日向編 5話
「何かあった~?」
受付裏の小さな事務室を調べていた平尾帆夏は、背中越しに陽世からそう問いかけられた。
「えっとね~……あっ! バットがあったよ」
一本の金属バットを発見した。
グローブと野球ボールも一緒にあることから貸し出し用なのだろう。
作りはしっかりしているようで、護身用くらいにはなるだろうと帆夏は考えた。
「陽世ちゃんが持っておいて下さい。一番上手く使えそうだし」
おっけ~! と相槌をうちながら受け取ると、手のひらにポンポンと当てて満足そうに頷いている。
そうして、陽世は自分が見つけた戦利品を紹介し始めた。
「私は懐中電灯とねー。見てこれ! 無線機!」
宝物を見つけたような笑顔だった。
だがしかし、
「あーあー。応答せよ、応答せよ」
と何かのキャラになりきってはしゃぐ彼女に残酷な真実を教えないといけない。
「それ……玩具じゃないですか? 液晶の所、ただのシールですよね?」
その時の陽世の焦り様は、生涯、忘れることはないだろう――そう思った帆夏であった。
「いやいやいやいや! 知ってたしっ!! 玩具だってこと知ってたし!! なんなら、ひらほーより先に気づいてたし!! ハル、ちゃんとわかってたから!! ねぇー!!! 知ってたんだからね!!!! 知ってた上で――」
帆夏と陽世が事務室を調べている間、他の数人でロビーと受付を物色することに。
「お! 鍵だ。バスの鍵見つけました~。真壁君へって書いてあります!」
受付を担当していた海月が、今野が用意してくれていたであろうバスの鍵を見つけた。
それを届けに、人狼たちを空き部屋に押し込め終えた真壁の元に駆け寄ってくる。
「もう一本ありましたけど、どうしましょう?」
「そうだな、伊藤さんに渡しといてくれ」
「了解です」
と踵を返そうとしたところに、ちょうどよく伊藤たちが戻ってきた。
伊藤と、理由は分からないが人狼の気配に敏感な菜緒の二人がトイレを探しに行っていたのだ。
ロビー周辺には人狼が潜んでいないことを確認済みとあって、二人の提案に最大限の警戒はするようにと一言添えて承諾した真壁。
とりあえずは、無事戻ってきたことに一安心する。
「すぐそこのトイレ使えそうですよ」
「人狼がおる気配……様子も感じへんかったから、さっきいけなかった子たちいくとええで」
菜緒の言葉に葉留花がハイ! と片手を上げる。
あまりにも勢いよく手を上げるものだから、みんなの視線が彼女に注ぐことになる。
満面の笑みで挙手していた葉留花だったが、唯一の男性である真壁の視線に気づき恥ずかしそうに手を下ろした。
「わたしもいきたいです~」
続くように挙手するひなの。
その一言で硬直していた空気が解け、私も私も、と結局皆で行く運びとなる。
それにしても、葉留花の肩にそっと手を置いているあたり、それが何気ないやさしさなのだろうと、ひなのに対して改めて分析する真壁であった。
三人ずつ交代で用を足すことになった。
入口の外で真壁が待機し、そのすぐ近くで壁にもたれるように一列に並ぶ。
列の後方で森本茉莉は体育座りをし、膝と膝の間に顎を乗せるような体勢で順番を待っていた。
「そういえば、スマフォ繋がらないんですよね~」
と陽子が不思議そうに呟いた。
そうなのだ。
山奥の旅館だからではない。
ここにも電波が通っていることは事前に確認済みであったのに、だ。
「夕方までは使えてたよね。陽世さんから連絡いただきましたし」
そう言いながら海月も自分のスマフォを取り出し、上に掲げて電波を探すような仕草をする。
そんな彼女らを眺めていた茉莉だったが、ふと、その先の壁に貼ってあったポスターに気がつくと、立ち上がりゆっくりと近づいく。
(ん? あれ? この人って……)
茉莉が見ているのは『日本の未来を!!』という文字を大々的に掲げているポスター。
そこに移るは日本国民なら誰でも知ってるであろう人物。
総理大臣が爽やかな笑顔をして映っていた。
「どうかしたの? ポスターなんか凝視しちゃって」
いつのまにか横に並んでいた未来虹が不思議そうに茉莉の顔を覗く。
茉莉はというと、そのポスターを端から端まで食い入るように見つめながら未来虹の問に、ポツリと呟く。
「総理大臣……」
「うん。それが、どうかした?」
「え? この人総理大臣なんですか?」
と、三人目が驚いた顔をして寄ってきた。
「山下、あんた……まさか知らないとか言わないよね?」
「え? いや、テレビで見たことありますよ!! ただ、総理だったんですね~」
「嘘でしょ……」
呆れるかのように肩を落とす未来虹。
照れた笑いを浮かべる後輩をよそに、横でまだ突っ立っている同期に再び問いかける。
「まさか茉莉、あんたも?」
縋るような視線を投げかける未来虹、
「知ってるよ。さすがにね」
そう返されて、心底安心したように茉莉の肩に手を置く。
「だよね! よかったわ~。あー、山下はそのままでいいからね。逆にそっちの方が山下らしいっちゃらしいし!」
「え? え? そうですか??」
分かりました!! と元気よく――実際には小声なのだが、そう感じ取れるくらいのリアクションで――返事をした葉留花であった。
天然なのか、もしくは、あえてそのようなキャラを演じているのか、茉莉には分からなかったが、そんな後輩も微笑ましくていいかな? と思うことにした。
そして、もう一度だけポスターに目線を移して元いた位置に戻るのであった。
「あ……目が赤くなってる。あんまり泣いてないと思ってたんだけどなぁ」
トイレの鏡に映る自分を見ながら髙橋未来虹はそう呟いた。
別館で人狼に襲われたときも、菜緒と合流した時も、そういえば自然と涙が出ていたな、などと考えておもむろに下瞼をめくってみた。
(うわ~、大分充血しちゃってるじゃん!)
想像以上に赤くなっていた。
(こりゃ、しばらく引かないかも……)
と、こんな状況でもそんな些細な事を気にしている自分に苦笑する未来虹。
そんな彼女の横で、
「あれどこいったんだろう?」
濡れた手をカマキリみたいにしながら、ハンカチでも探しているであろう茉莉がいた。
「これ使っていいよ」
「ん、ありがとう~使わせていただきます」
渡したハンカチを掲げて何度も頭を下げて感謝しだした茉莉。
その様子に大袈裟だな~と、短い間で二度目の苦笑をしていた時だ。
(――って、いたの!? めちゃくちゃ静かだから気づかなかったじゃん!)
茉莉のさらに奥に、マネージャーの伊藤がいることに気が付いた。
トイレの出口付近の洗面台の前にポツンと。
まるで幽霊のように、静かに、ただ突っ立ってスマフォを見ている彼女。
その様子がどこか変だと思い、
「どうしたんですか?」
尋ねながら近づいてみた。
「――あっ」
と、思わず声が漏れた。
慌ててその口を押える未来虹。
見てはいけないものを見てしまったと後悔し、強引にも何も見てない風を装うかと考えたのだが、
「ん? どうしたの?」
茉莉が未来虹の肩越しに顔だけ覗かせてきたわけだ。
「お? 伊藤さんのその待ち受けの人って恋人ですか?」
(あっちゃ~~聞いちゃうわけ? ……もう!)
デリカシーがないな!! と呆れ果てた。
まぁ、こうなっては仕方がない。
気づいてないフリなどもう遅いと諦めることにする。
「南城さんですよね? お二人ってそういう関係だったんですか?」
「あっ……護衛班の?」
(今気づいたの!? この馬鹿! 阿保! とんちんかん!)
思慮が浅い同期に心の中で悪態を吐く。
こんな時じゃなかったら、大声で罵倒していたであろう。
今日の茉莉はどこか抜けているのか、はたまた疲れているのか、何か変だなと未来虹は思ったのだった。
が、そんな風に感じた小さな違和感も、突然泣き出した伊藤によってどこかへと霧散していくことに。
そこへ、入り口から心配そうに帆夏が姿を見せた。
「あ! ごめん、待たせちゃってたね。どうぞどうぞ」
そう詫びて、泣いている伊藤の横を申し訳なさそうに通り抜ける彼女に再度、ごめんね~と呟き……
(さてどうしたものか)
と、茉莉と二人して必死に慰める未来虹なのであった。
(伊藤さん……泣いてたよね? どうしたんだろう)
と帆夏は疑問に思った。
いつも快活な彼女のイメージにはない弱々しい姿だった伊藤マネージャー。
あまり詮索するのも良くないかと考えてその思考を閉じる。
「……ん、よし」
用を足し終えドアノブに手を掛けた。
――ぴちゃり、と鼻先に何かが垂れ落ちてきた。
「んぇ? なんだろ? 黒い……いや赤?」
少々薄暗い室内だったからか、ぱっと見で何色なのかすぐには判別できなかった。
それもあって、再び垂れてきたそれにビクッと体が震える帆夏。
「え? これって……血?」
言いながら落ちてきた先を見上げる。
真上を向くように顔を上げた時だ。
ちょうど――”ソレ”と目が合った。
この瞬間、唾を飲み込む音だけがやけに大きく、聞こえたのだった。
不気味なほど静まり返っていたこの夜、
「ああああ――――っいっっっやああああああああああああああああああ」
と、耳をつんざくような叫び声が、トイレ内だけに留まらず、旅館中に聞こえるでのはないかというほど響き渡ったのであった。
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