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続 ・夏の魔物 参

「解決策はないのだよ」

 と池田さんが言った。

「ただ、これといって害もないのだがね」

「害はあるでしょ。そんな夢を見続けたらおかしくなるわよ」

「そうかい? ボクは大丈夫だけど」

「そりゃあなたは大丈夫でしょうよ、瑛紗。でも普通の人には無理よ。ね?」

 と視線を送られ、「まぁ、はい」と遠慮がちに答えた。

「なんだか心外だけど、その通りだから良しとしよう」

(いいんだ……)

「後はこちらで色々と調べてみるよ。悪いけど今日のところは一度帰ってもらって、明日また来てくれるかな?」

「ぁ、はい。分かりました。よろしくお願いします」

 そう言って私は部室を後にした。

 あまりにも突拍子のない話だったけど、嘘を言うような人たちではない気がする。

 私は彼女たちを信じてみようと思った。


 

 ……


 

 
 その夜。
 また夢を見た。

 羊の魔物が語る誰かの思い。
 

『告白って何がいいのかな? 手紙?』

『手紙より直接言った方がいいんじゃない?』

『やっぱりか~。うわぁ~、なんか緊張してきたっ』

『いやいや、早いから』
 

(これは誰の記憶だろう……陽子?)
 

『私の友達が〇〇君のこと好きなんだって』
 

 違う。

 これは――私の記憶だ。
 

 ――”付き合って”なんて書いた紙を〇〇君に見せてみた

 ――よく分からないといった顔をしている〇〇君

 ――反応を確かめるようなマネをしちゃった。私ってズルいなぁ……

 ――陽子に協力するって言ったのに
 

(やめて。聞きたくない。私の汚い部分を見せないで)
 

 ――私が告白したら○○君はなんて言うんだろう

 ――そんなことできるわけないんだけどね

 ――陽子と気まずくなるのは嫌だもん
 
 
 そうだ。

 陽子と気まずくなるかもしれない。

 それがすごく怖かったんだ……
 
  


 
  ……

 

 
 
 翌日。
 再び訪れたオカルト同好会。

「色々調べた結果。やはり……ボクらが何かしてあげられることは無さそうだよ」

 開口一番に池田さんがそう言った。

「……そうですか。分かりました」

 そこまで期待はしていなかったけど、ほんの少し落胆する私がいた。

 どこかで、もしかしたら……と思っていたのかもしれない。

「だけどね、一つだけアドバイスをさせてもらおうかな」

「――え? は、はい。お願いしますっ」

「話し合ってみるといい。親友と、そして想い人とね。もちろん夢のことは言わなくていい。話すのは”君たちの二年半の想い”のことさ」

「話し合うですか」

「うん。腹の内まで見せ合って曝け出すことで魔物がいなくなる可能性がある。まぁ、これはボクの勘なのだがね」

「僕も同じ意見だよ」と●●君が賛同した。

「ひょっとしたら、お友達にとっては過ぎた話なのかもしれないわ。今更蒸し返さないでよって思っちゃうかも」

「おいおい、和」

「――でもね! 話を聞く限り、その友達にとっても藤嶌さんは特別な友人なんだと思うわ。だからね、大切な友人が真剣に持ち掛けてきた話を無下になんてしないはずだわ。……うん、私なら絶対にしない」

 そう言って井上さんは他の二人に目線を送った。

「……かもね」

 肩を竦めるような仕草をする池田さん。

「……」

 ●●君は反応を示さなかった。

 井上さんの言葉には二人にとって何かしら含みがあったようだ。
 当人同士にしか分からない話なのだろう。

「それでね、藤嶌さん」

 井上さんは再び私の方に向き直った。

「思いを伝え合うってのは……ものすごく大変で難しい事だけど、それだけ素晴らしい事でもあるの。だから私からも、勇気を出してぶつかってみてほしい。そう進言させてもらうわ」

「……はい、なんとなくですけど。分かる気がします」

「うんうん」

「なら話は早い方がいいね! 藤嶌氏、次の休みにでもアポを取るのだ!」

「アポって、仰々しいわね」

「分かりました。善は急げですもんね! 私、行ってきます!」

 立ち上がってそう宣言した。

「おぉ? その意気だよ! よし行くのだ! 藤嶌氏!」

「はい! ありがとうございました!」

「あ、うん。あんまり気負い過ぎて空回りしないようにね――」


 

 そうして……


 迎えた土曜日。

 帰ってきた。地元の駅前に。

「果歩!」

「あ、陽子!」

「久しぶり!」

「うん! 久しぶり」

 抱き合う私たち。

「あれ? 果歩、背伸びてない?」

「ふふん、分かる? 実は――伸びましたっ」

「だよね!? くぅ~。これは負けてられない」

 変わらない。
 この明るい性格が陽子のいいところだ。

 まぁ、一か月そこらで変わりようがないのだけれど。

「それで話って何?」

「あ……うん。えっと」

 言いずらそうにしていた私の気持ちを察してか、

「ここじゃあれだし、場所変えようか」

 そう提案してくれた。


 ……
 
 

「やっぱり私たちといったらここだよね」

 とある施設の屋上。
 三階建てのこじんまりとしたビルの上。
 滅多に人が訪れない。どこかノスタルジックな空間――私たちにとっては秘密基地のようなものだった。

「そうだね」

 色々な思い出がある。
 楽しく笑いあった話も、悲しくて慰め合った話も。

 
 私と陽子の特別な場所。

「大事な話なんだよね?」

 真ん中で立ち止まり、振り返る陽子。

「うん」

「○○くんのことかな?」

「……うん、実はそうなの」

「だよね……いいよ、何でも聞いて?」

「じゃあ、あのさ……」

 私は小さく息を吸った。

「陽子って今も、〇〇の事――好きだよね」

「うん……好き、だったよ」

「だった?」

「うん。果歩が転校するまでね」

「私が転校するまで?」

「引っ越しの日にさ、果歩の家に○○くん来たでしょ?」

「来たね……」

「あれね、私が教えたの。その時に『私の叶わぬ恋はここで終わりにしよう』ってサヨナラを口にしてみたら、意外とすんなり気持ちに整理がついたんだ」

「これは本当に本当だよ」と陽子は微笑んだ。
 

「……ごめんね。『伝えないで』って果歩に言われてたけどさ。私も、果歩も……〇〇くんも……皆が前に進むためには云うべきだって思って」

「……ううん。むしろ”ありがとう”の気持ちが強いかな。〇〇に何も言わないまま引っ越してたら、もっと後悔してただろうし」

「後悔はしてるんだね……」

「そうだね……うん、してる――」
 

 その時。
 

「どうして――」
 

 ぞわり、と――

 私の中で何かが蠢いた。
 

陽子の告白を手伝ったんだろうってヨウコ ノ コクハク ヲ テツダッタンダロウ ッテ

「――え?」

(あれ?)

陽子が〇〇のことをずっと好きだったようにヨウコ ガ 〇〇 ノ コト ヲ ズット スキ ダッタ ヨウニ私もずっと好きだったワタシ モ ズット スキ ダッタ

(なにこれ。勝手に口が動いて――)

「う、うん。知ってるよ」

いやイヤ! 知らないでしょシラナイ デショ私は陽子が好きになるワタシ ハ ヨウコ が スキ ニ ナルもっと前から〇〇の事が好きなんだからモット マエ カラ 〇〇 ノ コト ガ スキ ナンダ カラ!」

「嘘……そんな」

嘘じゃないっウソ ジャ ナイッ

 おかしい。

 こんなこと言うつもりじゃないのに。

 言葉が止まらない――

「ちょっと落ち着いて、ね? 果――え?」

 なにかに魅入られたかのように呆ける陽子。
 私の後ろを見上げ、くうを見つめていた。

「か、果歩……」

 そんな陽子のことなんかお構いなしに、私は続ける。

どうして私が好きになった人を好きになるのよドウシテ ワタシ ガ スキ ニ ナッタ ヒト ヲ スキ ニ ナル ノヨ!」

 違う。

「――陽子さえヨウコ サエ陽子さえいなければヨウコ サエ イナケレバ! 私が〇〇と付き合えたかもしれないのにワタシ ガ 〇〇 ト ツキアエタ カモ シレナイ ノニ!」

 そんな事思ってないのに――
 

 
 




「ちょ、ちょっと何あれ? 実体化しないんじゃなかったの?」

 私たちは扉の影に隠れるようにその様子を見ていた。
 実は陰ながら手伝えることはないかと、藤嶌さんの後をつけていたのだ。

「おかしい。井上さんの言う通り、魔物は実体を持たないはずなのに……」

「そうだね、実に興味深いじゃないか!」

「興味深い、じゃないわよ! どうするのよ!」

 藤嶌さんの背後に浮かぶ羊の形をした何か――まるで霊のような”そいつ”を指差した。

「藤嶌さんの様子がおかしいのってあれのせいじゃないの!?」

「のようだね。正解だよ和!」

「やった! ――じゃなくてっ」

「テレサ氏」

「うん。……和、君のリュックの中にある例のやつを出してくれないか」

「え? ああ、これね」

 言われて、背負っていたリュックサックを降ろした。

「そもそもどうしてこんなに重い物を私に持たせてるのよ!」

 文句を言いつつ、ご要望の物を取り出した。
 狼の模様が施された大きな壺を。

「ごめんね、井上さん。僕たちの力に反応したら良くないことが起きちゃうかもしれないんだ。だから長時間持ち歩くことができなくて」

「……そうなのね。ううん、いいの。事情があるなら……」

「そういうことだよっ、まったく。和は文句ばかりなんだから」

「むかっ! 瑛紗あなたね――」

「おっと。こっちには鬼の魔物が」

「誰が鬼の魔物よ!」

「さぁ――二人共、やるよ」

「あ、うん」

「よしきた!」

 ●●君が左から、英紗が右から。
 二人で壺の取っ手を掴み、

「せーのっ」
「よいしょっ」

 持ち上げた。

「さぁ! 出番だよ! ”強欲の狼”よ!」

 強欲の狼。

 それが『もしかしたら必要になるかも』と言われて、ずっと背負ってきた壺の名称だった。
 

「……」

「……」

「……」

「ねぇ……何も起きないじゃないっ」

「あれ~おかしいな? ひょっとしてこれ偽物?」

「はぁ!? 嘘でしょ? こんな重い物持たしておいて、偽物なの!?」

「ごめんね、井上さん。羊には狼だと思ったんだけど、まさか……まがい物だったなんて……」

「うぅ、よ、良くないけど。今はそんなことどうだっていいわ!」

 ドサッと音がして、慌てて藤嶌さんらの方に目線を戻した。

「まずいね、藤嶌氏が膝をついた」

「なんだか、あの羊大きくなってない?」

「む~ん。このままだと乗っ取られる恐れも……」

「はぁ!? 害はないって言ってたじゃない」

「――うっ……のはずだったんだけどなぁ」

「おかしいなぁ~」と頭を掻く瑛紗。

「もう、見てられないわ! 力づくでも止めるわよっ」

 そう言って身を乗り出した。

「――いや、ちょっと待って井上さん! なんだか様子が……」

 


  
 

 
 「……果歩」

 戸惑う陽子に、私の口撃は続く。

私には特別だったワタシ ニ ハ トクベツ ダッタ〇〇しかいなかったのに〇〇 シカ イナカッタ ノニ

「わ、私だって――」

やめてヤメテ! ずっと友達ヅラして私の近くにいたんでしょズット トモダチ ヅラ シテ ワタシ ノ チカク ニ イタンデショ彼とくっつかないように邪魔をしてたんでしょカレ ト クッツカナイ ヨウニ ジャマ ヲ シテタンデショ

「な!? 何言ってんの」

消えてよキエテ ヨ私の目の前から消えてワタシ ノ メ ノ マエ カラ キエテ

「――」

「――ッ」

 突然、頭痛がして崩れ落ちた。

「――っうぅあああぁあ」

「果歩っ!?」

 背後の何かを警戒しながらも、座り込んだ私に駆け寄る陽子。

「なんなのこれ……大丈夫?」

 あんなに酷い言葉を浴びせたのに。

 まだ私の心配をしてくれている。

離してっハナシテ……違う! うるさい!」

「ちょ」

陽子なんて嫌いヨウコ ナンテ キライ……そんなことない! 勝手に喋らないでよっ」

「どうしちゃったの!? 果歩!!」

 私はいやいやと頭を振る。

「嫌いになる訳ないっ」

(そうだ。嫌いになんてなってない)
 
嘘だ、嫌ウソ ダ キラ――」
 

「果歩っ」
 

 暴れる私を陽子が抱きしめた。
 

 やさしく、それでいて力強く――
 

(あぁ……暖かい)
 
 

 私を包む、陽子の。
 
 

 彼女の温もり――

 
 

 


 ふと、昔の記憶が頭をよぎった。
 
 
 

『私は正源司陽子! あなたは?』
 

 私は……藤嶌果歩。
 

『藤嶌さんね、うん。覚えた! 今日からよろしくね!』
 

 よろしく。
 
 


『藤嶌さん』

 

 
『果歩ちゃん』

 

 
『果歩』
 

  
 まるで走馬灯のように、


 思い出が駆け巡った――

 
 
『ねぇ』

 そうだ――



『果歩――』

 陽子は――

 


『私たちさ』

 私の――

 


 かけがえのない――



 大切な――





 


 







「――出ていってナ、ニ?
 

 震える手で陽子の裾をぎゅっと掴んだ。
 
 
「出ていってよヨセ!」
 
 
(魔物だかなんだか知らないけど、勝手に私の心をぐちゃぐちゃにしないで――)


私のヤメロ――」
 

(大事な思い出を穢さないでよ――)
 

「頭の中からッヤメッ!」
 
 
「――果歩っ」


 陽子が私の手を握る。

 私はその手を握り返し、力の限り叫んだ――



「出ていけええええええ――っ!! ――ッ ァァァ アアアアアア ……
 
 

 ――その瞬間、体の中からスッと何かが抜けていったような、そんな気がしたのだった……


   

「――っはぁ……はぁ」

 私は息も絶え絶えになり、だらんと陽子に寄りかかる。

「っわわ!? 大丈夫?」

「――」

(大丈夫。まだちょっと声が出ないけど――)

 さっきまで感じていた頭痛も治まり、囁いていたはずの何かも、今はもう聞こえない。


「ちょ――ええ!? 今度は何なの!?」

 陽子がなにやら騒いでいる。
 
「変な狼みたいなのが飛んできたと思ったら、果歩の後ろにいた羊を咥えてどこかいっちゃった……訳が分からない……」

(何を言っているんだろう。よく分からない……)

 私は頭がぼーっとしちゃてて、今何が起きてるのか分かっていなかった。


 ……


「…………陽子」

「あ、果歩。大丈夫?」

「うん……」

「良かったぁ~」

 私が落ち着くまでずっとそばにいてくれたんだね。

(ありがとね)

 そして、

「ごめんね……何か変な事に巻き込んじゃったみたいで」

「何言ってんの!」

「ぇ」

「どんとこいだよっ」

 陽子は私の頬を両手で挟みながら、おでこ同士をこつんと当てた。

「どんな変なことが起きてても、果歩が辛い時は私がそばにいるからっ。私が辛いときは果歩がいてくれたでしょ?」

「陽子――」

「二人でさ、同じ人を好きになったとしても、果歩が私の大切な親友であることには変わらないよ」

「……うん」

「これからもずっと友達だからね」

「うん」

「何が起きようとも」

「うんっ」

「私の果歩であり、果歩の陽子だよっ」

「ふふっ、なにそれ」

「相思相愛ってこと!」

「好きだねそれ」

「うん! だから、結婚する?」

「――いいよ。結婚しよっか」

「え!? じょ、冗談だよ」

「ふふ」

「ちょ、ちょっ」

「そんなに慌てないでよ。私も冗談だから(笑)」

「……このやろっ! 初めて『OK』貰っちゃったから焦っちゃったじゃんか……」

「焦るって、陽子。本当はそっちなんじゃないの~」

「違うってば! もう~」

「あはは」

 陽子に預けっぱなしだった身を起こす。

「陽子、ありがとね」

「うん」

 しばらく見つめ合った。


 ……
 

「うん……よし! 頭も気分もスッキリしたし、仕切り直してどこかに遊びにでもいく?」

「お~いいね! ――って言いたいところだけど」

「え? 何か予定があった?」

「いんや、私にはないよ」

「陽子にはって」

「――会いに行ってきなよ」

「ぇ……」

「果歩が来てることは言ってないけど、〇〇くんがどこにいるかは聞いたんだ」

「陽子……」

「言ったでしょ? 私はもう何とも思ってないから。だから、私の事は気にしないで」

「……分かった」

「ふふ。○○くん日向モールにいるってさ。お昼食べて、適当に買い物してから帰るって言ってたから。今から行けばちょうどいいと思うよ」

「確かに」

 昼の十二時を回ったところだ。

「果歩! ファイトッ」

「ちょっ、いっったぁ~」

 バチンと背中を叩かれた。

「いい報告待ってるから」

「……うん、頑張ってみる」

「ダメだったら私が貰ってあげる」

「ふふ、その時はお願いしようかなっ」

「ふひひ、任せんしゃい!」

「じゃあ行ってくるね」

「うん! いってらっしゃい、果歩――」


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