェットを起動した。
 ほとんど爆発するような噴射を利用して、一気に敵機へと距離を詰めた。

「ていっ!!」

 両腕部に内蔵された小型ダガーを左右両方の手で掴み出す。
 それをバツの字に交差させながら敵機へと斬りつけた。

「――やぁ!!」

 ガードする様に構えられた小型盾ごと敵半身を切断、その勢いのまま肩から体当たりを仕掛けた。
 吹き飛ぶように倒れ込んだ敵機目掛けて、腕部に備えられたサブマシンガンの嵐をお見舞いする。

 動かなくなった標的を一瞥して、残りの敵へと視線をさ迷わせた。

「お~、さすが瞳月しづきゆうだね」

「当たり前や、しーと優に係ればこの程度なんてことあらへんわ」

「うんうんっ」

 愛季が一機相手している間に残りの二機を既に倒していたらしい。
「流石が私の隊だね」と誇らしげに頷いた。

「それよりどうするの? 皆さん戸惑っているみたいだよ」

 優の言葉に「ああ、そうだった」と慌てて拡声器のスイッチを入れる。

『あー、あー、こちら櫻機甲隊の者です。皆さんを助けに来ました。ついては安全な場所へと誘導いたしますので――』

 戦闘場所から少し離れていた所に、いくつかのテントがあった。
 どうやら帝国に囚われていた捕虜の収容所で間違いないようだ。
 鎖や手錠で繋がられた人々らがおそるおそるといった感じで姿を見せた。
 痛々しい彼らの姿に内心は驚いた愛季だったが、それを見せないように出来るだけ冷静に続きを告げる。

『――ッ、……輸送車もこちらへと向かっております。そろそろ到着するかと思われます』

 ――向かっているはずである……

「……愛季、五百人はおんで」

「そっか……ありがと」
 

(五百か、思った以上に多い……)

 五百人の移動ともなると輸送車無しでは厳しい。
 それに皆、相当疲弊している。とてもじゃないが長時間の徒歩移動など出来そうもない。

『愛季!!』

 本部オペレーターの凪紗からだ。

「どうしたの!?」

『敵基地方向に動き在り。こちらの戦闘に勘づかれたみたい。遠からず、追手がきます』

「了解です。迅速に避難を開始します」

『今、璃花が上に問いかけてて増援を送るって言ってたから。なんとかそれまで……』

「うん、ありがとっ」

『無事戻ってくるの、待ってるね! それでは――』

 プツンと交信が途絶えた。

「……ふう」

 無意識に溜息が零れる。

「あかん……早くせんと新しい敵がくるで」

「想定外だね……どうする?」

「……」

 考えている時間などない。
 迷えば迷うだけ皆を危険に晒すことになる。
 愛季は自らに言い聞かせる。
 『小隊長としての役目を果たせ』と……
 

(――ん? 来た!)

 後方から近づく物体にレーダーが反応を示した。

『皆さん! 輸送車が来ました。焦らず順番に搭乗して下さい』

 延べ収容人数百人の大型輸送車が姿を見せる。
 問題はその数が三台ということ。
 それぞれが倍近い人数を乗せなければならない。
 重量も相当なものになり、想定以上にスピードが落ちることが予測できた。
 追手が来るとしたら、とてもじゃないが逃げきれない。

(……うん、それしかないよね……)

 愛季は決意するように静かに頷いた。

 
 
 輸送車が到着するや否や、側部の扉が開き救護班が乗車指示を飛ばす。
 我先にと乗り込もうとする人らで多少騒然とし出した。

『焦らないで下さい! 大丈夫です! 安心してください! 私の部下たちがしっかり護衛しますので――』

 出来るだけ安心させようと必死に呼びかけた。

「ちょっとなんなん! 部下たちって!」

「そうだよ! 私たちのことを部下だなんて……今まで言ったことなんかなかったのに!!」

 瞳月たち二人が抗議の声をあげる。

「ちゃう! そうやないっ」

「え? え?」

「ごめん、これしかないから」

「……三人で迎え撃ったらええやん」

「でも輸送車が襲われたら、皆殺されちゃうよ」

「そ、そやけど……なにも愛季が」

「え? え? ええええ?」

「優、うっさいわ」

「ちょ、ちょっと待って!! まさか、愛季が一人だけ残るってこと??」

「……うん」

「ダメだよ、そんなの――」

「大丈夫! 無茶はしないから」

「で、でも……」

「瞳月、優。皆さんを無事送り届けてね」

「……」

「お願い……」

「……分かった」

「……うん」

 
 
『こちら輸送車です。全員搭乗しました。いつでも出発できます』

「了解です。直ちに移動を開始して下さい。谷口小隊、山下瞳月、村井優が護衛として付きます。以後山下瞳月の指示に従ってください」

『……了解です。谷口さん、無事を祈ります』

 直接やり取りはしていなかったが、どうやら状況を理解してくれているみたいだった。
 通信を終え輸送車が走り出した。

「行って……私も必ず追いつくから」

「約束やで……破ったらたたじゃおかへんからな」

「愛季! 待ってるから、終わったら焼き肉いこうね!」

「うん、約束する」

「それじゃ、いくで優」

「うん」

 そうして去っていく二人の後ろ姿を見送った。

 

「……さて」

 足止めを務めるわけだが、何も死ぬつもりはない。
 機動力には自信がある。
 無理して倒す必要もないのだ。時間を稼ぐだけ稼いで、時を見て遁走すればいい。

 頭の中で組み立てる、生き残るすべを。
 それでいて引き付けることも忘れずに。
 逃げた人々らを追わせる余裕は与えない。

 あとは……
 瞳月らに別方向からの敵が向かわないことを願うしかない。
 胸の前で拳を握り「……お願いします」と祈るように呟いた。

 

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