見出し画像

青春はゴーヤチャンプル





 青いね、と君が言った。



「そうだね」

 と返して窓の外へと視線を戻した。  

『そうだね』とは言ったが……『青いね』が何を指しているのか、実はピンときていない。

「海……青いよね」

「え? あ、そうだね」

 海じゃなかったか……

「いい天気だ……空も青いし……」

「ほんとだ」  

 空でもないと……  そもそも、どうして横にいるんだ。
 僕の横は空席のはずだったんだが……

「金村さん」

「ん? なになに?」

「自分の席ないの?」

「あ~! 丹生ちゃんが具合悪くなっちゃったから、横にさせててさっ」

「そうなんだ。ごめん、気づかなくて……」

「ううん、そんなことないよ! 私こそごめんだよ、勝手に座ってるんだもん」

「いやいや、気にしないで。困った時はお互い様だから」

「ありがと。そう言ってもらえると助かるよ」
 

「ぎゃー!! ババ引いた!!」


「え?」

「あ」

「……今の声って」

「……」

「丹生さんの声だったよね。聞き間違いかな? 元気そうな声だったけど」

「……くぅうう~」

 君はなんとも言えない顔をしていた。
 それを横目に僕は声のする方へと立ち上がった。

「待って! ダメっ」

「わ!?」

 突然、腕を引っ張られた。
 体勢が崩れて傾く僕を、君は胸に両手を手当てて支えてくれた。

「大丈夫?」

「うん、ありが……ん? 金村さ――」

 そして――

  なぜか近づいてくる君の顔……
 バスの中、皆に見えない前方の席。

 時間にしたら一秒にも満たない。
 その間、重なる二人。

 ……お互い見つめながらそっと離れた。

「……今のって?」

「じ、事故だけど……故意だから」

 故意の事故、それだと犯罪だ。

「ご、ごめん。えっと、あの、その……そ、そういうことだから!!」
「え、ちょっと……」

 突然の犯行により奪われた唇。
 犯人は慌てたように後部座席へと逃走。
 被害者の僕は唖然としてしまい、中腰のまま固まっていた。

『そういうことだから』ってどういうことだ。
『青いね』の謎も解けないままだし。

 唯一分かったのは、君の顔が真っ赤に染まっていたことくらいだった……

 



 




 たった今、私は初めてキスをした。

 と言うのはちょっとずるい。
 ほとんど押し付ける様な、独りよがりのキスだった。

 酔い止めだろうか。
 彼から感じられた薬の匂い。
 それが私の自分勝手さを自覚させる。


 
『ファーストキスはレモンの味』

 なんてよく言うけど、全然違った。

 私のはほろ苦く、罪悪感が残る味がした。






 今し方、僕は初めてキスをした。

 正確には”された”であるが……

 彼女の唇は柔らかかった。
 対して僕の唇はカサカサだったかもしれない。

 耳まで真っ赤に染めて、どこか恥ずかしそうにはにかんだ君。
 何度もフラッシュバックされるたびにドクンと脈を打つ。

 

『ファーストキスはレモンの味』

 なんてよく言うけど、正しくその通りだ。

 僕はこの時、初めて恋をしたんだと思う。






 


 あれから彼とはほとんど話をしていない。
 同じ班だというのに目を合わせることもなかった。


 就寝時間を過ぎ、見回りの先生たちから隠れながら、恋バナに花を咲かせていた時だ。
 

『修学旅行中に告白するんでしょ? いいの? 有耶無耶にしちゃうと後悔するかもよ?』

 と丹生ちゃんから言われた。
 それが、ずっと頭の中に残っている。
 

 ……後悔、か。

 布団の中で、私は膝を抱えて丸くなった。
 

 ”やらぬ後悔よりやる後悔”

 有名な言葉。
 今の私にはぴったりな言葉なのかも……。

 ほとんど私の気持ちはバレているといってもいいだろう。


 ならばもう、

 やるだけやってやろうじゃないか――

 
 そう、私は決心した。

 






 修学旅行最終日。

 同じ班の皆から、ほんの少しだけ。
 遅れて歩いていた君が振り返った。

「あのね、私ね……」

 首里城みたいに真っ赤な顔をしていた。
 恋愛に疎い僕でも流石にわかる。



 

 だから、

「ごめん」

 と遮った。

 今にも泣きそうな顔をする君。
 

「その先は僕から言わしてほしい」

 そう続けると、

「え、それって……」

 今度は驚いた顔した。

「うん、そういうことだから」

 なんて最近聞いた言葉を返す。


「あのさ、僕……」

 ころころと変わる君の表情。

「金村さんのことが――」



 ”好き”



 という言葉は甘酸っぱくて、どこかこそばゆい。


「うん、私も――」
 

 それはまだ青い僕達に似合いの言葉だった。

 

 そうして、旅の終わりに僕達の新しい関係が始まった――



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?